第十四話
青年はレオンと名乗った。
そしてそのまま沈黙が落ちる。あまり社交的な方ではない様子です。
空気の重さが辛い。出来れば名前だけでなく用件も言ってほしいというのは高望みですか、そうですか。
いや、聞けば返事はあった。姿を現してくれたし、名前も聞けた。
ならば、用件を聞けば答えてくれる可能性はある。食べかけの朝食の所在に困りつつ、とりあえず話を済ますことにしよう。
この空気のなか食べる根性には恵まれていない。
「どのようなご用件でいらっしゃったのでしょう」
青年は、何もないところに腰掛けるようにして向かい合っている。
背が高いので座っても見下ろされる感じがして、怖い。
顔立ち自体が冷たい感じなのでなおさらだろう。
「ジークに頼まれてきた。おまえが幸せそうなら、そのままそっとしておいてやってくれ、と。そうでないなら、伝言を伝えて欲しいと」
………………。
ジークは。
彼がいなくて、私が幸せになれると思っていたのか。
笑い出したいような。
大声で罵りたいような。
泣きわめきたいような。
そのすべてで、全部違う感情が一瞬荒れ狂うが目を閉じてやり過ごす。
それらを向けるべき対象は目の前の彼ではないのだから。
ため息をひとつ。
落ち着こう。伝言を聞かなければ。
幸せなんて、あり得ないのだから。伝言を聞く権利はあるだろう。
「伝言を、聞かせてもらえますか?」
伝言を聞いたことに後悔はない。
いろいろと常識や未来が変わったが、もう一度幸せになる可能性が手に入ったのだから。
それがどんな苦難の連続でもきっと平気。
……孤独より辛いものはきっとないから。
小さな部屋の中のものを処分する。
受けていた仕事は完遂させて。
傍らには、レオンがいる。保護者代わりに付いてきてくれるらしい。
私を気に入ったといっていたが、ジークの友人なのだから彼に何か頼まれていたのかもしれない。
傍らにいるとはいっても他の人には見えないし、実体化は出来るだけしないように頼んである。
精霊と共にいると目立つので。
これから長い旅になるのだ。目立たない方がいいだろう。
利用されるのも、引き留められるのもお断りしたい。
私は、ジークに会いに行く。
彼は力を失い。長い長い時間をかけて力を回復させているという。
再生が、いつになるかは解らない。
それは人の一生よりも長い時間が必要だという。
それだけなら、遠い将来彼が幸せになるように祈るだけで終わるしかなかったのだろうが。
伝言でもたらされたのは、私自身の変質を告げる言葉だった。
私は精霊の加護を失ったのではなく。
ジークの力をあまりに多く注がれたために精霊とほぼ同じ存在となってしまっているのだという。
同質の存在が祈願しても届くことはなく。
周囲の祈願も’強い精霊’がいることでそちらへ流れて。
’強い精霊’と見なされる私が何もしないことで、周囲からは精霊の助力が失われているように見えたのだという。
それでも、このまま器である肉体を維持していれば私は人として生き、死ねる。
力を自覚し、器を変質させてしまえば……彼らと同じように一時期実体化して得ているだけの器に変えてしまえば。
私は、完全に精霊と同じ存在になるという。
そうすれば、いつかジークに会える日が来る。
悩んだのは、ほんの少しの時間だけだった。
短い…。