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翌朝、目を覚ますとそこは、……スタングロム侯爵家の自室のままだった。
起きたら隣にチェルシーとアレクが眠っていてくれたらと、祈って眠りについたのだけれど、やはりこっちが夢だという希望は砕けた。
それにしても昨日は濃い一日だった。
お父様とカーラお母様との関係を改善できたし、お姉様とお兄様とも気安くお話ができるようになった。ジュディスお母様に対してもどう接すればいいか少し分かった。使用人も笑顔で接すれば好感を持ってもらえると知れたし。
上手くやっていけそうなんじゃないかしら!
さて今日は、お兄様の剣の訓練を見に行く約束がある。けれどそれがいつ頃になるのか分からないから、そうね……書屋から本を持って来て読もうかしら。ちゃんと今後に役立つような本をね。
スタングロム侯爵家にはお父様とカーラお母様が過ごしている離れの他にも、書物のみを置いている離れがある。
代々、文官として王家に仕えるスタングロム侯爵家であるが故なのか、読書を好む者が多かったらしく、ジャンルを問わず膨大な量の書物が保管されている。私は専ら恋愛小説を読み耽っていたのだけれど。
やることを決めたところでジェーンを呼び、朝の支度を始める。さすがに今日は自分でドレスを選び、髪型にも注文を入れた。もう馬鹿にされるのはごめんだ。
昨日、初めてカーラお母様のお顔をまじまじと見た。愛らしい顔立ちで華奢な女性だった。全く私とは似ていないのだなと思った。
色味も顔立ちも、これからまたどんどん伸びる背丈もお父様譲り。守りたいと思わせるような可憐な要素など一つも持ち合わせることのない、むしろ過激な令嬢へと育っていく。
……まぁ再びそんな令嬢になどなる気はさらさらないのだけど。
私に可愛いフリルやリボンは似合わない。だけど上品で強い女性になっていきたいと思う。
朝食を食べに食堂へ行くと、今朝もお姉様とお兄様が先にいらした。挨拶をして席に着く。
「アドリアーナ、昼食後に訓練に行くから、そのつもりで」
「分かりました! お兄様」
「気を付けてね?」
「はい! 十分距離をとって見させていただきます」
やっぱりまだ心配そうなお姉様。剣の訓練ってそんなに危険なのかな? 見たことがないから想像もできない。離れていれば大丈夫でしょ? 剣は投げるものじゃないし。
「心配ないよ、そんな危険なことはしていない」
「でもアドリアーナは女の子だし、騎士たちの訓練場に行くなんて心配だわ」
「えっ、騎士たちの訓練場に行くんですか?」
「どこに行くと思ってたんだ」
「てっきり、お兄様が個人訓練を受けていらっしゃるかと」
「ああ、半年程前から騎士と同じ訓練を受けているんだ。個人でやるにも限界があって」
「そうでしたか! それは素晴らしいことですよね。私が思っていた以上にお兄様は実力をお持ちなんですね!」
12歳で騎士に混ざって訓練をしてるなんて、本当にすごいことよね? 分からないけど。
「目標にしてる人がいるんだが、その人は……」
と、お兄様が話してくれているところでジュディスお母様が食堂へ入ってきて、空気がピリッとする。三人で声を揃えて挨拶をするも、私だけ返してくれないのはいつも通り。シュンとした表情を作っておく。
昨晩は笑っただけではしたないと叱られたので、今日は極めて静かに、無表情で食べ進める。どうなの、この空気。家族での食事とは思えないわね。他の貴族家の食事風景を知らないけれど、さすがにこれはないでしょう。……ないわよね?
黙々と食べ終えて、席を立つ。食堂から出る際に、給仕の者に『コックに美味しかったと伝えて』と小さい声で言っておいた。かしこまりましたと微笑んでくれたので、イメージアップ作戦は着々と進行中だ。