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25時の音楽  作者: 倉木元貴


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夏祭り(第13話)

 夏祭り当日。

 心愛の提案で、女子3人は昼間から浴衣を、心愛の家で着付けしていた。

 窓から入り込む昼下がりの光が、部屋の白い壁に反射して柔らかく揺れている。畳の香りと、心愛が用意したヘアスプレーの甘い匂いが混ざり合って、夏らしい空気に満ちていた。


 心愛は名前とは裏腹に白を基調とした浴衣。帯には淡い藤色が差されていて、涼しげで大人っぽい。

 莉里は、思い通りというか、水色を基調とした浴衣。薄い雲のような模様が広がって、彼女の透明感にぴったりだった。

 そして私は……。


「お前ら、先に選ぶとかずるいぞ! もうピンクしか残ってないじゃねえか!」


 広げられた浴衣の山の前で、私は声を上げた。


「そんなことを言われても、選ぶときにいなくなったから仕方ないよ」


「そうだよ。こういうのは早い者勝ちだから」


 2対1。私が不利なのは言うまでもない。


「数分トイレに行っただけだよね。決めるのなら、先に言っててよ。行く前に決めてたのに」


「まあいいじゃない。玲那は赤い色が似合うんだから。ピンクの浴衣でも可愛いよ」


 莉里は、何も言わずに小さく頷いた。彼女の髪に光が当たってきらめく。


「そんな言葉で納得するわけないでしょ。まあ、いいけどさ」


 鏡に映る自分の姿は、確かにちょっと子供っぽい。でも、鳴沢はどう思うのだろう──そんな期待が胸の奥で膨らんでいく。


 ♢♢♢


 夕暮れの街に提灯が灯り始め、オレンジ色の光が通りを揺らしていた。屋台から漂う油の匂い、焼きそばのソース、甘い綿菓子の香り。人々の浴衣がすれ違うたび、しゃらん、と下駄の音が重なり合う。蝉の声は遠ざかり、代わりに祭りのざわめきが夜を満たしていく。


 待ち合わせ場所は、私たちの高校前。校門の影が長く伸び、薄暗いコンクリートが夜風でひんやりしていた。

 男子は皆、Tシャツにズボンのいつもの格好だったけれど、祭りの空気のおかげでどこか特別に見えた。


「……に、似合ってます」


 鳴沢が、私の姿を見るなりそっと目を逸らした。頬がうっすら赤い。


 私は思わず顔を赤くして、視線を落とす。


「ありがとう……」


 恥ずかしさを隠すように、屋台の明かりに目を向けた。色とりどりの提灯が風に揺れ、その光が鳴沢の横顔を照らしていた。


 屋台を巡り、たこ焼きの熱い湯気に顔を近づけたり、リンゴ飴の赤い光沢を眺めたりして過ごした。

 提灯が川風に揺れて、私たちの影を細長く伸ばしている。


 さっきから俯いてばかりの鳴沢。楽しめているのだろうか。気になって、そっと聞いた。


「鳴沢、楽しい?」


「あ、はい……」


「どうしたの? 大丈夫?」


「いや……人混み久しぶりだから、圧に押されて……」


 確かに、あちこちから呼び込みの声、子どもの笑い声、遠くの太鼓の音が混ざり合い、賑やかすぎるほどだった。


「気分は悪くない?」


「それは大丈夫。ちゃんと食べれてもいるから」


「来てよかったって思ってる?」


「うん。近藤さんと来れて、すごく嬉しい」


 胸がきゅっと締めつけられる。

 そんな2人のやりとりに、莉里が背後からにょきっと現れた。


「おおーいい感じじゃん」


 私は恥ずかしくて、鳴沢の袖を軽く引いた。


「そろそろ花火が始まるから。行こ」


 ♢♢♢


 大きな音が夜空を裂いた。

 ぱあっと光の花が広がり、色とりどりの火花が川面に揺れる。水面に映る光が波紋で形を変え、また消えていく。遠くから風が吹き、硝煙の匂いが流れてきた。


「綺麗だね」


 つぶやきと同時に、花火の光が私たちの顔を照らす。赤、青、金色──その色が次々と鳴沢の横顔を染めていた。


 少し間をおいて、彼が言った。


「……うん。でも、僕は近藤さんの言葉の方が好きかな。花火は儚く終わってしまうから、一瞬が綺麗なものよりも、長く味わっていたいから」


 風が吹いた瞬間、鳴沢の声だけが鮮明に耳に残った。

 胸が熱くなり、涙が滲む。

 横を見ると、鳴沢の瞳は花火ではなく、もっと遠いもの──未来を見ているようだった。


「ねえ、近藤さん」


「どうしたの?」


「この花火……これを歌にしたい」


「いいね。花火を題材にした歌か──私もいいものが書けそう」


「僕も、花火の儚さと色の美しさを曲にする」


「じゃあ、次の歌は決まりだね。また後日打ち合わせしよ」


 鳴沢は無言で頷いた。花火の光が、その瞳に火種のように瞬いた。


 ♢♢♢


 祭りの帰り道。

 人混みがゆっくりとばらけていき、静けさが少しずつ街を取り戻す。

 夜風は昼とは違い、すっと肌を撫でる涼しさがあった。遠くでまだ花火の残響が尾を引いている。


「……夏休み、ラジオを続けられるかな」


 不安が、ふっと口から漏れた。

 鳴沢は少し考えるように夜空を見上げ、街灯に照らされながら言った。


「勉強はまずいけど、近藤さんと歌を作るのだけは続けたい。1ヶ月に1回の更新になっても続けたい」


 揺らぎの中の、確かな言葉。

 胸の奥に灯りがともったようだった。


「うん。私も続けたい」


 夏祭りの夜。

 花火の光、浴衣の袖の揺れ、屋台の匂い、夜風の涼しさ。

 その全部が、私と鳴沢の距離をゆっくりと縮めていく。


 揺らぎの中で見つけた決意。

 それが、私たちの「夏祭りの夜」だった。


 夏の足音が、すぐそこまで来ている。

 去年と違う夏が、確かに近づいている。

 ──私は、この夏をきっと忘れない。

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