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 お母様が少し落ち着いてから、私達は改めて用意された席に着いた。淹れ直してくれた紅茶は何も言わずとも甘くなっていて、そんな当たり前だけれど当たり前でなかった心遣いに嬉しくなる。


「……これからなんだが、アドリアーナがもし望むなら、この離れで過ごすか?」


 それは心惹かれる提案だった。ちらと見るとお母様も期待をしているような表情をしてくれている。しかしすぐにそうすると決めていいのか迷ってしまう。


「そもそも、お二人はどうしてこちらに?」


「まだ幼い娘に話してよいものか……」


「大丈夫です」


「私とジュディスは所謂政略結婚というもので、ままあることなのだが関係はそう上手くいっておらず……嫡男のオスカーが生まれてすくすくと育ってくれると会話らしい会話もしなくなった」


 お父様が感情たっぷりにしてくれた過去の話は要するに、後継ができて夫婦関係を持つ必要がなくなると完全に冷めてしまい、そんな時に出会ったカーラお母様と燃えるような恋をした。貴族男性が妾を持つくらいそう珍しいことでもなく、離れにカーラお母様が住むことをジュディスお母様も最初は許容していたし、お父様も頻繁に通いこそすれ本邸が生活のメインではあった。

 しかし、しばらくしてカーラお母様が妊娠をすると態度が一変。お父様の子を産むなと強要し、産んだとしても絶対に侯爵家の子とすることを認めないと主張した。もしも男の子であったとしても後継はオスカーお兄様とするという誓約書を交わしてなんとか出産まで漕ぎつけた。

 産まれたのは幸いにして女の子だったため、お父様もカーラお母様もホッとしたらしいが、そこでジュディスお母様が今度は認知して侯爵家の籍に入れても良いと言い出した。その代わりとして離れでカーラお母様とではなく、本邸でジュディスお母様が育てると言われ、悩んだ末にその条件を飲むことにした。

 お父様の立場がもっと強かったなら、ジュディスお母様の言い分など聞かずに独断で籍を入れることもできたはずなのに、ジュディスお母様の生家であるチェンバレン公爵家の影響力に抗うことができないために言われるがままになっていたというわけらしい。


 ジュディスお母様の父であるチェンバレン公爵と言えばこの国の宰相だ。文官であるお父様が逆らえるはずもない。


 娘である私を取り上げられて不安定になったカーラお母様のそばを離れることを嫌ったお父様はそれから離れに生活の拠点を移し、本邸の執事から家令のイーサンに上げられる報告で私が問題なく過ごしていると思っていた。


「でも本当は、そう思いたかっただけなのかもしれない。アドリアーナは大丈夫なんだという報告を信じて過ごすことで、罪悪感や後悔をあまり抱かずにいられる……自分勝手な考えだった。悔やんだところでどうにもならないが、これからできることはしていきたいと思っている。だから、こちらで一緒に暮らさないか?」


 どうしようかと悩んでいると、本邸に確認を取りに行ったイーサンが戻ってきた。


「失礼いたします。この場でご報告してよろしいでしょうか?」


「どんな状況だった?」


「やはり本邸からこちらへのアドリアーナお嬢様に関する報告は正しくないようでございます。私が本邸執事のマーティンから聞いていたことはほぼ偽りであったと」


「なぜだ?」


「口を割りません。元を辿ればチェンバレン家の従僕ですから、普通に考えれば奥様からの指示。もしくは奥様の立場を慮っての独断だと思われますが、確証はございません」


「ジュディスには会ったか?」


「家庭教師のことのみについて伺いましたが知らぬ存ぜぬでございました」


「アドリアーナのことは?」


「今こちらにいらっしゃると思わせるようなことは口にしておりませんが、実際あちらにおられない状態ですので気付かれるかと」


「そうか、分かった。……アドリアーナはどうしたい?」


 あくまで私の希望を叶えるつもりでいるお父様。このままこの離れで過ごすのが一番楽だろう。とても気にしてくださっているけれど、庶子の立場になったって大して困らないのだから。むしろ将来は平民男性と結婚したい私としては都合がいいくらいだ。

 ただ、今悩んでいるのはそういうことではない。ジュディスお母様にとって何が一番不愉快だろうか、どうすればジュディスお母様を困らせることができるだろうかと思ってしまう。

 そう。私はあの女にギャフンと言わせてやりたいのだ。

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