テスト勉強(第19話)
文化祭もテストも終わり、十一月の半ばを迎えた。
朝の空気は刺すように冷たく、吐いた息は白くほどけていく。校舎の前に立つ街路樹は、ほとんど葉を落とし、枝先にわずかに残った赤茶の葉が、風に揺れてはひらりと散っていった。
その日、鳴沢は教室でソワソワと落ち着かなかった。椅子に座っても、すぐ立ち上がり、窓の外を眺めてはスマホの画面を確認する。
なんといっても今日は一次考査の結果発表の日。今日中にメールが届かなければ、不合格。
いつ来るかわからない通知音に怯えるようでいて、でもどこか期待もしている――そんな複雑な表情を、鳴沢は何度も浮かべていた。
放課後。
校舎の最上階にある化学室は、冬の夕日が斜めに差し込み、机の天板に淡い橙色の線を描いていた。薬品棚のガラスは冷え、触れればひやりとしそうだ。
その中で私と鳴沢は、歌を作りながらメールを待っていたが、画面は沈黙したまま。
窓の外はいつのまにか群青に沈みかけ、運動部のかけ声だけが遠くからかすかに聞こえてくる。
「こ、近藤さん……どうしましょう。メールが来ません……」
「今日中だったから、まだ時間はあるよ。大丈夫だって」
強がって言ってみたものの、私も胸の奥がざわついて、作詞ノートは白紙のまま。ペン先は進まない。
やがて十八時になり、廊下の蛍光灯が一斉に消え、化学室の扉も事務員さんによって閉ざされた。
私たちは追い出されるように校舎を出ると、風がさらに冷たく感じられた。
「このままメールが来なかったらどうしよう……」
鳴沢の声は、白い息に乗って弱々しく消えていく。
エクスネクを高校で辞めると言っていたくせに、オーディションの不合格だけは怖い――その矛盾が、むしろ鳴沢らしい。
「大丈夫だよ。鳴沢なら受かっているよ。倉持さんも言ってくれてるんだから」
「……うん。受かっているといいな」
いつもの交差点で別れ、私は家の方へ歩きだした。
街灯がぽつぽつと光り、夜気は肌に刺さるほど冷たい。そんな中――
背後から、風を切るような声が飛んできた。
「近藤さーん! メール来ました!」
振り返ると、鳴沢が鞄を抱えたまま、全力で走ってくる。制服の裾がばさばさ揺れ、足元で落ち葉が舞った。
「本当! やったね鳴沢!」
「はい、やりました……」
肩で大きく息をしながら、鳴沢は膝に手をつき、かろうじて立っている。冬の冷たい空気の中、頬だけが興奮で赤く染まっていた。
震える手でスマホを差し出してくる。
「見てください……タニーミュージックからメールです」
表示されたのは合格通知ではなく二次考査の案内。
でも、それはつまり一次考査の通過を意味していた。
件名:第2時考査のご案内
――(メール文そのまま)――
「すごっ! 本当に通ったんだ! 私たちの音楽が、認められたんだ!」
胸の奥が熱くなり、私は思わず笑ってしまった。関係ないはずなのに、嬉しさで足が震える。
私は届いたメール画像を鳴沢に送ってもらい、何度も確認した。
♢♢♢
十一月の末。
鳴沢の二次考査も無事に終わり、街には冬の透明な空気が満ちていた。
隣の高い山は初冠雪で白く染まり、朝は1桁の気温が当たり前。通学路の川沿いには薄い霜が降り、歩くたびにマフラーに息がこもった。
そんな中でも鳴沢だけは、冬なのに陽だまりみたいにポカポカしていた。
化学室で勉強し、合間に歌を作る――そんな生活を続けていたある日。
「鳴沢ー。勉強しないと、十二月入ってすぐにテストだよ」
「もう少しだけ余韻に浸らせて……」
ペンをくるくる回しながら、ぼんやり天井を見つめている。
窓の外では曇ったガラスが白く霞み、外の冷気がひしひしと伝わってくるというのに、鳴沢は心ここにあらず。
「この間のテストだってギリギリだったのだから、勉強しないとテストは待ってくれないよ」
「……近藤さん?」
「何?」
「またテスト勉強手伝ってください!」
机に突っ伏しそうな勢いで頭を下げてきた。
「嫌だよ。鳴沢、教えても全然わかってくれないし、教えたとこ答えてなかったし。
わからないところは教えてあげるけど、テストの対策は頑張って」
鳴沢は、コツンと机に額をぶつけた。
「前回はすみませんでした。他のことで頭がいっぱいすぎて……でも、今回は違います。一次考査で慣れたので、前ほど緊張はしていません。今回が最後ですので何卒お願いします」
……鳴沢って、ほんと人の話を聞くのが苦手。
でも、昔よりはずっと成長している――そう思うと断りきれない。
「もう、今回だけだよ」
「ありがとうございます。この音は一生忘れません」
「そう言う奴って、大抵、自分の言ったことも忘れてるから信頼失うよ」
「……すみません。今後気をつけます」
「よしっ! じゃあテスト勉強するから、教科書開いて」
鳴沢の顔から、一瞬で表情が消える。
けれど前回、赤点を二つも取っていたのを思うと、このまま卒業が危うい鳴沢を放っておくこともできなかった。
「ごめん……近藤さん……数学、全然わからない……」
「これは公式を覚えて、同じ問題を何回も解くしかないよ。これくらいなら家でもできるでしょ」
「はい……できません……数式が、どこか知らない国の文字にしか見えない」
「……鳴沢」
私は頭を抱えた。
私の教え方が悪いのかも、と一瞬よぎったが、後日、心愛に同じように説明したら普通に伝わった。
つまり――鳴沢はもっと前の段階でつまずいているということだった。
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