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精霊国物語

【精霊国物語番外編】研究こそ我が生きる道

作者: 夢野かなめ
掲載日:2026/06/15

「ノノミ様。お申し付けのものを、こちらに置いておきますね」


 その声に、ノノミは少しだけ間を置いて振り返ってから、にっこりと笑みを浮かべた。


「有難う。流石華発の方は仕事が早いですね」


 ノノミの言葉に、華発の兵は頬を染め、妙に仰々しく礼をしてから部屋を出ていった。


 それを笑顔で見送り、完全に姿が見えなくなってから笑顔を消して、目の前の図面と実験結果の書かれた書類に目を落とす。


 華発の国、大渡の町。


 精霊国と華発の国の共同で潜水船の研究を進める館で、ノノミは自身が仕えるヨンムより命じられた任を進めていた。


 精霊国を発ち、どれ程経ったか。


 目まぐるしい変化の中で、ノノミはそんな感傷的なことよりも、潜水船を実用可能な状態にまで持って行くことに専念していた。


 いや、それ以外にひとつ。


 華発の者達との友好関係を築くこと。


 ヨンムのような英雄王の子孫達が築く〝友好〟ではなく、民と民同士の〝友好〟だ。


 国を束ね、統率する者同士がいくら友好関係を築こうとも、その手足となり働く者達がそれを受け入れられなければ、いずれ争いが起きることとなる。


 きちんとした友好関係を築いていれば、例え統率者が無理難題を申し付けたとして、抜け道をいくらでも作り出すことが出来るのだ。


 その点について、ノノミは大渡の町に着いて暫くして、ひとまずは完了したといってもいい。勿論、継続的に調整をしていかなければならないが、初回の顔合わせを含め、現在に至るまで問題は起きていない。


 今では、一部の華発の民は「ノノミ様」と尊敬を滲ませて呼ぶ。


 特に身分において敬う必要がない立場のノノミだが、勝手にそう呼ぶのなら放っておこうと決めた。勿論、最初にきっちりとその点を指摘してあるが、その上で尊敬を滲ませるというのなら()()()()受け入れるしかない。


 酒の席をこなし、各所との連携を深めつつ、あとはただ潜水船について進めればいいだけだ。


 しかし、研究や発明とは、そう簡単に思い通りになる筈がない。


 ヨンムに持たされた設計図を基に、新型の潜水船を組み上げたが、海の中を行く、ということは想像以上に未知の出来事ばかりだった。


 幾度かの修正を経て、いよいよ刻限が近付いている。


 ──マリーエル様がいらっしゃる前に、仕上げないと。


 事の発端は、海底に何らかの存在が生じたのではないか、という疑いだった。


 知の者アントニオが〈知の洪水〉に呑まれたのだ。そうして、エランでは異形の生き物が揚がり、騒動となった。


 それに対処する為の海へと潜る船を造ることが、ノノミの使命だった。


 ──改善点は、あとひとつ。どうするべきかしら……。


『ノノミ、居る?』


 その時、卓の上で小さな声がした。すぐにその声の発生源である鏡を取り上げたノノミは、逸る気持ちを抑えながら覗き込んだ。随分と小型のそれは、ノノミが大陸へと旅立つ際に、ヨンムより渡されたものだった。


 鏡の中に相手の顔を見ることは可能だが、小型な為に表情まではよく判別出来ず、一度使用すると暫くは休ませねばならないが、使えないことはないという代物だった。


「はい、おります。潜水船の修正部分を考えている所です」


『そのことだけど、精霊石の設置位置を──』


 構わず話始めるヨンムの言葉を紙片に書き留めながら、ノノミは内心で笑みを浮かべた。


 この感覚が心地よい。


 研究に対する容赦のなさ、ひたむきさ。


 これでこそ、自身が仕える主なのだという気がする。


 ひと通り意見を交わし合い、改善策を思いついたノノミは、すぐには立ち上がらずに、ヨンムへと声を掛けた。


「観測所の生活は如何ですか?」


 そこで、僅かに沈黙が落ちる。戸惑いを滲ませた小さな声がくぐもり、「何ともないよ」という答えが返ってきた。


「本当は、アントニオ殿も共に行けたら良かったのですけれどね」


『アントニオは無理だろう。知の洪水だってまた現れるかもしれないし、知の者としてグラウス城に居た方が良いんだから。まぁ、観測所に居てくれた方が、何でもすぐに訊けるし、頼りになるとは思うけどね』


