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第七話「光と音」

森の中に一歩踏み入れると、瞬時しゅんじに光が弱まり、辺りは薄暗くなった。まるで別世界に足を踏み入れたみたいに、周りの雰囲気が一変する。きりが立ち込め、視界がぼやけてくる。くそ、前が見えずれえ。光が届かないのは木々の密度みつどが原因か、それともエテルニア特有のエネルギー現象か?


「まずいね……」


エルフィが突然、不安そうに言葉をはっした。その一言に、胸に嫌な予感が広がる。なんだ、何がまずいんだ?


「霧が出てる……」


確かに視界は悪いが、そんなに問題か? 確かに戦闘せんとうになれば視界が悪いのは不利に働くが、エルフィの魔法があれば、それほどのディスアドバンテージにはならないと思うが。


「霧が出てると何かまずいのか?」


「この霧には特別な力が満ちているの」


特別な力? 普通の霧じゃねえんだな。


「その力って一体何だ?」


「森の魔力を増幅する力。ここでは特に注意が必要なの」


「魔力が増幅すると、具体的にどうなるの?」


レイナが慎重しんちょうに質問した。確かにそれは気になる。何が起きるんだ? この霧のせいで。森の魔力が増幅されるってことは、つまり……敵が強くなるとか、何かしらのトラップが発動するとか? 考えがまとまらないまま、エルフィの答えを待った。


「フィトンバインが急に成長するかもしれない……」


その言葉に、俺の中の科学者としての興味がき立てられた。フィトンバインの成長が急激に進行する原因は、エネルギー供給の増加が起因きいんしているのか? いや、もしかしたらこの霧が特定の波長はちょうの光を選択的に吸収しているのかもしれない。


植物の成長を促進するには、青色や赤色の光が必要だ。もし霧がこれらの光を吸収し、そのエネルギーを直接植物に供給するなら、植物は通常以上の速度で成長するってことだ。


視界が不明瞭ふめいりょうなのは単に水蒸気すいじょうきのせいじゃない。この異常な現象が関与している可能性が高い。まるで魔法のように、いや、この世界ではまさしく本物の魔法が環境に影響を及ぼしている。これがフィトンバインの急成長を引き起こしているんじゃないか?


霧が光のエネルギーを収集し、植物に特別な栄養を供給するかのように作用する。魔力の増幅って、こういうことかもしれない。そう仮定してみると、全てがしっくりくる。俺の物理学者としての直感がそうげている。 


「それは厄介やっかいだな。なんとかしないと」


俺たちは慎重に進んだ。足元に気をつけ、周囲の音に耳をませる。何か一つでも見逃せば、俺たちの命取りになる。背筋せすじが冷える感じがして、無意識に身が引きまる。


「レイナ、お前の感知魔法で何か察知できるか?」


「少しだけエコーヴィジョンを使ってみる」


レイナは静かに呪文のようなものをとなえながら、目を閉じた。次の瞬間、彼女のひとみあわ光彩こうさいはなち始めた。俺はその光に見入みいってしまった。


作戦会議で彼女が言ってた話では、これはエコーヴィジョンと(しょう)される魔法だ。名前からしてかっけえなとは思ったが、実際に見ると圧倒される。


この魔法、彼女の周囲にある物体や生物の位置と動きを感知するらしい。目が見えなくても感じ取れるなんて、まさに超能力。正直、(うらや)ましい限りだ。


彼女の話を聞くに、微弱(びじゃく)音波(おんぱ)を発し、その反響(はんきょう)を捕らえることで視界を補完し、特に動いている物体や生物に対して高い感知能力を発揮するという。


このエコーヴィジョンを見て、俺は現代の物理学でいうところのソナー技術を連想した。音波を利用して物体を検知する原理は、まさに同じだ。でも、レイナの魔法がどうやって周囲の詳細な映像を作り出しているのか、そのメカニズムはまるで分からない。


もしかしたら、魔法のエネルギーが特定の周波数(しゅうはすう)振動(しんどう)して、反射波を検知しているのか? そうだとしたら、かなり高度な技術だ。いや、魔法か。どっちにしろ、俺には直接理解できない領域だ。なんでこんなことができるんだろう。いや、すげぇな、ほんと。


