からっぽの部屋
休日出勤の土曜日。明日は二週間振りの休日だ。
朝八時から働いて、帰りは終電で、おまけに通勤に一時間半かかる。
とんだブラック企業だ。
「やべぇ・・・体いてぇ。」
疲れた体は、背中を伸ばすのでさえも、拒否しているらしい。
丸めた背中はこのまま固まるんじゃないかと思える。将来の自分の姿だ。
通勤鞄を手に持つのが嫌で、肩から斜め掛けにしているが、出来ればどこか放り出したい。
土曜の終電はどことなく酒臭い。
臭いの元の全てがリアル充実しちゃってんじゃないとは思うけど、使い捨てのボロ雑巾のような今の自分よりは、少しの時間、酒でも飲んで憂さを晴らした誰かの方が、まだスッキリした顔じゃないだろうか。
疲れた足が、磨り減った踵の靴を引きずって動いている。
“歩く”なんていう能動的な動きではなく、無意識のうちに“動かしている”ような、「組み込まれたシステムの通りにプログラムは動いていますが、むしろそれはバグかもしれません」的な。
この体の状態でも帰るなんてことが、自分でも理解不能だ。
駅から十五分程歩いた。
真夜中の住宅街、さらに一本路地を曲がると、かなり静かだ。
アパートの階段を登り、二階の部屋が自宅だ。
鍵を開けようとすると・・・
「開いてんじゃねーか・・・」
沙希のやつ・・・と、ぶつぶつ言いながら家に入る。
「ただいまー。」
返事が無い。ただの屍のよう・・・じゃなくて。
リビングのドアを開ける。
「帰った・・・ぞ?」
口をあけたまま固まった。そのままへたり込んだ。
部屋が、がらんどうだ。
「・・・んだ・・・これぇ・・・?」
テレビもねぇ、ビデオもねぇ、ついでに二人のベットもねぇ。
いやいや、吉○三じゃねぇし。
残ってるのは大学時代からの古い冷蔵庫だけだ。
いや、カラーボックスもあるな。
いやいや、そこじゃねーし。
確かに、昨日喧嘩したし。
でも、よくあることだし。
いつもより、でかかったけど。
別れ話も、よくあることだし。
いやでもこれは、いきなり引越しとか?
「・・・やりすぎじゃね?」
えー? まじでー?
テレビもベットも折半じゃなかったっけ?
ビデオは沙希のだけど。
レンジも沙希のだけど。
座椅子は俺のじゃん?
確かに、確かに別れ話とか出たことあるけど。
「えー? まじでぇー・・・」
テレビ買いなおし?
見てない録画あったのに。
パソコン・・・は沙希のだっけ。
っていうか買えるの俺?
金あったっけ?
「あっ、通帳!?」
弾かれたように立ち上がる。
クローゼットの奥に隠してある、箱を引っ張り出す。
中には、通帳と判子が入っている。
ほっとしながら中身を確認する。
大丈夫そうだと思う。手をつけた感じがしない。
周りを見渡すと、安っぽい家具なんかは置いたままだ。
「はぁ・・・」
別れ・・・る、のかなぁ。
もう何年だっけ。
五年?六年?
結婚、とか、考えてたのになぁ・・・。
残業も、金貯めてたんだけどな。
「あいつ、頑固だし。」
言い出したら聞かないしなぁ。
怒ってたら、電話も取らないしなぁ。
駄目だと思ったんなら、駄目なんだろうなぁ。
「やべぇ、泣けてきた・・・」
鞄を肩に掛けたまま、再び座り込んでしまった。
さすがにこんなことは初めてで、どうしたらよいのかわからない。
電話したほうがよいのか、メールにしたほうがよいのか、掛けない方がいいのか。
途方にくれていると、玄関で音がした。
「ただいまぁ。優、帰ってるのー?」
リビングのドアが開く。
「あ、いた。玄関ドアあいて・・・ってなにこれ?」
「沙希・・・ででっ、え、あ?」
「何泣いてんの?っていうか何コレ?引越し?なわけ・・・」
「え? あ? うぇ? 沙希?」
「何やってんの!? 空き巣? 空き巣じゃん! 取られすぎでしょ!!
警察ーーー!」




