第一話
買い物は、嫌いだ。
重い籠を握りしめてルシェーラは思う。
店主の忌々しげな視線も、ひそひそと交わされている言葉も。
どれも嫌ではあったけど、耐えられないわけではない。
けれど、耐え難いのは。
……重い、籠。
以前なら、持とうとしてくれる人がいた。
大丈夫、と笑っても。いつでも持とうとしてくれた。
じゃれるように籠を奪い合い、2人で持った籠。
今は、一人だ。
もう、大丈夫かと問う声はない。隣を歩く姿も。
……買い物は、嫌いだ。
あの人のことを思い出してしまうから。
立て付けの悪い裏口から’家’に入る。
「ただいま帰りました」
買ってきた野菜を籠ごとブリュッセ婦人に渡すが返事はない。
ため息を押し殺しながら外套を置きに部屋へ戻る。
すれ違う子供たちも、誰一人ルシェーラに声をかけはしない。
部屋も一人部屋だ。贅沢なようだが、誰もが嫌がるのだ。どうしようもない。
部屋に戻り、外套を脱ぐ。
クローゼットには2人分の服がある。
今はもういない人のものだが、始末することなどできるはずもなくこうしてしまい込まれている。
ルシェーラはあまり背が高くないので大人と子供のものようなサイズの違いだ。
今着ていた外套と揃いの外套に目をやる。
たった、一年間だけ。彼が隣にいたのはたった一年に過ぎない。
それでも残された思い出はこうしてどこまでも付きまとう。
忘れたくないから。忘れられないから。忘れては、いけないから。
ずっと、一緒だと約束したのに。
ルシェーラはもうすぐ16になる。そうすればこの孤児院からでなければならない。
子供たちはそのために早くから準備をする。
手先の器用なものは親方へ弟子入りするし、店を周り手伝いをして仕事を見つけ蓄えをつくる。
それが当たり前のことだったが、ルシェーラは何の計画もない。
以前は、彼と共にいろんなことを約束した。
二人で、暮らそうと。
ルシェーラは暑さに弱いから西の静養地で暮らすのが良いだろう、と。
彼女があこがれた、普通の家庭を作るための、たくさんの約束。
もう何も、叶うことはない。
彼と共に幸せな未来もすべて失われてしまった。
誰も彼女を雇おうとはしない。少なくてもこの街にはそんな奇特な人間はいないだろう。
ルシェーラは、精霊の加護を失った人間だから。
まだ何も始まっていません。