エクスネク(第1話)
県立祖谷高校。山と川に囲まれた、文字通り谷にある高校。通っているのは、3つの小さな集落から集まった生徒ばかりで、ほとんどが顔見知り。集落には3つの中学校があるが、全校生徒のほとんどが北中学校の出身。私もその1人だ。
この町には何もない。コンビニもなければ、スーパーもない。おしゃれなカフェもないし、町唯一の商店街はほとんどがシャッターで閉ざされている。飲食店はいくつかあるが、どこも同じメニューばかりで、正直食べ飽きた。
そんな町での高校生活は、何もないから退屈だ。 でも、私は退屈ながらも、うまくやっていると思う。勉強も上位だし、運動も女子の中ではできる方。この間なんて、50メートル走で女子1位を獲った。友達も多い方だと思う。仲がいいのは羽山心愛と東山莉里という、ちょっと騒がしい子たちだけど、クラスでは男女問わず誰からも話しかけられるし、先生からも「いい大学いけよ」と言われるくらいには信頼されている。
このままこの町で過ごすのも悪くないけど、修学旅行で行った都会が忘れられない。 そんな思いからか、私は毎週金曜日の深夜25時を心待ちにしている。
──エクスネク。 その名前を初めて知ったのは、去年の秋だった。ネットで偶然見つけたインターネットラジオの配信者。毎週金曜日に、自作の曲を1曲だけ流す。MCもトークもない。ただ、歌が流れるだけ。
最初は、なんとなく聞いてみたかっただけ。でも、その歌は、その歌詞は、私の心の中にすっと入り込んできた。
プロの人が作ったような、綺麗な歌詞じゃない。どこか不器用で、でもまっすぐな歌詞。 メロディも派手なものじゃないけど、私の耳には心地よく残っていた。 何よりも声が良かった。ノイズの少ない高音。重く聞こえない低音。歌は、上手い方じゃないけど、優しい声。
それから私は、毎週金曜日の深夜25時になると、イヤホンを耳に差して、布団にくるまりながらエクスネクの歌を聴くようになった。
──この時間だけ、私の世界が広がっている気がした。
そう思えるのは、エクスネクの歌があるからだった。
その日も、私はいつも通り、布団に入ってスマホを手に取った。 時刻は深夜25時ちょうど。ラジオアプリを開くと、すでに配信が始まっていた。
イヤホンから流れてきたのは、アコースティックギターの静かな音。少し重めのドラム音。 そして、あの声が始まった。
「今日の題名は“おろし”です」
『静かな場所 静かに吹き抜けてゆく
暖かな風は 新しい私を
見つけてくれる 気がして心躍っていた
独りよがりの気持ちばかり熟して
想像では 私の思い通りになって
何度だって シミュレーション大成功
君の声が残ってる この耳にも残ってる
手を伸ばしても届かないと
知っているけど探してる 君の名前を探してる
いつか触れられる気がしたんだ
静かな声 静かに流れ込んでくる
君のその言葉 胸が抉られてた
勝手なこと 君を困惑させて
見せたくない 涙を晒して恥ずかしくて
君の声が残ってる この胸にも残ってる
さよならを告げられた痛みを
何度も繰り返してる 頭の中染み込んでる
傷ついた自尊心を嗤うように
君の声が残ってる 頭の中にも残ってる
手を伸ばしても届かないと
諦めろと話してる 叶わないと話してる
傷ついた自尊心を嗤うように』
「……君の声が、残ってる──」
私は目を閉じた。 歌詞は失恋ソングだった。誰かを想って、手を伸ばしても届かなくて、それでも忘れられなくて。そんな気持ちが、まっすぐ伝わってくる。まるで歌が、私のためにあるかのように。
──この歌を作った人に、会ってみたい。
ふと、そんなことを思った。
翌朝、目が覚めると、スマホの画面には再生終了の文字が表示されていた。
毎週金曜日はエクスネクの歌が聴けるから、楽しみで高揚感を隠しきれないが、日曜日には、学校が始まる絶望感から、学校でも重たい空気を醸し出している。そして何より、私が通う祖谷高校までの道のりは、坂道ばかりで、行く気を削がれる。
「おはよう。今日はいつも以上に気が重そうだね」
話しかけてきたのは心愛だ。
「おはよう。逆に元気な方がおかしいでしょ。ここ山の中だよ。見てみなよ、この坂。登山と何が違うの?」
「田舎だから仕方ないよ。っていうか、中学の時よりはマシじゃない?」
「ああ……」
そう。私の卒業した中学校は、山の頂上に学校があった。今は中腹辺り。マシになったのは事実。そして、私の家からは高校の方が圧倒的に近い。
「でも、しんどい……もう、世界を坂のない平面にしてくれ」
「何そのつまんない世界。通学路も人生と一緒で、山あり谷ありなんだよ」
「全く心に響かないことを言われてもな」
「田舎も自然豊かでいいところだよ」
「それは“ど田舎”には言わない言葉でしょ。それに、莉里の前でも同じこと言える?」
いつも一緒にいるもう1人、莉里は、特に田舎を嫌っている。高校を卒業したら、この村から出ていくんだって、3年生になってからより張り切って言っている。
「……まあ、それはそれかな」
教室に入ると、莉里はすでに席に着いていた。
「おはよー。玲那、朝から元気ないね」
「その話はもうしたからいい」
「心愛と同じこと言ったとか、ちょっと屈辱……」
「なんでだよ! それだけ、私たちの考え方が似てるってことじゃないの?」
「気持ち悪い言い方しないで」
そんな会話をしながら、私はふと教室の隅に目をやった。 窓際の一番前の席。そこには鳴沢が座っていた。
彼はいつも1人だった。誰とも話さずに、休み時間もノートと睨めっこしていた。 目立たないし、クラスの輪にも入ってこない。 でも、なぜか気になっていた。
──あの人、何を考えているんだろう。
その時はただの好奇心だった。まさか、あんな形で関わることになるなんて、思ってもいなかった。
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