 その答えに、ノノミは「またまたぁ」と内心忍び笑う。


 ヨンムがアントニオに想いを寄せていることは、以前から気付いていることだった。他にもヨンム隊の何人かは気が付いているが、皆ヨンムの速さで想いを育てればいいと思い、見守るだけに留めている。


 ノノミは研究に没頭する気質であると同時に、この人と決めた相手の面倒を見たくなってしまう気質も持ち合わせていた。


 勿論、〝この人〟と決めた相手は、ヨンムだ。


 尽くすことと、自身が成したいことが一致しているという状況は、瞬く間にノノミをヨンム隊副隊長の座に押し上げた。


 だからこそ、遠く離れた地へ向かえと命じられても、迷うことなく国を出ることが出来た。潜水船の設計が、ノノミにとって実に興味を引かれるものだったことも大いにある。


 雑談慣れしていないせいもあるが、ぎこちなく終わった会話に溜め息を吐き、ただ自身を映すだけとなった鏡を見て、舌打ちする。


 ──全く、いつまでヨンム様の気持ちに気が付かないつもりかしら、あの愚か者は。


 ヨンムの速さで、とは思うものの、中々に近寄る気配のない二人の様子に、ノノミの中で苛立ちは募っていた。


 遠く離れた地にいるせいで、近況を聞くことも出来ない。


 いっそのこと、本人を急き立ててみようかと鏡を取り上げたノノミは、この小型の鏡ではそれも出来ぬのだと気が付き、再び舌打ちした。


 これだけの為に華発国国王隊の監視所まで出向く訳にもいかない。


 この鏡で話せないのはアントニオのせいではないというのに、ノノミは全てを無視してアントニオのせいだと思うことにした。


 そうしてから、書き直した図面と紙片を持ち、造船所へと向かう。


 そこは華発国国王隊隊長ムシカによって厳しく監視された場所で、入り口もひとつしかない。


 技術や資材などを守る為、と言うが、一体何から守るのか。大方は華発の国内部の争いの種になるのだろうと認識しつつ、ノノミは支障なく潜水船の置かれた間へと向かった。


 遠くにある人影に目を留め、内心で「これは厄介な」と呟いた。


「あぁ、ノノミ殿! 修正の手掛かりは掴めましたかな? 我等華発の研究者達の方でも幾つか思いついたようですが」


 ムシカの向こうに立つ華発の研究者達は、控えめな笑顔でノノミを待ち受けている。


「素晴らしいことです。私の方でも思いつきました。この図面を見て頂いても?」


 そう言って差し出すと、華発の研究者達は興味深そうに図面に目を走らせ、頷き始めた。その間に華発の提案書に目を通し、頭の中でそれらを合わせた作業を纏める。


「流石、ノノミ殿」


「私も貴方達華発の発想力に驚かされましたわ。さぁ、早速作業に取り掛かりましょう」


 そう言って、じっと見つめるムシカには気が付かない振りをして、ノノミは作業を振り分けた。


 華発の研究者など、潜水船に関わる者達は当然掌握済みだ。


 元より、全てが揃う国である華発の国において、その頭脳を活かしていた者達ではあるが、精霊国の技術が合わさり飛躍的に発展していく諸技術に、何処か浮足立っている所がある。


