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25時の音楽  作者: 倉木元貴


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自分の曲(第9話)

 金曜日の放課後。私は化学室の扉を開けた。夕陽が差し込む中で、鳴沢がタブレットを前に真剣な表情をしていた。

 机の上にはノートが広がり、付箋には走り書きの歌詞が散らばっていた。


「来たんだ」


 鳴沢が少し照れたように言う。


「うん。今日はどうするの?」


 再びタブレットに目を落として、画面を操作しながら言った。


「最終調整。歌い方とか、アクセントとか。ばらついたら、どの歌い方が正解だったのか、わからなくなるからね」


 今更歌詞を変更することはできないけど、私は自分が書いた歌詞を見直した。

 納得がいくまで考えて書いたつもりでも、もう少しこの部分を具体的に書いたら良かった、なんて後悔はザラでもない。


 鳴沢はタブレットから目を離して、私を見た。


「近藤さん。時間あるなら、次の歌詞書いてよ。そこから音楽をつける。近藤さんが思ったことでいいから」


「でも、曲なしで書いたら、絶対合わない歌詞を書くよ」


「大丈夫。あとから修正すればいいし、僕もできるだけ、歌詞に沿った曲を作るから」


 鳴沢に言われて、ノートと対峙していたけど、言葉はなかなか出てこない。沈黙が続く。焦りが胸を締め付ける。


「……ごめん。全然、思い浮かばない」


 鳴沢はタブレットを操作しながら言った。


「焦らなくても大丈夫だよ。近藤さんの言葉が見たいから、好きに書いて」


 鳴沢の言葉に救われた。私は少しずつ自分の気持ちを掘り起こしていく。誰にも言えないことを、誰にも見せられない気持ち。ラジオを聴いていた夜の孤独を思い出す。



 水面に浮かぶ月に 思いを馳せて

 君のことを願っていた

 立ち止まる足 風の匂いが

 心を強く押した


 君と目が合うたびに

 私の世界は色づいて

 君と指が触れ合うたびに

 心臓がうるさく響いて


 祭囃子のような高鳴りが

 胸の中で踊ってる

 そうだ

 そんな君に私は恋をしてたんだ



「すごくいいよ。近藤さんらしい歌だね」


「でも、やっぱり、歌にするには文字数にばらつきがある……」


「その辺は、僕がどうにかできるから、来週はこの歌詞を軸に歌を作っていこう」


「うん」


 鳴沢の音と私の言葉。交わるはずのなかったものが、今、重なる。

 誰にも届かないと思っていたものが、気持ちが、誰かに届くってどんな感覚だろう。

 胸が熱くなるこの瞬間を、今を私は忘れたくない。




 金曜日の夜。楽しみにしていた時間。私は布団に潜り、スマホを握りしめる。

 エクスネクの声が流れてくる。

 エクスネクの言葉は、私が紡いだ言葉たちで、布団の中で枕とスマホを抱きしめ、足をばたつかせる。

 恥ずかしい。でも、嬉しい。


「……これが、私の歌」


 そう思った瞬間、涙が溢れた。

 私の言葉が誰かに届いている。そう思うと、気分が高まった。




  未完成独想曲


出会った瞬間ときから 胸がときめいて

君のことばかりを目で追って


眺めてるだけで 幸せな時間が

流れてくり返すいつも通り


近づいてくほどに 言葉迷って

1人でかくれんぼ何気なく


放課後のグラウンドでさえ

君の存在を探してた

見つからない虚しさを知ってても

君を見つけたく探してた



近くて遠い君に 真っ直ぐに向き合ってみたい

そんなわがまま 言ってもいいかな

隣同士 神様のイタズラとしても

運命なんだと 胸に誓って 

君の隣を歩きたいんだ



窓際の席から ガラス越しに見える

君の横顔に見惚れていた


授業中でも休み時間でも

君のことばかり考えてた

話しかけるタイミング見計らって

何もなく1日がすぎた


遠くて雲の上の存在の君だけれど

届けたい言葉 届けてもいいかな

臆病なままで踏み出すことができずに

君の片隅に 残りたいんだと

空に願った


季節は変わっていくのに

私は変われないままで

伝えたい言葉は言えないまま


近くて遠い君に会いたいと願ってしまう

そんなわがまま 言ってもいいかな

隣同士 神様のイタズラとしても

言えない言葉は言えないままで

君の隣は私じゃないんだ




 曲が終わると、鳴沢の声が続いた。普段はMCなんてしないのに、初めて、歌以外の言葉を喋った。


「この曲は、ある人と一緒に創りました。大切な気持ちを込めています。こんな歌でも、誰かに届くことを願っています」


 その一言に、私はスマホを強く握りしめた。顔が熱くなる。まるで自分だけに向けられた言葉みたいで。

 布団から起き上がり、すぐさま鳴沢にメッセージを送った。


(ありがとう!)

(最高すぎた!)


(こちらこそありがとう。近藤さんのおかげで、いい歌ができたよ)


 まさか、感謝されるなんて思ってもなかった。

 布団に倒れ込んで、スマホを胸の上に置く。じんわりと頬が熱くなり、何もない天井を見上げる。



♢♢♢


 月曜日の朝、学校で心愛に声をかけられた。


「玲那、楽しそうじゃん。曲作りは順調?」


「まあね。心愛のおかげだよ。ありがとう」


「珍しいね。玲那が素直に感謝してくれるなんて」


「おい。このへらず口め。どうしてまあ、こうも素直になんでも言ってしまうかね。せっかくの言葉が台無しだよ」


「でも、私なら、あんなポエムを全世界に広めるなんてこと、できないな」


「心愛に少しでも感謝した私がバカだったよ」


「嘘だよ。私もリアルタイムで聞いていたけど、いい歌だったよ」


「本心なのか、このやろー」


「本当だって。私には作詞も作曲もできないから、できる2人が羨ましいよ」


 どことなく、バカにされているようにも感じるが、少し寂しそうな心愛の顔を見たら、まあいいか。と思った。




 放課後の化学室。

 いつもの化学室には、いつもの匂いがしていた。黒板のチョークの粉と、薬品棚の古い匂い。それに、窓から入る夕陽が机をオレンジ色に染めていた。


 鳴沢はすでに座って、相変わらずタブレットをいじっていた。

 私はドアを開けながら、つい笑ってしまう。


「鳴沢。先週の曲最高だったよ!」


 鳴沢は顔を上げずに、小さく笑った。


「僕も同じ感想。近藤さんの言葉は、まっすぐで、歌いやすい。僕が思っても言えないことが、ちゃんと書いてあった」


「じゃあ……今回は、もっといいの書くね」


「うん。楽しみ」


 鳴沢は、ほんの一瞬だけ目を合わせて微笑んだ。

 その笑顔が、いつもの影のある表情からは想像できないほど柔らかく、私はノートを抱えながら心臓を押さえる羽目になった。


 金曜日の夜が、ただ“楽しみ”から、“特別”に変わった。

 高校の真ん中で、こんなふうに誰かと何かを作るなんて、思ってなかった。


 でも、私は気づき始めていた。

 ──鳴沢と過ごす時間が、私の1週間の中心になっていることを。

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