たまにはいいこともあるさ
深いため息が龍牙魔術学園の女子寮の屋上で夜空に吸い込まれていった。
「今日は何てツイていないんだ・・・」炎魔は呟く。
山から降りて初めて得た学園生活を胸が弾けるほど楽しみにしていた炎魔は一日の終わりには正直がっかりしていた。
悪いことは何もしていないのに男が嫌いという理由で出鱈目な噂を流され、女子には嫌われた。しかも不良を簡単にやっつけたため、クラスでは避けられていた。そしてさらに男子に軽蔑の眼差しを一身に受けることが判明した。何故なら朝、炎魔が土方優に土下座をしたことが気に食わなかったらしい。男女差別がまだ健全で男が有利なコノご時世、彼女みたいに男に反抗する女性なんぞに土下座をするのは殆んど許されないという領域に達していた。
というわけで炎魔は一日で学園の有名人になった。
しかもそれに追い討ちをしかけるかのように生徒会長、雷神アテネは学園放送で炎魔が生徒会に入ったことを放送した。
コレだけ起きても機嫌がいい人はとんでもない馬鹿かポジティブ思考すぎるかどちらかだ、が炎魔はそのどちらでも無いので屋上で唯一のベンチの上に寝転んでふて腐れていた。
「そう言えば・・・」炎魔は夜空を見ていて気づいた。「星、見えないんだな・・・」
炎魔が来た山、っていうか山岳地帯では夜になると星が結構見えた。
人にはあまり聞かれたくない修行で疲れ果てたときによく見ていて、癒された。
そして一番精神の癒しが欲しい時に限って星を眺めることが出来なくて、不機嫌さがさらに増した。
まあ、纏めると炎魔は一触即発の最低最悪のムードだった。
せめて最悪な一日を最悪に終わらせないために炎魔は屋上で一人になって静かなな時間を過ごしていた。
がそれすら叶わなかった。
屋上の扉が派手な音で開き、誰かが来た。鬼崎は見つからないように闇を身に纏い、姿を消した。
別にその場から消えたわけではなく、他人の視界から消えただけで炎魔はまだベンチの上で寝転がっていた。
屋上に来た女子は合計四人、一人は何処かで見たことがあるオサゲの少女でもう一人ブルドッグみたいな顔の女の子に腕をつかまれていた。一人は腕を組み、長い茶髪が風にゆれ、そして頭のほうには狐の耳みたいに髪の毛が立っていた。最後の一人はその長い茶髪の隣に立っており、こっちはトドみたいな体格をした女の子だった。
もうすでに問題アリアリな臭いが漂っていたので炎魔は見つからずにやり過ごそうとした。
ブルドッグみたいな顔の娘、略してブル子はオサゲを乱暴に押し、彼女は地面に転がった。
「やっちまいな。」と長い茶髪の子、以下狐っ子は冷たい声で命令した。どうやらこの三人組のリーダーらしい。ブルっ子とデブの子、略しハム子はにたりと笑うとオサゲを蹴ったり殴ったり、今で言う虐める行為に値するものだ。
不思議な事に虐められている本人は抵抗の素振も見せず、ましては音も上げずに受けていた。それが面白くないのか二人のブスの虐めがエスカレートしてきた。
「おい!そろそろいい加減にしろ!」炎魔は堪りかねてとうとう口を出してしまった。何もせずにやり過ごそうとした決意は何処かへ飛んでいってしまったらしい。
四人の女の子はすごく驚いたのか、全員空中へ緊急回避、つまりジャンプした。
その絵図があまりにもおかしく、鬼崎はプッと吹いてしまう。
「なな、な、何だてめえ!?」とハム子はビビリ声満タンで強気に言ってみるが迫力がない。
「そのお嬢ちゃんが何したか知らねーけどよ、もうここで引き下がりな。」炎魔は要求する。
「へっ、それはは残念。」狐っ子は前に踏み出しながら言う。「この子は今日、男の頼みを聞いて従ったんだぞ、あたしは男の屈する女は大嫌いだ!」
「それをどう解釈すればこいつをボコボコにしていい理由になるんだ?そもそもお前参加してねーし。」と炎魔はため息交じりに指摘する。