「何かが接近してる……。大きな物体がぐねぐねしながら進んでる。」


「まじかよ……。方向は?」


「移動速度が速くて捉えきれない!」


俺は即座に身構(みがま)えた。心臓がドクドクと鳴り響く。草むらが激しく揺れているのを見て、嫌な予感がした。


「危ない! 後ろ!」


レイナの叫び声が耳を突き()す。振り返ると、巨大な植物が(せま)ってきていた。緑色のツタが(へび)のようにうねり、(するど)(とげ)が光を反射している。くそっ、これがフィトンバインか!


心臓が激しく鼓動する。距離はわずか数メートル。ツタが猛然(もうぜん)と迫ってくる。やばい! 反射的に身を引こうとしたが、遅かった。


ツタの一部が俺の腕に(から)みついた。くそっ、離れろ! 力いっぱい振り払ったが、離れない。まるで鉄の(くさり)だ。やばい、どうする? このままじゃやられる……。冷や汗が背中を(つた)う。考えろ、俺!


「エルフィ、光を使え!」


「わかった!」


エルフィーナは素早く杖を高く(かか)げた。頼む、成功してくれ! 今しかないんだ。


「光よ……、我が道を照らせ……、ルミナス・フレア!」


煌々(こうこう)たる輝きと灼熱(しゃくねつ)のビームが俺の(ほお)をかすめる。まるで肌が焼けるような感覚だ。そのビームは一瞬でフィトンバインを(とら)え、爆音と共に(まぶ)しい閃光(せんこう)が辺りを照らした。


(え……、なんか思ってたのと違う……)


振り返ると、フィトンバインは苦しそうに身をよじり、ツタが焼け焦げ、力を失っていた。周囲が明るくなり、霧が同時に消えた。助かったのか……。いや、別の意味で臨死(りんし)体験をした気もするが。


ひとまず一息ついて安堵(あんど)した。しかし、ふとした瞬間、前腕(ぜんわん)に違和感を感じた。なんだ、この感覚は。


「うっ、腕が痛む!」


()の腕あたりが、まるで火のように熱を()びてきた。視界が()れ始め、世界が(かす)んでいく。まさか、こんなところで終わるのか? いや、まだ早いだろう。異世界転移後の初戦で負けるなんて聞いたことない。


「くそっ、こんなところで……」


レイナが急いで()け寄り、傷口を見つめた。彼女の手が(かす)かに(ふる)えているのが見えた。そんな彼女の顔を見ると、不安が一層(つの)る。俺はこんな状況で、何をどうすればいいのか分からなくなっていた。


「エルパート、大丈夫?! この傷……」


彼女の表情は真剣そのもので、周囲の空気も一瞬で重くなった。俺もこの状況の深刻さを感じ取った。もしかして、俺はもうダメなのか? この痛み、この焦燥(しょうそう)感、まるで現実が俺を()め付けているようだ。


「もう手遅れかもしれないが……頼む……助けてくれ」


レイナが慎重に腕に触れたとき、彼女の顔はさらに深刻になった。俺も覚悟を決めて腕の傷を見下ろす。死ぬのか? 本当にここで終わるのか? こんなところで俺の冒険は終わりなのか? まだエテルニアに転移して1週間も経っていない。やっぱり魔法が使えない俺はこの世界では生き残れないのか?


