第十六話
手の中には数種類の薬草がある。
今回はこれを売って滞在費にしようと思っていたのに。
希少なものだから十分だろうと思って他に売れるものを用意しなかったのが悪かったのか。
まさか、知られてないとは思わなかった。
効能を説明しても信じてもらえず、売れずじまいだ。
即効性があるものではないうえに需要がないのだ、仕方がない。
仕方ないが、路銀の残りを考えるとため息しか出ない。
とりあえず旅費として用意するのは今度からは貴石か半貴石を中心にした方がいいのかも知れない。
装飾品にしてしまえば目立たないだろう。
それにしてもこの町の人は親切なのか暇なのか好奇心が強いのか。
入れ替わり立ち替わり話しかけてくるのでちょっと困る。
広場のベンチに暗雲を背負って座ってるのは迷惑だろうが放って置いてほしい。
遊びに行こうとか食事をごちそうするとか、少し心惹かれる誘いもあるのだが見知らぬ人にそこまでして貰う謂われもない。
何となく怖い感じのする男性が多いので人買いかもしれないと疑ってしまうし。
旅に出てから知ったのだが、旅人には皆さん親切にしてくれるらしい。
買い物も結構値引きして貰えるし、安くてサービスのいい宿などを紹介してくれる。
レオンが側にいるときはそうでもないが、女一人だと心配になるのだろうか。
過剰な親切は申し訳なさが先に立つので丁寧にお断りしているが、笑顔で接してくれる人が多いのは嬉しいものだ。
レオンと旅に出て数年があっという間に過ぎた。
ジークはまだ見つからない。
私は実体化している方が楽なのでほとんどいつも実体化しているが、精霊のように力だけの存在となることも出来るようになった。
生粋の精霊ではないせいか、瞳の色は青いままなので人に紛れるのにも支障はない。
まぁ、レオンのように前髪を長くして目を隠せば色は解らないのだろうが。
見た目が悪いのは否定出来ないし。
いまもそうやって買い物に行ってしまったが、早く戻ってこないだろうか。
路銀が工面出来なかった以上このまま留まるのは難しい。
売れそうなものを用意して再訪するしかないだろう。
未練がましく薬草を眺めたあと、やっぱり惜しいのでそっと荷物の中にしまい込む。
次の町で売れるといいな。
しっかり乾燥させてあるので当分は持つだろうし。
命に関わるものだけに、必要としている人に届けたいしね。
それからレオンを待つこと30分。
私の前に立ってるのは見知らぬ誰か。
なぜか現在求婚されています。
運命だとか、理想の相手だとか。
いろいろ勘違いして自分の世界を作り上げてるような人が花束を差し出している風景というのはなかなか見られないものだと思う。
名前も知らないのに求婚できる根性と、衆人環視の中という勇気は賞賛に値するかも知れない。
それとも大道芸の一種なのだろうか。
周囲の人もかなり呆れている。思い込みの激しい人らしい。
一目惚れから即求婚という流れがこれで5回目という解説をしてる、ふくよかなおばさまに感謝しよう。
いくら断っても全く聞く耳を持たないのも思い込みの激しさ故だろうか。
一瞬ジークなのだろうかと思って悩んだのが悪かったのか。
………ジークとの契約もかなり唐突で強引だったのでちょっとした既視感がね?
すぐに違うと解ったけど、ジークにばれるとあの笑ってない笑顔が再登場しそうなので絶対ばれないようにしなきゃ。
この町はブラックリストに入れておこう……。今後50年は自主的立ち入り禁止区域だ。
でも今の問題は私に捧げる愛の詩とやらを語ってる人からどうやって逃げばいいのか。
聞かされてる私の方が羞恥で消えてしまいたいのに、この人はなんで平気なんだろう。
これが男女の差なんだろうか。違って欲しい。
周りの人の視線が生暖かくて辛い。可哀想な子を見るような目で私まで見ないでください。
もう、このまま実体化やめて消えていいかな?
どんな騒ぎになってもこの視線に晒されるよりはきっとマシだと思えてきた。
あと1分でもあれば実行に移したのだが、その前に。
後ろから回された腕に抱え上げられていた。子供を持ち上げるように。
成長期がいまだにやってこないのを思い出して悲しくなるのでやめてください。
私の成長期はちょっと遠くで迷子になってるようです、早く来て欲しい。
「なに? え、っと、誰? 何事ーってレオン?」
びっくりしてわたわたしてる私となぜか腰を抜かしたように座り込んで後ろにじたばたと逃げようとしてる男性。
周囲で見てた人はなぜか顔色も悪くだんだん遠巻きになっていってる。
蜘蛛の子を散らすように逃げる人がいないのがちょっと不思議になるような光景です。
あれだろうか、視線を逸らすと襲われそうで思い切った移動が出来ないとか?
「人のものに、何ちょっかいだしてんの?」
私はレオンのものになった覚えはない。でもここで言う勇気はない。怖いから。
………前にも同じようなことを思ったような気がする。
この寒さというか生存本能が全力でがんばって働いてる感覚にも覚えがあるし。
後ろを見て確認する。レオンであってジークではない。ないが……どうしてだろう。
姿形は全く違うのに、ジークのような気がしてならない。
自分の悩みに没頭してる間に名も知らない求婚者は消えていた。
何があったのかは知りたくない。
残されてたアンモニア臭とか、髪の毛とかのことも忘れたい。
怪我はないらしいけど若い身空で永久脱毛されてしまったのは私のせいじゃないはず。
………止めなくてごめんなさい。
あとで脱毛は直せないと思うけど永久の文字だけは消えるようにがんばります、止められなければ。
成長期と巡り会う前に人間をやめてます。