第五話
お祝い、と称する頭が痛くなるような騒ぎが続く食堂をあとに私は自室へと戻った。
滅多にでない甘いデザートに未練はあったが、実際に頭が痛いのだ。
残念ながら私はあまり丈夫ではない。暑くても寒くてもすぐ動けなくなる。
熱中症に風邪なんかが主な原因だか、草に触れればかぶれるし、腕力も乏しい。体力に至っては一日子守をしただけで過労で熱が出る。
それをよく知るからこそ、私が一人で生きていけないと判断し、保護者となるであろう精霊を歓迎してくれたのだろう、多分。
置いてきた(こっそり逃げてきたとは言わない。怖いから)精霊が将来設計を院長相手に語ってた気がしたけど、私は何も聞いてない。
地の精霊から譲り受けた宝石を売って、近くに新居を構えるつもりだなんて聞いてない。ないったらない。
でも、ろくな手伝いも出来ない子供が減れば、先生たちはきっと楽になるだろう。
寝台に倒れ込んで部屋の天井をみる。どんな景色より、一番長く見続けたのはこの天井だ。
それくらい、私は横になっている時間が長い。
薬代も結構かかっていると思う。つまりは、完全なお荷物なのだ。
その上ろくにしゃべらないとなれば、かわいげなど皆無だろう。
分っているなら愛想を振りまけばいいのだろうが、疲れ切っているときに笑うことはおろか、話をする余裕などなくて。
倒れそうなのを隠すだけでも精一杯だった。
同室のレイラはいつでも優しくて、熱にうなされる私をいつも心配してくれた。
夜中に咳き込む私のせいで睡眠を邪魔されても、一度だって怒らなかった。
彼女の優しさに私は何も返せないのに。
出て行くのが、一番良いのかもしれない。
けれど一人で生きる術はまだなくて、途方に暮れる。
もっと大人になれば、かろうじて得意と言える仕立てで生計を立てられるかもしれないし、うまくいけば店番に雇ってくれるような店も見つかるかもしれない。
けれどルシェーラは14になったばかりだ。家族さえもいないのだから一人では家を借りることも、仕事をする信用も得られない。
出て行くのはいい。精霊と一緒なら信用は得られるだろうから、仕事も出来るだろう。
名前以外何も知らない相手と一緒に暮らす、というのが一番問題だが。
ずっと、愛されたいと、願ってた。
院長先生や先生たちはとても優しかったけれど。それでも、自分だけに特別な感情をくれるわけではなかったから。
同じ境遇の子供と寄り添って、それで僅かな温もりを得ながら。そうしながら、寂しさを埋めていた。
いつか大人になれば。そうすれば誰かを愛して、誰かに愛されて。たくさん子供を生んで。
自分だけの居場所を手に入れて、幸せになれる。誰かを、幸せに出来る。
そう、願っていた。
でもその相手が変態というのは困る。
いずれ確実に心変わりするであろう相手を愛してしまえば、辛いだけだろう。
思考がまとまらない。天井がぐるぐる回っている。
本格的に熱が出始めたのかもしれない。
金色の双眸が4つに見える。
「……金、色……」
思わず呟く。部屋の天井はそんな悪夢にでも出そうな奇異な内装ではない。
さっきまでは普通の天井だったはず。木目はちょっと目に似てて怖いときがあるのだけど、少なくても金色ではない。
色を塗るような経済的余裕があるはずないのだから。
「大丈夫?」
額に触れる手はひどく冷たい。精霊には体温がないのだろうか。
血も通ってなさそうだし。ぼんやり考える。
「ひやくて、気持ちいい……」
とりあえずいまは便利だから良いことにしよう。
冷たかった手がじわじわと私の体温によって温もっていく。
それを惜しみながら、気持ちの悪いめまいが収まっていることに気付く。
視界も鮮明になっている。
「どう?」
笑う、精霊。契約を交わした精霊ならば病を癒すことも出来るという話を思い出す。
彼が、癒してくれたのだろう。
「……大丈夫です。ありがとうございます」
彼の手が温かくなったのは私の熱が伝わったからだろうか。それとも、冷たいと思ったのは私が熱かったからに過ぎないのか。
私は嬉しそうに笑う青年について名前しか知らない。それさえ、私が問いかけたものではなく。
彼もそうだろう。私は結局名乗らなかった。ただ、他の人との会話から互いの名前を知っただけの存在。
それでも、彼の笑顔は優しい。その手も。
「私は、ルシェーラといいます。……あなたのお名前を、教えてくれますか?」
今更、かもしれない。知っているだろう、というかもしれない。
けれど私は私の口から彼に名前を告げたかった。彼の口から、私に名前を教えて欲しかった。
その望みはいままでで一番綺麗な笑顔と共に叶えられた。
部屋に戻れないレイラさんのことも思い出してあげてください。




