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「私は本邸に戻ります」
「だが、あちらではおそらく酷い扱いを受けているのだろう?」
「今はまだそんなに大したことではありません。庶子と蔑まれたり、存在を無視されたり、恥をかかされて笑われたりというくらいのものです」
お母様から背中や足を叩かれたり、暴言を吐かれたりするのはもう少し先のことだ。お姉様やお兄様との関係が完全に切れてしまうのも、使用人全員から嫌われるのも、これからの私の態度次第。
「お父様とお母様に会いに来ることはいけないことですか?」
「……いや、そんな取り決めはしていない。オスカーの時のように誓約書があるわけでもない。どうとでもしてみせる」
「では、また会いに来ます」
立ち上がって淑女の礼をした。お母様が辛そうな顔をして立ち上がり、私をそっと抱き締めてくれる。
「待っているわね。いつでも、いくらでも来て良いのだからね」
「はい。ありがとうございます」
思い切って会いに来てよかったと思う。無関心なのだと思っていた両親は私を大事に思ってくれていた。そう思ってくれていただけで、何もしてくれなかったけれど、それにも理由はあった。長年の誤解が解けて、心が少し軽くなった。
話をしてみないと分からないことがたくさんある。当然だけど、してこなかったこと。お姉様やお兄様とももっと話をしてみたいし、使用人とも良い関係になりたい。
……それが私の立場を良くすることにもなるし、お母様は嫌がるわよね? どんな顔をして何と言うか、今から楽しみだわ。
※sideハロルド
意志の強そうな瞳をして、娘は本邸へ戻って行った。たった6歳の子供が、庶子と言われたり、無視されたり笑われたりすることを瑣末ごとのように言う。それが途轍もなく悲しかった。そうさせたのは間違いなく自分自身の弱さで、不甲斐なさと悔しさに心臓が掴まれたように痛んだ。
「イーサン」
「はい」
「アドリアーナの家庭教師の件だが、ウォルチ子爵夫人ではなく、少し厳しいがシュナイプ伯爵夫人の方が適任だろう。あとはこちらで雇った者をアドリアーナの侍女にできないだろうか。常に護衛も付けてやりたい」
「護衛は、難しいでしょうが……常に従える者が信用できるのは心強いでしょうね。困窮した貴族家の子女などで探してみます」
「分かっていると思うが、モルティアナとオスカーにも同様に侍従を付けるように」
「かしこまりました」
アドリアーナだけを特別扱いしていると思われると厄介だ。モルティアナとオスカーのことを大事に思っていないわけではないが、やはりジュディスとの子と、カーラとの子ではどうしても思いに差が出る。人の親として正しくないことだとは思うが……ジュディスを忌避してしまっているせいか子らも避けてしまう。結果、カーラとのみ関わる生活になってしまった。
チェンバレン公爵家との婚姻がスタングロム侯爵家にとっても、私自身にとってもプラスであったことは間違いないが、もっと早くカーラと出会っていたならば、家格や出世などそんなものどうでもいいと思えていたことだろう。愛する妻と愛する子供と共に生活し、幸せな日々を過ごしていたかもしれないと思うと……まぁ貴族らしからぬ考えなのだが。
「それにしても、アドリアーナは頭の良い子のようだ」
「私もそう感じましたわ」
「そうでございますね」
まだ家庭教師も付けていないのにあの綺麗なカーテシーはどこで学んだのだろうか。言葉遣いも6歳のそれではなかった。独学で本でも読んでいるのだろうか。
虚偽の報告を受けていたと知った今、アドリアーナがこれまでどのように過ごしてきたのか、何ひとつ分からないのだ。
温和な人柄で子供に優しいウォルチ子爵夫人ではなく、厳格だが聡明で優秀なシュナイプ伯爵夫人に家庭教師をお願いする方がアドリアーナには合っているように思えた。
「次はいつ来てくれるだろうな」
「楽しみですわね」
「今後は私もあちらに顔を出して様子を見ることにする」
「えぇ、アドリアーナのためにもそうしてくださいませ」
次は食事もしてみたい。どんな食べ物を好むだろう? どんな話を聞かせてくれるだろう。カーラとアドリアーナの話をすることが純粋に楽しいと思える日がくるとは思わなかった。