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※sideオスカー
侯爵と話をするようにと言って、アドリアーナは去って行った。あの様子だと、あいつがここに来るのは今日が初めてじゃないだろう。
「オスカー。本気で王国騎士になりたいのなら、侯爵家の騎士からの指南では難しいだろう。ノヴァック公爵のご長男が確か、従騎士になったと聞いたが……」
「は、はい! アレキサンダー卿は私の目標で! 14歳で従騎士になっておられます!」
「うん、そのアレキサンダー公爵令息が師事していた御仁を尋ねてみよう。可能であればオスカーについてもらえないかも」
「本当ですか!?」
「ノヴァック公とは割と親しいんだ。聞いてみることくらいは可能だよ。実現できるかは約束できないけれどね」
「十分です! 嬉しいです!」
「そうか」
つい興奮してしまった俺に呆れた様子はなく、常に笑みを湛えている侯爵。母上から聞かされるような、妻や子供のことなど見向きもしない冷酷な男といった人物には全く感じない。
これまで接することがほぼ無かったから、母上の言うことを鵜呑みにしてしまっていたし、実際にカーラ様とこの離れでずっと過ごしているという事実があって、侯爵は家族のことなどどうでもいいのだと思っていた。
それに、俺はおそらく侯爵とは血が繋がっていないだろう不義の子だ。どうでもいいと思われて当然だとも思っていた。なのに……侯爵は、優しい人だ。
「母上は……騎士になるなど反対すると思います」
「反対されて諦めるくらいの気持ちなら、最初から騎士になんてなれないだろう」
「諦め……いえ、もう諦めません! あなたが、なってもいいと言ってくださるなら、俺は必ず、正騎士になってみせます!!」
「応援している。全力で励みなさい」
「はい!!」
母上は、自分の理想を押し付けてくる人で……あの人の言うことを聞いていると、俺が俺じゃなくなるようで、嫌だった。
マーティンは、ただの執事で、ただの母上の情夫。
姉上は、温かく優しい人であるが、母上の人形で。
アドリアーナは、無知で癇癪持ちの子供。
侯爵は、仕事と愛妾にしか興味のない男。
スタングロム侯爵家は、俺にとって、重石の付いた鎖のような存在だった。
剣を振るっている時だけ、無心になれた。でも剣術にのめり込めばのめり込むほど、辛くもあった。
どれだけ剣の腕を磨いても、騎士に憧れても、文官にしかなれないという現実は……重石の付いた鎖が自分の足に繋がれているかのように、ズルズルと重く、そしていつまでもついてくる。
騎士になりたいという夢は諦めなければならないと、ずっと思っていた。
だけどもう、諦めなくていい。そう思うと、雲が晴れたように、世界が明るくなった気さえする。
「……父上、と呼んでいいですか?」
「お前が私を、父以外に何と呼ぶんだ」
「ですが……」
「オスカー。私はお前を息子だと思っている。余計なことを考えなくていいんだ。お前は私の息子だ。そうだろう?」
「……そうであれば、嬉しいです……!」
ああ、今日は、なんて良い日なんだろう。