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あまりに親切な空気に、逆に居心地が悪くなってしまった私は紅茶をちびちび飲みながらただひたすら下を向いて待っていた。お父様が来たら何から話そう。お忙しいだろうから時間を取らせないように用件から話すべきか、少しは世間話でも……とはいえ何を話せばいいか全く分からないわ。
そんな風に頭を悩ませていると、肩にそっと手を置かれる感触と優しい声が降ってきた。
「アドリアーナ。会いに来てくれて嬉しいよ」
見上げると、柔らかく微笑むお父様がいた。
こんな顔は知らない。前の人生でまともに話したのは勘当を言い渡された時だけだった。
こんな風に優しく、私に笑い掛けてくれるなんて思ってもみなかった。
「……とっ、突然来てしまい大変申し訳ありません。 ハロルドお父様、カーラお母様」
呆けた頭が現実に引き戻されたのはカーラお母様の戸惑った顔を見た時だった。まずは謝罪をしなければいけないと慌てて立ち上がり頭を下げた。
「何を言うんだ。ここにはお前が来てくれて喜ぶ者はいても嫌がるような人間は一人もいないよ」
「ですが……」
現にカーラお母様の表情は迷惑そうで。お父様と違い、私と目を合わせようとはしてくれない。歓迎されていないことは確実だろう。
「カーラは、どうしていいか分からないだけなんだ。もう何年もアドリアーナと会えなかったからね。……会いたいと思っていても、それを叶えてあげられなかったのは私だ。カーラにもアドリアーナにも申し訳ないと思っている」
「会いたいと、思ってくださっていたのですか……?」
「そりゃあそうさ。愛している人との子供だ。私もカーラもアドリアーナのことを愛おしく思っているよ」
「じゃあどうして!」
私がずっとどんな扱いを受けてきたか! 前の人生でだってさっさと勘当して助けてくれなかったくせに! 勘当されるまでの18年、お父様とちゃんと会話をしたのはその時だけ。お母様には会ったことすらない。今この場で初めて、お母様ってこんな顔をしていたのねと思ったくらいよ。
愛おしく思ってるなんて、信じられるわけがない。
「……侯爵家の、令嬢として育てていく代わりにと、夫人に言われて……私と過ごせば庶子だと蔑まれるしかない。けれど、籍を入れてスタングロム侯爵令嬢として生きていけるのなら、私はあなたに会えなくても……」
「なんですかそれは。ジュディスお母様が私を庶子だと日々蔑んでいるのをご存知ないとは言わせませんよ」
子供だからと馬鹿にして。
そんな下らない言い訳で煙に負けるとでも思っているのかしら。同じ屋敷でないにせよ、私がどんな扱いをされているかくらい、使用人に聞けばすぐに分かる話だ。
もし本当に知らないのなら、私への興味もその程度だということ。
「私が今日こちらに参ったのは、ジュディスお母様は私に家庭教師を付けてくれることはないでしょうから、今後どこへ行っても恥ずかしい思いをすることになると思い、家庭教師を付けてくださるようお父様に直接お願いに来たのです」
「どういうことだ? アドリアーナが6歳の誕生日を迎える前に、家庭教師にはウォルチ子爵夫人をと指示したはずだが?」
私の話を聞いたお父様がイーサンに厳しい顔で問うていた。ウォルチ子爵夫人に? 家庭教師をお願いしてくれていた?
「私もそのように手配するよう本邸の執事に申し伝えたのですが……すぐ確認をいたします」
イーサンが去って行く姿を呆然と眺めていた私の前にお父様が跪く。そういえば視線を合わせて話してくれる人は、今まで一人もいなかった。
「……すまない。謝って済むことではないと分かっているが……おそらくは本邸の執事か、もしくは他の者かもしれないが、意図的にこちらにあちらの情報を捻じ曲げて報告されていたんだろうと思う。私達は、お前が本邸で問題なく過ごせていると聞いていて……いや、言い訳にしかならないな。アドリアーナに辛い思いをさせていたとは知らなかった。本当にすまない!」
頭を下げるお父様と、涙を流すお母様。
どう心に折り合いをつけていいのか分からない。ごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝りながら私を抱き締めるお母様の腕の中は温かいなと、そう思った。