「次にこいつがまた男なんかに従わなくさせるためだ!」
「何で男の頼みを聞いちゃいけねーんだ?たとえば学園長に職員室にある花瓶を持ってきてくれと頼まれたらお前断んのか?」と鬼崎はじれったく言う。
「学園長は別だ。あのおっさんは強い、だがここの男共は全員弱い。あたしは弱い男は嫌いだがそれに従う女はさらに嫌いだ!」狐っ子は吼える。
「ほう、」炎魔はにやりとニヒルに笑う。「ということは今俺がお前を倒せばお前は俺に従うと解釈していいんだな?」
「出来るもんならやってみやがれ、この白髪!!」
そういい終えた瞬間、炎魔はもうすでに狐っ子の前に立っていた。そして彼女が反応する前に鬼崎は外道にも彼女のかわいらしい顔に膝蹴りを決める。それだけでは足りないのか、地面に着地した後さらに鳩尾にパンチを決める。
狐っ子は声を上げる暇もなく、泡を吹いて倒れる。これだけのクリティカルヒットを受ければ当然だが。
他の二人と炎魔は信じられないと言う顔で倒れた者を見た。
「「有希さま!!」」二人は倒れた狐っ子に駆け寄り、跪く。
炎魔はまだパンチを繰り出したポーズのまま、その場から動かなかった。
「畜生、覚えてろ!」と彼女らは気絶した狐っ子を持ち上げ、捨て台詞を吐きながら降りていった。
しばらくの間、沈黙が続いた。
実はと言えば炎魔はさっきの膝蹴りが決まるとは思ってもいなかった。もし、至近距離で放ったのならはなしは別だが、炎魔は遠くから走ってきて繰り出した。これは当たりようが無いと思っていたので小手調べにやっただけなのに思いのほかにクリーンヒットしてしまった。その後に繰り出した拳は反射的に出たもの、というより膝蹴りはフェイントでパンチで決める連続技として考案したものだったがどちらも当たってしまい、気の毒に思ってしまった。
「あの・・」と後ろから話をかけられた。
振り向くとそこには先ほど虐められていたオサゲが立っていた。
「あの・・助けてくれてありがとうございます。」声をつっかえながらオサゲは頭を下げた。
「こちらこそありがとう」と炎魔は彼女の手を取り、涙を流しながら感謝した。今日一日女の子に散々な目に会わされた炎魔にとってこの感謝の言葉は砂漠にあるオアシスにも等しいぐらいの癒し効果があり、逆に彼のほうから感謝してしまった。
「え?」オサゲ(一応言っておきますが名前じゃありません)は首を傾げる。
「あ、いや、すまん。こっちの話だ。」炎魔は手を振りながら誤魔化す。「それより怪我は・・・・」無いかと聞こうとした炎魔は目を張る。
「何で怪我してねーんだ?」さっきの女の子の二人に結構やられていたにも関わらず、怪我や擦りむいた跡すら殆んど無かった。もちろん制服を着ているから見えない部分も多いが、足のほうは殆んど無傷だった。
「あ、それはですね、」彼女は焦りながら説明する。「私、回復魔術を習っていて、君が固まっていた時に自分にかけたの。」
「ふーん、なるほど」炎魔は納得するが完全に信用はしなかった。
「でも本当にありがとうございました、鬼崎君。」と彼女はまたペコリと頭を下げる。「私、雪白鈴奈って言います。このご恩は何時か必ず返します。」
「別にいいよ、お礼ならもう貰った。それより何で俺の名前を知ってるんだ?」と炎魔は尋ねる。
「今日、私のクラスに転校してきたじゃない。」彼女はクスクスと笑う。
炎魔はそこで自分のクラスにオサゲがいたことを思い出し、今彼の前に立っているオサゲであると。
「ではまた明日ね。」とニッコリ微笑み、雪白はその場を去った。
炎魔は彼女が屋上の扉を閉めるまで見送り、そして夜空を見上げた。
「どんな腐った日でも、良い事はあるんだな」と炎魔の呟きを聞いていたのは三日月だけだった。
ちなみに筆者は顔面に膝蹴りを食らったことないのでよく分かりませんが、痛そうなのは確実じゃね?