第七話
濁流って言葉をご存じでしょうか。
それがそのまま実体化したような川が目の前にある。
言葉通り、完璧に濁った、流れだ……。
ちょっと全力で現実逃避したい気分です。
目の前もですが、私の座ってる位置的にも。
誰かの腕がお腹の上に回されているのは気のせいだと良いな。
私が誰かの上に座ってるのも多分きっと幻覚。
背中とかぬくい気がするのは、きっと日が当たってるのですっ。
……周囲に人目がないのだけが救いだけど、夢に見てうなされそう。
むしろうなされる。いま現在。のたうち回って逃げだしたい。
切実な訴えですが、聞いてくれる人はいない。いるのは精霊だけ。
精霊ってもっと幻想的というか、人間離れしてるべきだと思う。
でも、在り方を聞いてしまったのでそんなのは夢物語だと分ってしまった。
夢がない。むしろ夢だった?
魂が肉の器を得るか、自然の力を器にするかだけの違い、とか……。
自然にある力が集まってそこに核となる魂が入れば精霊となるらしい。だから、基本的には人と大差ないという。
食欲とか物欲か、たいていの欲が希薄だから、行動が全く違うように見えるだけらしい。
……欲がないって、大きな違いだと思うんだけど。
そう言ったら、ないわけではないと笑われた。ジークは本当によく笑う。
でも最近はその笑い方で感情が分るようになってきた。
便利なんだか厄介なんだか、分らない。意外と性格悪いんだよね。
このときは、多分私を子供扱いして笑ってた。
もの知らずの子供を生暖かく見つめる、大人の笑い方、だ。
でも私に自分が何を知らないのかなんて分るはずもなく。
そんな風に笑われても、何も言えなくて。
仕方ないので、丸1日無視した。
紅茶とプリンはとても美味しかったので、多分私の勝利だろう。
……そういうことにしておこう。
ああ、もう。
早く帰りたいな……。
背後の存在は無視するとしても、川を見ているだけというのはなかなか辛い。
働いてくれてるジークには申し訳なくて言えないけど、ぶっちゃけ暇なのだ。
働いてるはずだけどぱっと見は二人で座ってるだけだしね。
大雨で増水した川が氾濫しないように、水量調節中なんだけど……。
昨日大雨だった。今朝になって頼まれて急遽来たのは、いい。
でもどこもかしこも濡れてて、座るに座れなかった。
結果。
宙に浮いてる誰かさんの膝に……あう。
思い出してはいけない。気のせい気のせい。
こんな恥ずかしい体勢でろくに身動きできないとか。いったいなんの拷問だろう。
泥の上でも座れば良かった。洗濯は嫌いじゃないし。
ああ、でも濡れたところに座り込むなんてしたら確実に風邪を引くか。
服は乾かしてもらえばすむけど、座ってたらずっと濡れるしね。
………あれ?
「ねぇ? ジークは地面乾かしたり、出来るよね……」
多分私の声はいつもよりずっとずっと低かったと思う。
だってだって、この数時間の羞恥耐久レースは完璧な無駄だったってことなんだから。
「できないよ?」
ああ。表情は見えないけど絶対わざとらしい笑顔だ。見えなくて良かった。
見てたらきっとお昼ご飯入りのバスケットを投げてたと思う。
ぶつかっても怪我一つしない相手に投げても、無駄なのに。
むしろご飯がなくなって、私が悲しいだけかも。
「うそっ」
ぎゅーっっと手をつねる。ポイントはいっぱい摘んで抓るんじゃなくて、薄く摘んで抓ること。その方が痛いから。
残念ながら、これ以上動くと落ちそうで怖い。
とりあえず可能な限りの反撃をしておく。
「嘘じゃないって。せっかくルシェと堂々とくっつけるのに、離れるようなことはできないよ?」
……堂々とそんなことを、言わないでほしい。
別にくっつくのが嫌で仕方ないなんていってないし。
単に逃げ場がないのが耐え難くなってきただけで……。
「これなら逃げられないし」
……3日間無視し続けた私は悪くないと思う。
ケーキの誘惑もはね除けたよ!
日常の一コマ。




