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放課後、高々鉄において(南城と埋忠、チバタとジュンノスケとミズシロ)

Father,O father,what do we here,

in this land of unbelief and fear?

The land of dreams is better far --

above the light of the morning star.


── 『The land of dreams』William Blake



お父さん お父さん ぼくたち ここで どうしたらいいの

こんな 不徳と 暗澹ばかりな 地上なのに どうしたら?

夢の国のほうが もっと ずうっと いいんだ

明けの明星が 光射す 地獄こそ。


──『夢の国』 ウィリアム・ブレイク

#1


 南城は結局は中学から続けていたので入ることにしたサッカー部、それに使ったシューズの入った靴袋を片手にぶらさげ、道のり変わらない下校路を歩んでいった。

 南城は放課後、サッカー部に顔を出して、そうしてから足場たちのいる教室に寄ったのだった。


 足場が勉強でその時間まで教室にいるのは、クラスでもなんとなく知られていた。

 そうして南城は、豊田がこの日、足場へと文化祭の件で話しかけに行く気らしいと、豊田がその友人の女子に話していたのを偶然、その傍で聞き及んだのだった。


 そうしてそこで、南城は、豊田に提案した。俺、足場くんと話したことあるよ。聞いてみようか、文化祭のその話。


 豊田は、その時には南城へと礼を言いつつ、やんわり断った。そうして、彼女自身で足場へと話しかけたのだった。


 ……やや、出しゃばりすぎたかな ……? 南城は下校路を歩いていきながら、首筋を、ぽりぽり掻いた。


 すでに時刻は、六時あたりを回っていた


 夕暮れの下校路をほそぼそと歩く南城に、夕日が浴びせかけられていた。


 空は、かつては春、柔らかな青さをまとっていたが、今の夏の夕暮れでは、薄暗い赤みをまるで炎症のように含みこませて、熟れた(べに)色の天空をまるで乙女のやりすぎな唇のように、腫れぼったくたれこめさせていった。


 もう少し早く帰ればよかったかな。

 南城は、ひとりうつむいた。

 そうしたら、夏の晴れた空ならば、淡い青色を高くつきぬけさせ、入道雲を噴き上げさせたり、まるで空をまんべんなく南海のおだやかな波間へとしたような、絹糸のキャンパスみたいになったり……しただろうに。


 だが、南城は気が付かなかったが、このどちらの時でも、太陽は白く焼き付くほどに照り輝き、あまねく天下に広がった大地へと()の光を浴びせかけて、変わりないままだった。


 だから、こんな夏空がいつもだったから、その日、その奥底(ボトム)ばかりが大空へとただれた夕焼けになって、空に満ちていた雲のはるか向こうにまで(べに)をひろびろと滲み渡らせたのだ。


 それまで空色といえば青の混じったクリームの色しか知らなかったのに、そんな色が続いていた日々の裏腹では、(くれない)のさらりとした液相が隅々にまでゆきゆきて、あるとも知れない底にまで溜まりきっていた。


 そんな下校路をゆく南城のやや後ろ目のあたりに、埋忠がいた。クラスでの友人として、南城は埋忠と普段から話すようになっていた。


 男子と女子がなんとなくそれぞれの群を作っていった学級のなかでも、女子との話すつながりを学校の日常の中でもっているのが、南城には誇らしくさえ思えた。

 埋忠やその友人の女子と話すとき、南城はクラスの男子が自分のことを見ていることがあるのを、分かっていた。


 この日も、埋忠と一緒に帰る南城のことを、学校の教室から出ていくときに見ていたクラスメイトの男子がいたのが、南城には背中で感じ取れたものだった。


 南城は廊下へと出て、隣にいる埋忠のほうを見ようはしないまま、埋忠と話しつつ、一緒に階段を下りて校舎の玄関から校門へと向かった。


 途中で南城へと、南城の肩をたたくように「じゃあなー」などと言ってくる、同じクラスの男子がいた。

 南城は彼らに笑顔でやり返してじゃれたりしながら、埋忠が背後で自分たちを見ているのを感じつつ、それから男子たちと別れ、二人で下校路への道筋をたどっていった。


 その先には高速高架鉄道、ハイウェイ・リニアの駅があるのだった。


 高速高架鉄道、略して“高々鉄”とも呼ばれるこの鉄道は、その通り、高速道路じみた高架へと、路面電車じみた車体のリニアモーターカーを乗っけて走っている。


 そうして南城が歩いて目指していたこの駅は“高々鉄”においての高々等学校からの最寄り駅であり、二駅ほどはなれた場所の近くには、南城の住まう学生寮、高々等学校の男子学生寮があった。


 高々鉄は、南城たちは「コーテツ」と呼んだりもするが、南城たちのような高々等学校の生徒、高々生ならば、その学生証を定期代わりにできた。だから高々鉄は南城たちにとってスクールバスも同然なものだった。


 そうして高々鉄はその路線の特徴なのだが、駅と駅の間の距離というのがそれぞれの区間で非常に大差のあるものだった。

 ある区間では都会のバス停のバス停の間ほどの距離しかないのだが、またある区間では、鉄路を走る電車ならば三十分はかかるほどの距離だったりした。


 しかしながら高々鉄はリニアモーターカーであったから、たとえ高々鉄での一駅の間に通常の電車ならば数駅分となるだろう、そんなディスタンスがあっても、それこそバス停ひとつ分の時間でたどり着くことができた。

 もちろんその間の直線なリニア・レールのうえを、高々鉄の車両はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、鉄砲水じみた滑走をしてゆくのである。


