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「おい! まさかここに入る気か!?」
「そのまさかですわ」
私は少し抵抗するお兄様の手を引いて、お父様とカーラお母様の住む離れにずんずんと入って行く。6歳の女の子相手に引き摺られるわけはないから、お兄様もそこまでは抵抗するつもりはないみたい。
「オスカーおぼっちゃま、アドリアーナお嬢様、ようこそお越しくださいました」
今日は落ち着き払った様子で私達を迎え入れたイーサンに挨拶する。
「ご機嫌よう、イーサン。お父様にお会いしたいのだけれど、お忙しいかしら?」
「お二人に会うためならば、時間などいくらでもお作りになられますよ。では、お庭にご案内いたしますので、そちらで少々お待ちくださいませ」
お兄様と二人で昨日と同じ中庭のテーブルセットに座る。メイド達が手際よく準備して、昨日よりも豪華にお菓子やフルーツが並ぶテーブルに私はもちろんお兄様も戸惑っている。
「……歓迎されている、のか?」
「そのようですわね?」
「侯爵とも待っていれば会えると?」
「そのようですわ」
今のお兄様のそのお気持ち、よく分かるわ。私も昨日味わったばかり。なぜ自分がここへ来たというのに、こんなに使用人達がほくほくとして笑っているのか。理解が追いつかないわよね。
おそらく私達は、お父様のことを誤解している。というか、ジュディスお母様によって、悪しく思わされているのだろう。
お兄様に至っては、お父様は本当の父親じゃないと思っているし、余計に心が落ち着かない状態かもしれない。お兄様がお父様のことを『侯爵』と呼ぶことを初めて知ったけれど……なんだか切ないわね。
「オスカー、アドリアーナ、待たせたね。来てくれてありがとう」
お父様が朗らかな笑みを湛えて現れた。そのことにお兄様はとても衝撃を受けて唖然としている様子だ。
「ご機嫌よう、お父様。突然来てしまい申し訳ありません」
「何を言うんだ。アドリアーナとオスカーに会えて嬉しいよ。いつでも来てくれて構わない。あとでカーラにも顔を見せてあげてくれるかい?」
「えぇ、もちろんですわ」
お父様も席に座り、『何か用件だったかな?』と促してくれるような表情をしてくれている。お兄様はそんなお父様と私の顔を交互にチラチラと見ながら、そわそわとしていた。
「オスカーは、訓練服だね。よく頑張っていると聞いている。12歳にしてはかなりの実力だとも」
気を遣ったお父様が先に口を開いてくれた。
「あ、……はい」
「その件で、お話があって来ました。ほら、お兄様」
「えっ」
「お父様にお伝えして、許可をいただけばいいんですよ」
「うん? 何かな?」
お兄様は、あーとか、うーとか言いながらもじもじとして、しばらく下を向いた後に意を決したように顔を上げ、お父様に向き直った。
「私は、従騎士試験を受けたいと、考えています!」
「うん、そうなのか。頑張るといい」
「……へ?」
「うん?」
こんなに簡単に許可されて納得がいかないという表情にお兄様。お父様もそんなお兄様に少し困惑しているようだ。
「私は、将来スタングロム侯爵を継ぐものと思っております」
「もちろん。私の長男はオスカーだし、君は優秀だと聞いている。何も心配していないよ」
「ですが、スタングロム侯爵は代々文官です」
「王家にしっかりお仕えして、スタングロム侯爵家を盛り立てて行く気があるのなら、文官でも武官でも私はいいと思うよ」
「え……」
固まるお兄様と、それを見て困惑しているお父様。どうやらこの二人はたくさんお話をする必要があるようだ。
「お父様、お兄様。時間の許す限り、たくさんお話ししてくださいな。どうやら思い違いが多くあるようですわ。私はカーラお母様とお話をさせていただきたいと思います」
「ああ、ありがとう。イーサン、案内してやってくれ」
「かしこまりました」
お父様とお兄様を残し、私は中庭を離れた。