天空より落ちたもの ―神を拒む青年と異形の少女―
お読みいただきありがとうございます。
本作は「長編構想の一部を切り出した短編」として執筆しました。
ジャンルは異世界ファンタジー。神に抗う力を得てしまった青年と、異形の少女の邂逅を描いています。
巨編の序章のような内容ですが、短編としても楽しんでいただけるよう工夫しました。
どうぞ最後までお付き合いください。
冷たい石の床が背に押しつけられる感覚で、カイは意識を取り戻した。
目を開けば、逆さに揺れる群衆の顔が広がっていた。
怒号と罵声。吐き捨てるような「裏切り者」の声。
――ああ、そうか。
自分は断罪の祭壇に縛られ、晒されているのだ。
かつて仲間を守るために剣を取り、血を流した青年が、いまは「叛逆者」として処刑を待つ身。皮肉な運命に、喉奥で笑いがこみ上げる。
「この者は神意に背き、兵を欺き、聖印教国に反旗を翻した大罪人である!」
壇上に立つ司祭ベルドの声が、広場に響き渡った。
肥え太った体に黄金の装飾をまとい、威厳を誇示するその姿を、カイは憎悪を込めて睨み返す。
ベルド――。
こいつが俺を罠にはめた張本人だ。
仲間を守るための進言を「反逆」と捏造し、民衆の前で裁きを演出している。
広場の片隅。白い巫女衣をまとった少女が震えていた。
リシア。
ただ一人、自分の無実を信じてくれた少女。けれど、彼女にはこの裁きを止める力がなかった。
目が合う。リシアの唇が「ごめんなさい」と震えた。
それだけで、胸に刺さる杭よりも痛みが広がる。
◇
「神に代わり、断罪を執行せよ!」
ベルドの叫びを合図に、処刑人たちが槍を構えた。
鋭い鉄の先が、カイの胸に向けられる。
磔の杭が食い込み、骨がきしむ。痛みが意識を塗り潰し――
脳裏に浮かぶのは戦場の日々。
仲間を守るために剣を振るい、血にまみれながらも信じた「正義」。
だが、その正義は権力者にとって邪魔でしかなかった。
だから「裏切り者」に仕立て上げられた。
ベルドは高らかに宣告する。
「この者は神をも畏れず、民を欺いた! その罪は死をもって償うほかない!」
群衆は「処刑しろ!」「神の裁きを!」と熱に浮かされたように叫ぶ。
民衆にとって、真実など関係ない。
見世物と恐怖こそが支配を維持する手段なのだ。
カイは嗤った。
己の命が終わるとしても、リシアの涙だけは忘れられない。
◇
その時だった。
大地が鳴動した。
低い唸りのような震えが足元から広がり、群衆のざわめきが恐怖の悲鳴へと変わる。
祭壇の石が砕け、崩れ落ちる瓦礫の下から、眩い光が噴き出した。
「な、なんだ……!?」
「地震か!? いや、違う、あれは……!」
人々が恐慌に陥る中、カイの意識に――声が響いた。
『器よ。汝の憤怒を示せ。選ばれしは汝なり』
男でも女でもない、低く重なるような声。
耳ではなく、脳髄に直接刻み込まれる声。
その瞬間、縛っていた鎖が弾け飛び、血に濡れたカイの体は光に包まれた。
崩れ落ちる祭壇の地下から、巨大な影が立ち上がる。
鋼の巨像。
長い眠りから目覚めるかのように、赤い眼光を灯し、天を仰ぐ。
「ば、馬鹿な……! それは神殿に封じられし聖遺物――!」
ベルドが蒼白になり、叫んだ。
「いや、違う……あれは神罰だ! 悪魔の器を滅ぼすための!」
群衆が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う中、カイの身体は光の糸に導かれるように、巨像の中枢へと吸い込まれていく。
意識は深く沈み、同時にすべてが鮮明になった。
――視界が広がる。
石畳の広場を見下ろす高み。
鉄と炎の鼓動が自分の心臓の鼓動と重なる。
自分は、巨像そのものになったのだ。
◇
「……あああああああッ!」
怒りと絶望の咆哮が、鋼の咆哮となって空気を震わせた。
巨像の腕が振り下ろされる。
兵士たちが吹き飛び、祭壇の塔が粉砕される。
処刑を待ち構えていた全てが、一瞬にして瓦礫と化した。
「救世主……? 違う、あれは……破壊者だ……!」
ベルドの声が、恐怖に引き裂かれるように震える。
崩れる瓦礫の中、ただ一人、リシアだけが立ち尽くしていた。
目を見開き、唇を震わせ、涙に濡れた顔で巨像を見上げる。
「……カイ……」
その声は確かに届いた。
けれど、答えようとしても声は出ない。
己の内側でうねる力が、言葉を押し潰していく。
夜空に、封印を破られた禁断の紋章が浮かび上がった。
不吉に輝く光が、世界の行く末を暗示するかのように大陸全土を照らす。
――これは、ただの始まりにすぎない。
巨像の眼が赤々と輝き、群衆の叫びと鐘の音が遠くに霞んでいった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
本作は「神話と人の宿命」をテーマにした物語の試作短編です。
もし反応をいただければ、長編展開として世界の全貌やキャラクターの行く末を描いていく予定です。
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