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25時の音楽  作者: 倉木元貴


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身バレ(第20話)

 冬の風は、祖谷の街を鋭く切り裂くように吹いていた。山々の稜線は白く雪を被り、夜のあいだにうっすら積もった粉雪が、朝日を受けて細かい光を返していた。通学路を歩いていると、アスファルトの影になった部分には薄い氷が張っていて、踏むたびにパキッと小さく音を立てる。空を見上げれば、雲は低く重たく、冬独特の淡い青色が世界を覆っていた。


 川の流れもいつもより色が濃く、透き通る冷たさが遠くからでも分かるほどだった。祖谷の川はいくら眺めても飽きないけれど、今日ばかりは見ているだけで指先の感覚が奪われていくようで、私はすぐに顔をマフラーの中へうずめた。


 今シーズン初めて最低気温がマイナスを記録したというニュースを朝のスマホで見てはいたが、実際に外に立つとその数字以上の冷気に包まれ、ダウンジャケット、マフラー、手袋、ニット帽は完全に必需品になった。吐く息が白く空に消えていくたび、冬が確実に深まっていることを思い知らされる。


 自然と身体が肩をすくめ、こりを酷くさせる。どれだけ着込もうと、風は制服の隙間を狙って吹き込んできて、体温をさらっていく。


 学校に着くと、教室の窓は内側からうっすら曇っていた。扉を開けた瞬間、ストーブで温められた甘い灯油の匂いがふわりと鼻をくすぐり、思わず目が細くなる。この匂いをかぐと「ああ、冬の教室だ」と安心する。外とは別世界の空気が広がっていた。


 私たちの学校は、エアコンだけで冬を越すことはできない。毎年のように石油ストーブが教室の中央に陣取り、赤く灯った火が頼りがいのある存在感を放っている。火の揺らぎを見ていると、それだけで足先の冷えも忘れられそうだった。


「いやー。石油ストーブが背後にある席って最高だね」


 私はまた窓際の一番後ろの席になり、椅子に座った瞬間、背中にじんわりとした熱が広がった。そこだけ世界が別物のように暖かい。


 心愛は、最前列の廊下側。冷気の通り道だ。


「いいなー。窓際だしストーブも当たるし。私の席なんて日も当たらないのに、廊下からの冷気だけはしっかり入ってくるんだから。開け閉めも一番多いし、男子とか開けっ放しにして行くときあるし。マジで殺意湧くから」


 心愛は厚手のセーターの袖口から指だけを覗かせて、ぶるっと震えていた。見るからに寒そうだ。


 私はストーブの熱に包まれ、心愛の話がどこか上の空になった。背中から広がるぬくもりは、冬の朝の不機嫌さすら解かしてくれる。


「もう、この席から離れたくないな〜」


「先生がもう席替えしないって言ってたの忘れたの?」


「あれ〜そうだっけ? まあ、この席のままなら何でもいいけど〜」


 ぬるい幸福に浸っていたそのとき、教室の扉が勢いよく開いた。冷たい空気が一気に流れ込み、ストーブの熱が一瞬で薄れる。


「近藤さん! 大変です! 受かってしまいました!」


 息を切らし、頬を赤くして鳴沢が飛び込んできた。髪に舞い込んだ雪がひとつだけ残っていて、それが溶ける前に彼の興奮がすべてを語っていた。


「え! 本当! すごいじゃん!」


 私が声をあげた瞬間、周囲がざわりと揺れた。興味を持った笹川が「え、受かったって何が?」と身を乗り出し、莉里がうっかり「エクスネクのやつでしょ?」と言ってしまう。


 教室の空気が変わった。

 その一言で、エクスネクの正体がクラス全体にバレた。


 鳴沢は、気づけば前後左右から取り囲まれ、なぜか正座で椅子に座らされていた。本人は混乱しきって「事実は事実です」とだけ呟き、固まっている。


 最近のネット検索は本当に侮れない。エクスネクと検索すれば、私が毎週金曜日に聞いている深夜ラジオの公式ページが表示されるし、鳴沢の情報と照らし合わせれば、同一人物だとすぐ分かる仕組みになっている。


 最初は誰か一人が検索しただけだった。でも、クラスの狭い空間では噂が広がるのに時間はいらない。午前中のうちには「鳴沢=エクスネク」は全員の共通認識になり、彼は好奇心と驚きの中心に立たされていた。


 昼休みの鳴沢は、まるで見世物のようだった。


 男子たち数人が鳴沢を取り囲み、机と椅子を壁のように並べて逃げ道を塞ぎ、強制的に昼食を取らせながら質問攻めにしていた。鳴沢は箸を持ったまま固まり、視線を泳がせていた。


「鳴沢! 本当にお前だったの!?」


「いつから活動してたん?」


「ラジオの収録ってどうやってんの?」


「エクスネクって意味あるの? 本名から取った?」


 質問は止まらず、会話というより尋問だった。鳴沢の表情はどんどん青ざめ、手がわずかに震えているのが分かった。呼吸も早く、浅く、小刻みに揺れている。


 教室はストーブで十分暖かいはずなのに、鳴沢の頬だけが不自然に冷たく見えた。注目されているはずなのに、彼の周りだけ別の冬が降っているみたいだった。


 人気者になれてよかったね、と言えなくはない。

 けれど、胸の奥ではむしろ不安が重く広がった。


 あの子は、人に囲まれるのがあまり得意じゃない。

 ちょっとした視線でも萎縮するのに、これでは——。


 私は立ち上がろうとした。

 ただ「大丈夫?」の一言を言うために。


 その一言だけで、少しは救える気がしたから。

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