第九話
帰ってきたジークはずっと側にいてくれるようになった。
さすがに、身を起こすことも出来なくなった私をおいていく気にはなれなかったようだ。
もう、時間がないと互いに分っていた。
ずっと、側にいて飽きることなく髪を梳いてくれている。
優しい動き。
長い指でそうやって触れられるのはとても気持ちいい。
もう、視界がかすんで至近距離にいるはずの姿さえ、はっきりとは見えないけれど。
側にいるのが、分るから。
寂しく、ない。
なんて幸せなんだろう。
小さい頃から願ってたことがすべて叶ったから、終わりなのかな。
こんなことを言ったら、きっと怒られるのだろうけど。
夢が叶うなんて幸運に恵まれる人なんてほとんどいない。
血が滲むほど努力しても、泣いても叫んでも。叶わないことの方が多いはず。
それを考えればこれは、大往生っていうのだと思う。
けれど、ジークにとっては違うらしい。
ずっと元気になったら遊びに行こうね、とか。
快気祝いには美味しいものをいっぱい食べさせてあげる、とか。
泣きそうな声で、それでも治ると言い続けていたのだけど。
「ごめんね、ルシェーラ」
何度目かも分らない言葉がかけられる。
まともな返事はしてあげられない。
その力もなくて、声を出そうとしても掠れた吐息になるだけだから、余計に苦しませてしまう。
「……い、い」
本当はもっとたくさんいいたいことがあるのだけど。
何度も繰り返したことだから伝わってると信じておこう。
「ごめんね。許してくれとはいわないけど……どうか、幸せになって」
最後に聞こえた声は、いつもとは違うもので。
その声の響きと、死にゆく私に幸せになれという言葉の不可解さ。
聞き返したかったのに、消えていく意識を取り戻すことは出来なかった。
……すべてが、終わってしまうまで。
意識が覚醒する。
さっきの言葉の意味を考えながら、周囲を見回す。
誰もいない室内。もともと殺風景な部屋だが、無人だと余計に寂しく感じる。
そして、見回している自分に気付く。
棺桶に片足どころか首まで入ってるような状態だったはず。むしろ蓋を閉めるだけ状態だったかもしれないが。
そんな私に辺りを見回す力が残っているはずがないのに。
視界も、普通に良好だ。
起き上がることも出来る。いや、外に出て走ることさえ出来そうだ。
信じられない。が、実際そうなのだから仕方ない。
どうしてだろう?
癒すことは、出来ないといった。
癒せるならもっと早く癒していただろう。
あんなに悲しそうな顔は、しなかっただろうに。
なぜ、ジークはいない?
癒せたなら、側にいてくれるはず。
まさか繰り返してた快気祝いの準備にいったなんていわないだろう。
その場合は一ヶ月くらいは無視しよう。
こんな時に側にいないなんていくら何でも薄情……は違うか。
愛がない? うーん、なんだか微妙に違う。
女心が分ってない? そんな感じかな、うん。
とにかく、側にいてくれるべきだと思う。
じわじわと這い寄る不安から必死に目を逸らす。
癒せるなら、どうしていままで癒さなかったのか。
癒す気がなかったらな、なぜ今更癒すのか。
どうして、側にいないのか。
最後の言葉の意味は、何?
知りたくない、気付きたくない。
早く、戻ってきて。
奇跡が起きたのだとでもいって、笑ってみせて。
一人に、しないで。
精霊は普通に死ぬことはないけれど、不滅ではない。
長い長い時間を存在し続け、自我が希薄になり自然に溶け、力に還るか。
あるいは。
存在を保てなくなるほどの、力を使うか。
早く、帰ってきて。
この不安をかき消してほしい。
もう一度、あの笑顔を見せてください。
次回はさらに暗いです。




