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「庶子の分際で……っ! この私に向かって生意気な口をきくんじゃないわよ!!」
突然いきり立つジュディスお母様に周囲が驚く。並べられていたカトラリーを数本掴んで投げ付けたことでガシャーンと大きな音を立て、食器が割れたりスープやらサラダやらが散らばる。慌てて片付けようとするメイド。アワアワしている姉。不快な表情で母を見る兄。執事も少し引いている。
ジュディスお母様は私と二人になった時にはよく汚い言葉を吐いたり暴力を振るったりしていたけれど、周りには苛烈な性格を隠していたようで、食堂はなかなかの空気になっていた。
ジュディスお母様は『やってしまった』という表情をしていて、その顔を見た瞬間、胸の空く思いがした。無様な姿を晒す母と、見てはいけないものを見たという気まずげな使用人の顔。つい口角が上がりそうになるのを堪えるのに苦労した。
「申し訳ありませんでした。もうお食事どころではないようですので自室に戻らせていただきます」
貴族令嬢らしく、お淑やかに礼をし、私は去った。最後に私に向けたお母様のあの醜悪な顔、なんだか痛快だったわ。慌ててついてくるジェーンのせいでずっとおすまし顔をしていたのだけれど……内心、爆笑である。
あのあとどうやってお母様が取り繕うのか気になって仕方がない。あの食堂にいた使用人達の顔も笑っちゃう。無表情を決め込むのに苦労した。
自室に戻ってジェーンを下がらせたあとベッドでバタバタしながら笑ったのは言うまでもない。
そしてひとしきり笑ったあと、ふと思った。
34歳まで過ごした人生が、長い夢だったり、もしくは時が戻ったのだとして……やり直すのも悪くないんじゃない? と。
愛してやまない可愛い娘のチェルシーと、大好きな夫のアレク。平民で裕福ではないけれど満たされた、とても幸せな日々を過ごしていたのに、突然こんなクソみたいな家にいた頃の子供に戻って最悪の極みだと思っていた。
この家で過ごした18年、ジュディスお母様に邪険にされ、カーラお母様とお父様には関心を持たれず、お姉様とお兄様ともいい関係を築けず、使用人達に嫌われていた。
そんな周囲を見返してやりたくて、使用人を通じてお父様にお願いして結んでもらった第三王子殿下との婚約も、私の有責で破棄された。当然だ。王子妃教育もまともに受けず、そのくせ婚約者だと威張り散らし、そして第三王子殿下が想いを寄せていた男爵令嬢を虐げた。
王家からの叱責、他の貴族からの非難により、私は侯爵家から籍を抜かれて平民になった。
改めて考えずとも酷い人生だ。
『男爵令嬢の娘』というのがジュディスお母様のせいで酷いコンプレックスになり、第三王子殿下から寵愛される男爵令嬢が憎かった。男爵令嬢のくせに! 身の程知らず! そう何度も罵った。
結局、ジュディスお母様と同じことをしていたことに恥ずかしさを覚える。彼女には本当に申し訳ないことをした。第三王子殿下も、好きでもない女と、それも侯爵家の庶子と婚約を結ばされて……性格も悪いし……申し訳なさと恥ずかしさでまたベッドでバタバタしてしまう。
……やり直そう。
もっとマシな人間になろう。
そして30歳の時に出会った夫のアレクをどうにか探して、もっと早く結婚しよう。10歳年上だったアレクとは年齢のせいかなかなか子供ができなかった。私も子供を産むには遅かったし。
できれば20歳には結婚して、32歳でチェルシーを産む前にもう一人二人、欲を言えば三人欲しい。子供はいいものだ。とにかく、可愛い。
たくさん子供を産んで育てるためにはより良い仕事に就けるよう勉強をしなければ。私はまだ6歳。なんでもできる。心を決めた私はベッドの上で仁王立ちし、大きく両手を上に上げ、力を込めて握り締めた。