 南城は埋忠とともに、高々鉄の駅、高架の上にカマボコ状な建築物としてに設けられたこの駅へとエスカレーターで昇った。

 自動改札機に学生証をかざすことで駅の構内へと入る。

 駅は、高架を走るリニア・レールを中央に通していて、これをまるで溝のようにして上りと下りのホームを隔てているので、南城と埋忠はこのうちの一方のホームに行き着いた。


 それから南城がサッカー部の練習について、埋忠はフェンシング部の人間関係について(とくに、南城と埋忠がフェンシングの試合をした日にいた部員、「先輩」のことを)話していると、高々鉄の車両がにじみでるようなモーター音をたてて、駅へと入ってきた。


 その車両は、縦長の長方形のうちで前方のほう、運転席が面しているそこを、縦に山なりな曲面をもってガラス張りにしていた。その中に運転席があった。


 この車両は、それ以外はレトロな路面電車からパンタグラフを取り去っただけのようにしか見えなかった。カラーリングまで路面電車のそれだった。

 しかし、だからこそ、運転席、これが車両の前部まるごと飛び出たガラスの風防のなかにすっぽり収められ、丸見えなのがこの車両の姿においていっそう目立ち、この車両がれっきとしたリニアモーターカーであると、如実にしてみせていた。


 ホームドアが開いた。南城と埋忠は車両へと乗り込んだ。どこかで聞いたような声が耳に飛び込んできた。


「いいかい、コトはきわめて混沌だ、そうして俺は君たちに、俺のシチュエーションについて、それまでの因縁もろとも語るというのは、なにもやぶさかではないが、だからと言って──」


 南城は思わず振り向いた。しかし大学生らしい男子が三人ばかり、あの声がしてきたほうにいただけだった。


 黒縁で分厚いレンズの眼鏡をかけた大学生が、ほかの二人へと言葉を続けていた。

 

 彼らは車両の連結部分、次の車両につながる出入り口の、その横にある三列シートへと横になって座っていた。黒


 縁眼鏡の男子が、脇のほうから中央と向こうににいる男子二人へと、顔を向けて目を大きく開いて、言葉を継いだ。


「女子、あの女子がいったいぜんたい何を考えているのか、そいつが、それが不明瞭なんだ。それに俺はあの女子じゃないほかの女子へと話しかけるべきか、悩んでいるんだ。俺はたくさんの女子と話したいが、だからといってご機嫌伺い日ごろから立てるような面倒はごめんだ。要はね、俺は女友達、それも女の親友が欲しいんだよ。まちがいない。だから女子と話したいと思うし、あるいは、だからこそ例の女子、俺に気があるんだかないんだか分からない、あの女子、その扱いにも困っているものなんだ」


 聞いていた二人のうちの、眼鏡をかけたほう、縁なしの薄型レンズなそれをかけたほうが、目をあからさまにひそめてみせて、言った。


「飢えてんの? セフレが欲しいなら新宿とか行けよ。いるんじゃね、そういう感じの女子。しらんけど」

「え、今のそういうことなの? 違くない? そういうことじゃなくて、恋愛はしたくないけど、女の子とかかわりたいってことじゃないの?」 


 三人目、裸眼の大学生が、真ん中で分けた長めの髪を揺らして、フチなし眼鏡の男子のほうを向いて、そう言った。


 黒縁眼鏡の男子は、もさっとやや膨らんだ散切り頭をうなずかせた。


「そういうことになるな、やはりミズシロは分かりが早い。ひねくれ小僧な、可愛い可愛いジュンノスケくんとはわけが違う」

「ぶっとばすよテメエ」


 縁なし眼鏡が、黒縁眼鏡へとそう言いつつ、平然として見せた。


 黒縁眼鏡は、にやつきながらフチなし眼鏡の男子、薄いレンズで細やかなフレームをしたその眼鏡をかけた、そんな男子の目を見つめた。

 黒縁で太めのフレームをした眼鏡にはめ込まれたレンズ、牛乳瓶底を四角くしただけのような、そんなレンズ越しに、見つめた。その目はおかし気に細められていた。


「ジュンノスケはどう思うね、僕ら大学生が、異性、女子とつきあううえで、友情、親友の仲になれるそんな感情、持てるのかね」

「いや無理っしょ……! あれでしょ? セフレってわけでもなくて、親友って……。女子と親友になれるやつが、その女子とセックスしないって、オカシクない? むしろさ、その……セックスできるほどの仲だから、親友みたいな仲にもなれるんでしょ、ふつー」


 裸眼の男子は、なんともいえなそうに、そうしてやや不思議そうに、口を挟んだ。


「いやー、でもさあ、チバタ。女と友達になりたいんでしょ? 親友と友達の違いってなに、チバタ的に?」

「……人生について語れるか、かな」黒縁眼鏡がつぶやくように答えた。

「それさ、マジで言ってる? マジで? ええ……」フチなし眼鏡が口をへの字に曲げて、首をひねった。

「いや、そういう友人ならいけるでしょ」裸眼の彼が、チバタと呼ばれた男子を見た。


 彼はまっすぐな目で、言った。


「女子は、若い女子は、俺たちの人生を助ける親友になってくれないかもしれない。けど、俺たちが人生を語る親友には、なってくれるかもしれないよ。語るだけなら、聞いて話すだけなら、ウザイかもしれないけど、迷惑じゃなければ、いいだろうから。……」

「それを恋人って女子は言うんじゃないの?」フチなし眼鏡が、車両の床をみながら言った。

「女子にとっての恋人と親友の違いとは何ぞや、というわけだな」黒縁眼鏡が車窓に目をやった。


 窓から見える理想都市の光景は、高々鉄の車両が駆け抜けていくそのハイ・スピードによって、流水に映り込む周りの景色を思わすようなまだら模様となって、前から後ろへと過ぎ去っていった。

 

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