質問(第3話)
誰もいない校舎の廊下を歩いていた。
鳴沢のことだから、最悪、逃げているかもしれない。
そう思いながら校舎の外に出ると、校門前に頭がひとつ飛び出していた。
──鳴沢だ。
無性に嬉しくて、小走りで鳴沢の元に向かった。
「鳴沢! 逃げなかったんだね!」
「……逃げても、追いかけられそうだったから」
「あながち間違ってはないかな」
「やっぱり」
「冗談だって。そんな怖い顔しないでよ」
鳴沢に「待ってて」と言ったあとから、鳴沢に聞きたいことを頭の中で巡らせていた。
まだ鳴沢がエクスネクだと確定したわけではないけど、私の中ではほぼ確信していた。
夕暮れに沈む街。車通りのほとんどない、街一番の道を、二人で歩いていた。
「鳴沢がエクスネクだと仮定して質問するけど、エクスネクの由来って何?」
「エクスネクって、何のことですか?」
「その答えは、もう遅いから。私、ずっと金曜日に歌を聴いてるから、間違えるわけないよ。それだったら『僕もファンです』くらいに誤魔化した方が良かったんじゃないかな?」
俯いていた鳴沢の肩を、二回優しく叩いて言った。
「もう諦めな。誰にも言わないから、正直に言ってみ」
鳴沢も悩んでいるみたいで、ため息をついたり、空を見上げたり、感情が忙しく入れ替わっていた。
最後には、さっきまでと同じ、俯いた姿勢になっていた。
「……何で、どこで気がついたんですか?」
目を逸らしながら、鳴沢は言った。
「エクスネクなんて、マイナーな配信者のことを知ってる人間が、こんな狭い集落に二人もいるとは思えなくて」
「間接的に人気ないって言わないで……わかってるけど、面と向かって言われると、心が痛い」
「ごめんごめん。そんなつもりじゃないよ。私は好きだよ、エクスネクの歌」
「あ、ありがとうございます……」
夕陽に染められていたせいか、鳴沢の顔は赤く染まっていた。
「照れてるの?」
「照れてないって」
「じゃあ、なんで目合わせてくれないの?」
「恥ずかしいから……二年同じクラスだったから、わかってるでしょ。僕に友達がいないこと。人と話すのが苦手じゃなかったら、全部打ち明けられてるよ」
その言葉に、私は少しだけ共感した。
「別に打ち明ける必要なんてないんじゃない? 私だって、クラスの子に言えないことあるし。それに、隠してたからこそ良かったんだよ。エクスネクは」
鳴沢は、また目を逸らした。
「──バレてごめんなさい」
「別に、バレたことを責めたりはしないよ。逆に、わかって私は嬉しかったよ。まさか、こんなに近くにいるとは思ってなかったけど。まあ、私の洞察力が勝ってたってことでいいんじゃない?」
「それはそれで腑に落ちない」
「だったら、隠す努力しないと。学校で歌ってたら、誰かにはバレるよ」
「人が来ることを想定してなかった」
「じゃあ、私で良かったね。他の人にバレてたら、もう広められてたかもよ」
「それは……そうかも。でも、人気はないから、知ってる人の方が少ないし、大丈夫だったかな……」
そう言って、ため息をついていた。
私に言われてショックを受けていたのに、なんで自分で傷口広げるの。
下手な慰めは、余計に傷口に塩を塗る行為だと思って、何も言わずに鳴沢の肩をポンッと叩いた。
集落唯一の橋の手前で、鳴沢は立ち止まった。
「あ、あの、近藤さん……僕の家、あっちなので……」
鳴沢が指差した方は、歩いてきた方向とは反対だった。
「反対方向だったら、先に言ってよ。こんなところまで連れてきてごめん」
「あ、いえ……あの、この山の上にあるんだ」
田舎集落のあるある。山の斜面に沿って建つ家。
都会では“天空の集落”なんて呼ばれてるけど、実際は坂がきつくて、学生はみんな、あの場所じゃなくて良かったと思ってる。
なぜなら、疲れて帰る時が一番きついから。
「尚更なんでこっち来たの? 誘ったのは私だけどさ、学校前でよかったじゃん。てっきり鳴沢もこっちだと思ってたよ」
「あ、いや、だから、家の方向的には後ろになるけど、ここに近道があるんだ」
鳴沢が指差した先には、神社の鳥居があった。神社の名前は大熊神社。
鳴沢の家があると言っていた山の一番上にある。
その参道の階段。坂が長いからこその、ショートカット用の階段。
「そんなに上にあるの?」
「一応、大熊神社の手前まで……」
「無理に誘ってごめんね。また学校でね」
帰り道、私は一人で鳴沢の歌を思い出していた。
あの声は、ラジオで聴くよりもずっと近くて、ずっと温かかった。
──鳴沢と、もっと話してみたい。
そんな気持ちが、胸の奥で静かに芽吹いていた。
家に帰って思い出したことがあった。
世間話ばかりで、私、エクスネクについて何も聞けていなかった。
♢♢♢
教室では、ずっとソワソワしていたのが自分でもわかった。
いつ鳴沢に話しかけようか。そんなことを考えていると、いつの間にか放課後になっていた。
私は慌てて鳴沢に言った。
「鳴沢! 今日も待ってて!」
「な、なんで……」
「いいから!」
化学の先生に用事があった私は、一目散に職員室に向かった。
廊下を走っていると、亀嶋に「廊下は走らない」って言われたけど、何もなかったかのように走り去った。
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