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意外にも、離れへ行っていたことをジュディスお母様から即座に咎められることはなかった。もしかすると、私が離れへ行ったことに気付いていないのかもしれない。イーサンも言葉を選んでくれていたようだし。
そして昼食の席にジュディスお母様はおられなかった。朝食での失態について触れる者もいないし、お姉様とお兄様に聞くのもおかしいわよねと思い、気になったけれども黙っていた。
食堂は静まりかえっている。三人の子供が食事をする音以外何もない。娘が食事をひっくり返したり、まだまだ拙い言葉を一生懸命に話したりして賑やかだった我が家の食卓を思い出すと、とても寂しい。私は意を決して口を開いた。
「そういえば、お姉様はあと一年で貴族学校に入られますね。専門は何にされるおつもりなんですか?」
私の方から話しかけたことにこの場にいる全員が驚いた顔をしたが、気付かないふりをして極力にこやかにお姉様の返事を待つ。
「語学にするつもりよ。周辺国の言語を全て習得できればと思っているわ」
「まぁ! それはすごいですね! 私も勉強ができる日が今から楽しみです!」
自分の思う子供っぽさを全力で演じる。精神年齢34歳、平民歴16年には子供のふりも令嬢言葉もなかなか苦しいものがある。
「お兄様は算術でしょうか? それとも剣術ですか?」
「……まだ決めていない」
前の人生では、お兄様は確か算術を専門としていて、お父様と同じく文官を目指していたはず。しかし、剣術のそれなりだったとどこかで聞いた覚えがある。いつだったか……思い出せないけれど。
「アドリアーナ、今日は少し雰囲気が違うのね?」
「えぇ。いい夢を見たのです。もっとお二人と仲良くしたいと思える夢でした」
「それは素敵ね」
「とっても! ご迷惑ではないですか?」
「そんなことないわ」
にっこりと微笑むお姉様と、勝手にすればというような顔のお兄様。話してみれば二人ともちゃんと言葉が返ってくる。さっきまでのしんとした寂しい食卓が、少し明るい空気になる。
「お二人には嫌いな食べ物ってありますか? 私はトマトが苦手です」
「俺はニンジン」
「私はピーマンね」
「あっ、私もどっちも嫌いです!」
あれも美味しくないよね、これも美味しくないと盛り上がる子供達の姿が微笑ましいのか、無表情で控えていた使用人達の顔も少しずつ緩んでいるようだ。
意外だったのはお兄様が結構喋ることと、基本無表情のようですごく顔に出ること。お姉様の方は温和で優しい人だという印象は変わらない。以前は八方美人だと嫌っていたけれど根っからの善人なのだろう。
話をしてみるというのはやはり良いことだ。色んなことに気が付く。お母様がいない食事というのがこれからもあるかは分からないけれど、食事以外の時間にも話しかけてみようと思った。
というわけで早速行動。
以前の私は家庭教師に勉強を教えてもらうことも、母から刺繍や編み物などを学ぶこともなく、日中はもっぱら昼寝か、本を読むくらいしかしていなかった。本と言っても学術書などではなく恋愛小説などの娯楽本ばかりだ。恋愛小説からの知識くらいしか入っていないパッパラパーの頭で、貴族学校に入り、そこから頑張ってはみたものの当然ダメだった。
勉強はダメだったけれど、文字の読み書きはできたから平民としての暮らしは何とかやっていた。良い人に出会えただけとも言うけれど何とかやっていたのだ。
そして今は、何でもやってやるという気持ちだ。