第十五話
力を自覚してしまえば、あとは早かった。
祈願するのではなく、望むだけ。
それだけで様々なことが可能になった。
とりあえず、火を熾すのに一時間かかることはもうないだろう。
摩擦で火を熾すという技術がどうやって開発されたのかは知らないが、祈願すれば望める効果を再現するのに一時間以上格闘する暇人はあんまりいないと思う。
海の上など火の精霊の加護の薄い場所では大事な技術だというが。
日常生活で必要になることは大体可能になったし、小屋を引き払う準備も整った。
すでに荷物も鞄ひとつにまとめてある。
この地でジークを待ち続けることも考えたが、老化の問題があることを聞いた為留まることは出来なかった。
そもそも、記憶が再生されるのかは不明だというので永遠に会えない可能性もある。
会っても、思い出さない可能性もあるのだろうが。
それでも可能性が零でないだけマシというものだろう。
あとは最後の別れを済ませよう。
未練などないといえばないのだが……。
可能であるなら、これまでのお礼をしたいと思うのは普通のことだろう。
多分二度と戻らない町。
嫌なこともあったが、それでも優しかったときもあったし、彼らが優しくしようとしていてくれたことも解っている。
レイラにも幸せになって欲しい。
育ててくれた孤児院とその出資者にも感謝している。
望む。
彼らの幸せを。
幸福を。希望を。
形にならない望みは大気に溶け。
ゆっくりと恵みをもたらすだろう。
例年より少しだけ豊作になるように。
例年より流行病が軽くすむように。
すべてが叶って。
人ではなくなったことを再確認する。
それに少しだけ胸が痛んだけれど。
引き留める人も物も何もない私には問題にはならなかった。
本当は、それらを持っていて人として幸せになることをジークは望んでいたのかもしれない。
けれど結局私の手には何もなかった。
あとは目の前の鞄を掴んで、この町から出よう。
遠く遠く。誰も知らない見知らぬ町へ行こう。
たった一人、私の手を掴んでくれる人を探しに。
そう思っても動けない私を、背後から抱きしめる腕があった。
「泣きたいときは泣けよ」
ジークとは、違う体温のない身体。
私も温度を亡くしているのだろうか。
「悲しいことなんて、何もないです」
だから、床に落ちる雫は幻。
何も失ってないし、悲しむようなことは何もないのだから。
何もなかった私に幸せになる希望が与えられた。
それは、喜ぶべきことで。
悲しむことなんて何もないのだから。
どんなに言い聞かせても。
雫はこぼれ落ち続ける。
だんだんと回された腕に温度がないことさえ悲しくなってきて収拾が付かなくなりました。
なんでジークじゃないのって当たり前のことが悲しくて仕方ないとか、レオンにも失礼だと思う。
落ち着くまで泣かせてくれたレオンには感謝しつつ。
精霊の記憶を消す方法がないか、ずいぶん長い間悩んだのは秘密です。
忘れてください……。
レイラさんには特に念入りに祝福をかけています。