 しかし、研究においてはひたむきな姿勢を見せる彼等に、ノノミは容易に溶け込むことが出来た。


 繋がりは、研究に向ける想いだけ。


 それから、少しの気遣いだ。


 最初こそ怯えさえ覗かせ、やたらと華発の国の功績ばかりを口にしていたが、怯えを溶かし、共に道を進む者だと理解させれば、そのような話題は一切消え去った。


 ムシカと話す内、ヨンムから聞いていた通り実に「我が華発の国は」と繰り返しているのかを思い知った。


 それは、華発の国という存在を相手の中にすり込む作戦で在り、最早ムシカの中では意識せずに行われているのだろうが、ノノミにとって鬱陶しいことであるのは確かだった。


 しかし、それも大渡の町で研究を進める内にどうでもいいものとなっていた。


 それ程に、潜水船というものは、魅力のあるものだった。


 海に潜り、その中を深く行くことなど、誰が成し遂げたことがあるだろう。


 国を離れるのも難しい主を置いて、その命により、ノノミは海の底へと潜るのだ。


 そうして、再び修正作業へと没頭したノノミだったが、数夜明け、ついに潜水船は完全な試行を終えた。


 問題点は全て解決している。


 後は、初運航を残すだけだ。


 マリーエル率いる精霊隊がグラウスを発ったという話は既に入ってきていた。


「ノノミ殿……いえ、ノノミ船長」


 華発の研究者が言った。


 ゆっくりと振り返り、眉を寄せ、小首を傾げる。


「船長? それについては、まだ話し合いが済んでいませんでしたね」


 そわそわとしていた華発の者達は、期待を込めた瞳でノノミを見つめている。


「我等で話し合ったのです。やはり、この船の船長となるべきはノノミ殿しか居ないと。我等の技術だけではこのような船を造ることは出来なかった。まさに、起爆薬。船長には貴女が相応しい」


 そこで、僅かに言い淀み、窺うような瞳を向けた。


「船長はノノミ殿に是非お受け頂きたいのですが、出来れば乗員を精霊国と華発の国で半分半分にして頂くことは可能でしょうか。我等も顔を立てて頂きたいと……」


 視線を彷徨わせながら言う様子に、一度ノノミは考え込む素振りで応えた。


 船長の座に収まることは、今後命令を通しやすいこともあり、受けるつもりだ。しかし、人員を半分ずつというからには、船長も含めて半分。つまりノノミの分だけ実際の作業を行う者は減るということになる。


 潜水船とは、周りを海に包まれ隔離された空間だ。


 程度は下がったとはいえ、やはり彼等は華発の国の者だと実感する。


 しかし、ノノミは〝熟考の末〟といった様子で頷いて見せた。


「そうしましょう。その方が公平ですね。この船は、二国の協力のもと成された物なのですから。素晴らしい成果物の共有をそのように示しましょう」


 わっと場が沸き、ヨンム隊の者達もそれに加わって、和やかな雰囲気となった。


 国を出る際、喪失の谷の観測所のこともある為、ある程度の人員はヨンムによって選ばれたが、残りはノノミに一任された。


 その全てが、ヨンム隊の中でも既にノノミのやり方に慣れた者達であった。精霊国で任に当たっていた時も、ノノミの許で尽くしていた者達。


 表面上ではただにこやかに話し合っているだけのように見えるが、視線の交わし方でノノミの思惑通りに事が進んでいることを祝っているのが判る。


 協力関係とはいえ、この大渡の町は華発の国であることは違いない。


 今後のことを考えれば、その内部へと深く入り込めていた方が融通が利く。それも、全く疑いを向けられずに、だ。


 ノノミについてきた者達は、それを視線の動きだけで察し、成すことが出来る。


 遡れば、ヨンム隊に所属した際に地道にノノミが積み上げた成果であるのだが。


 ──使えるものは、何であっても使うわよ。


 ノノミは内心でニヤリと笑みを浮かべた。


 全ては、主であるヨンムの為。いや、その頭脳から生み出される数々の発明品や研究の為。


 その点においては、鼻につくムシカとも共感出来る想いがないでもなかった。


 数日後。


 マリーエル達が徐々にこの町へと近付いている報せを受けながら、出航を前に儀を執り行い、最終確認の為にノノミは船長としては初めて、潜水船に乗り込んだ。


 皆の期待の眼差しが一身に集まっている。


 ノノミは目蓋を閉じて祈るようにし、ゆっくりと瞳を開いて宣言した。


「それでは──出撃!」


 ただの試運航ではあるが、精霊姫という尊き身分の相手を乗せるのに、不備があってはならない。


 そうしたことも含み、ノノミはその言葉を選んだ。


 沸き立つ気配で満たしながら、潜水船は海の底へと向かって行った。


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