羽山心愛の推察(第5話)
金曜日の夜。
鳴沢の制作現場を見たから、今日がいつもより特別に思えた。
22日の25時。待ち侘びた時間。
だけど、この日は新しい歌が流れてこなかった。代わりに、先週の歌と先々週の歌の2曲が流れた。
私のせいだ。
私が鳴沢に「作っているところが見たい」なんて言ったから。
私が邪魔したから、鳴沢は歌を作れなかったんだ。
スマホを握りしめたまま、布団の中で目を閉じた。
──学校で会ったら、どんな顔をすればいいのだろう。きっと鳴沢は怒っている。今までできていたことが急にできなくなったのだから。
何してるんだろ。迷惑だって考えればわかる話じゃん。邪魔になるってわかるじゃん。
誤って済む話じゃない。でも、謝らないのはもっといや。
月曜日になったら謝ろう。
♢♢♢
そう考えていたものの、どう謝ればいいのだろうか。心愛や莉里に相談しても「普通に謝れば」としか言われなかった。
いや、まあ、それが普通なんだけど……私って、こんなにも謝るの下手だったっけ。普段はどうやって謝っていたんだっけ。
いつも通り誘えばいいだけ。それだけ。
「な、鳴沢……話があるから、放課後、屋上前で待っててくれない……」
「え? 何で?」
「何でもいいから!」
何で私が逆ギレしているみたいになってしまったんだろう。ただ謝りたいだけなのに。
こんな時の体育は助かる。どれだけ人数が少なくても、男女は別だから鳴沢のことを考えなくて済む。
ペアで組んだ準備体操。相手は莉里だった。前屈で背中を押してもらっていると。
「玲那、何か悩み事?」
普段は話題を出すことが少ない莉里が言った。
「ううん。何でもないよ。少し考え事をしていただけ」
「本当に大丈夫?」
「うん。ありがとう」
「頑張ってね」
「う、うん?」
葛藤を励まされたことがないから、どう反応すればいいのかわからなかった。
でも莉里が心配してくれていたことが少し嬉しかった。少しだけ心が晴れた気がした。
♢♢♢
呼び出しておいて、私が遅れることになるとは思っていなかった。担任に急に呼び出され、20分くらい時間を取られた。
もし鳴沢がまだ怒っているなら、待っていてはくれないだろう。もしそうなら、それでもいい。私がしでかしたことに比べれば、待ち侘びて帰るなんてちっぽけなことだ。
でも、いてほしい。話がしたい。顔が見たい。謝りたい。
屋上前、鳴沢はイヤホンをして天井を見つめていた。
よかった。いてくれた。
「ごめん、鳴沢、待たせた」
「ううん。特に用事もないし、大丈夫だよ」
「屋上、まだ開いているかな」
「ホームルーム終わってすぐ来たけど、鍵は誰も閉めにきてないよ」
「じゃあ、開いているか」
屋上の扉のドアノブに手をかけ、開いていることを確認してから屋上に出た。
天気は私の心を映すように灰色に覆われていた。時々吹く風はまだ春を感じさせるくらい冷たく、強く屋上を駆け抜けていた。
「鳴沢……その、話があるんだけど……」
鳴沢の顔を見られなかった。恥ずかしいからじゃなく、鳴沢と喋ることに後ろめたさを感じていたから。
「この間の歌聴いたよ……それでね、鳴沢……ごめん!」
私は頭を下げた。こんなことだけで許されないことはわかっているけど。
「近藤さん、やめてください!」
「だめ! 私のせいだよね! 私が邪魔したから鳴沢は歌ができなかったんだよね。本当にごめん。こんなことで許されるわけないよね。でも、私からの精一杯の誠意。こんなことしかできないから」
「本当にやめてください、近藤さん! 近藤さんは何も悪くないんだよ。悪いのは全部僕なんだ……」
「そんなことない! 悪いのは私だよ。勝手に正体突き止めて、作るの邪魔した……」
涙だけは絶対に流してはだめ。それもわかっていたのに、なぜか涙が込み上げてきた。
鳴沢に顔を見せられない。こんな姿見られたくない。
「近藤さん。僕の話も聞いてほしい。だから一度、顔を上げて」
鳴沢の声だった。でも、エクスネクの声でもあった。毎週聞いている声が、私の胸に優しく響いた。
「……ごめん。今、見せられない顔しているから、座ってもいい?」
「うん。いいよ。隣座る」
まだ衣替えの時期じゃなくてよかった。拭える布があってよかった。
「それで、僕も恥ずかしい話なんだけど……実は、近藤さんにバレる前日、普段ならもう既に歌は完成しているのだけど、先週だけはどうしても歌が作れなくて。この土日にもずっとスマホを見ながら作っていたけど、どうしてもできなくて……多分だけど、僕がこんなこと言うのはおこがましいけど“スランプ”に陥っているのかなって」
「8曲しかないのに?」
「だから恥ずかしい話だし、おこがましいって言った。蒸し返さないで!」
本当に恥ずかしそうにしている鳴沢を見ていると、心が落ち着いた。
「閉められても困るし、そろそろ帰ろ」
「そうだね」
鳴沢がドアノブに手をかけたその瞬間、扉が勢いよく開いた。
勢いよく心愛が飛び出してきて、興奮気味にこう言った。
「なるほど! そういうことだったのか!」
「何で……何で心愛がいるの⁉︎」
「玲那、何か忘れてない? 今日の日直、私だよ。鍵をかけずに待っていた私に感謝しないと」
うん? 待っていた……?
「待っていたって……いつからいたの?」
「『ごめん、鳴沢、待たせた』から」
「最初じゃんか! 何で、もっと早く言ってくれないの! というか、ずっと聞いていたの!」
心愛は無言で頷いた。その瞬間、風が止んで、まるで時が止まったようだった。
「人の話、盗み聞きするなんて最低!」
「おいおい。こっちは仕事でここに来ているんだぜ。それは私じゃなくて、後ろの2人だぜ」
今度はゆっくりと扉を開けた心愛。そこには豆鉄砲を食らった鳩のような莉里と笹川がいた。
「2人も何してるの?」
莉里も笹川も目を合わせることなく、キョロキョロと視線を動かしていた。
「あーえーっとね……笹川が話す」
「え? そんなキラーパスあるか⁉︎」
「それで、何してるの?」
「だから……その……羽山が、お前が告白するって聞いて、様子を見に、だな」
焦る笹川に、私は睨みを向けた。
「──最低」
「ち、違うんだ、近藤。そんなつもりじゃなくてな」
笹川は野球部。他の部員は運動場で練習をしている。つまり、こいつはサボりだ。
風が止んでいるおかげで、声はよく通りそうだった。
「井河先生ー! 笹川ここにいまーす!」
「お、おい、近藤、なんてこと言ってるんだ」
「は? サボりでしょ? 部活はちゃんと行きなよ」
下から怒鳴るような声が聞こえた。
「笹川ー! 何サボってるんだ!」
顧問に見つかった笹川は、姿勢を正して返事をした。
「すみません! 今行きます!」
私たちには目もくれず、笹川は風のように駆け抜けていった。
「笹川君、かわいそう」
心愛が哀れむような目をしていた。
「心愛のせいでしょ」
「それよりもさ。まだ話したいから、うちに来ない?」
心愛の提案で、私たちは場所を移すことになった。移動先は心愛の家、この集落唯一の食事処『洋食屋 エッセン・ラーデン』だった。
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