しかし、その瞬間、レイナは笑いを(こら)えるように口元を押さえた。何だ、この状況で笑うなんて。


「な、なんだ? どうした?」


レイナはとうとう吹き出してしまった。おい、何がそんなにおかしいんだよ。


「あはは、エルパート、それただの切り傷よ! 傷も浅いし、毒もないわ」


「なに?!」


彼女が指差す先には、小さな傷が赤く(にじ)んでいるだけだった。痛みの割に、見た目は全く大したことない。俺は呆然(ぼうぜん)とその傷を見つめ、なんとも言えない気持ちになった。こんなことで大騒(おおさわ)ぎして、俺は一体何をやっているんだ。


「え、でも痛いんだけど……」


「ふふふ、それはショックで余計に痛く感じてるだけだよ。大丈夫、大丈夫!」


レイナは笑顔で回復魔法をかけてくれた。傷はみるみるうちに(ふさ)がっていく。俺の心臓の鼓動(こどう)も、徐々に落ち着きを取り戻してきた。ふぅ、ひとまず安心だ。


痛覚(つうかく)は、物理的な刺激だけでなく、心理的な要因にも大きく影響される。戦闘(せんとう)後のアドレナリンの急激な減少や、緊張の解放に(ともな)い、感覚が鋭敏(えいびん)化する場合がある。この現象は『心理的(しんりてき)痛覚(つうかく)過敏(かびん)』と(しょう)され、実際の傷の深度(しんど)や規模に関わらず、痛みが増強されることがあるのだ。


(よう)するに、俺は何も恥ずべきことはしていない。少なくとも、そう自分に言い聞かせることで、少しは気が楽になる。いや、むしろ、かっこよく死んだ方が良かったか? なんて馬鹿(ばか)な考えが頭をよぎる。


「おっと、これも冒険の一部か……」


「そうよ、エルパート。次はもう少し大きな怪我をするくらいには頑張ってね」


「俺なりに頑張ったつもりだが……。それと、エルフィ。お前のおかげで助かった……って言いたいけど、あの魔法は何だよ!」


「ルミナス・フレアだよー。ルミナス・フレアは魔力を使って光を集めて(はな)つ魔法。熱も出るし、照射(しょうしゃ)範囲や強度を調整できるから、攻撃にも防御にも使えるの」


「さっき使うかもって言ってた魔法と全然違うじゃねーか!」


「あんなデカいフィトンバインが出てくるとは思わなかったもん。びっくりしたよー」


エルフィは悪びれもせずに答えた。こいつ、本当に反省してるのか? ふざけやがって。俺は死にかけたっていうのに、エルフィは平然としてる。


「お、俺を殺す気か!」


「だって、しょうがないじゃーん」


「まあまあ、エルパート。無事だったんだから、いいじゃない?」


レイナが間に入って俺を(なだ)める。確かに無事でよかった。エルフィがいなかったらフィトンバインの(えさ)になってた可能性は否定できない。だけどさ、あの魔法に少しでも被弾してたら、ただの切り傷じゃ済まなかったぞ。まったく、(きも)が冷える。次はもっと慎重にしないと。敵の魔法も脅威(きょうい)だが、エルフィの魔法も相当ヤバい。仲間の魔法の情報をちゃんと頭に入れておかないと、後で痛い目に()うのは俺だ。


ところで、俺が見た限りでは、この『ルミナス・フレア』って魔法、光のエネルギーを使う点で現代物理学のレーザー技術に似てるんじゃないか?


恐怖や興奮(こうふん)渦巻(うずま)く中で、俺はその魔法の原理に対する興味が()いてきた。魔力がどうやって光に変わるのか。そしてその光がどうやって攻撃力を発揮(はっき)するのか。これまで見てきた魔法の中でも特に興味深いものであることは間違いない。レイナやエルフィの魔法を見てると、なんだか異世界の謎にもう少し近づけそうな気がする。


魔力と、音や光の関係を(さぐ)れば、面白い発見がゴロゴロ転がってるに違いない。そんな考えが頭をよぎりながらも、次の戦いへの不安が消えるわけじゃない。でも、この好奇心が俺の原動力だ。

皆様、ここまでお読みいただきありがとうございます。第七話、いかがでしたでしょうか?


森の中での冒険は緊張感に溢れており、エルパートたちの苦難を描くことができて、とても満足しています。フィトンバインとの対決や霧の中でのエルフィの魔法の活躍、そしてエルパートの科学的な考察、どれも物語に深みを加える要素として大切に描きました。


今回のエピソードを通じて、キャラクターたちの絆や個々の成長を感じていただければ幸いです。物語はまだまだ続きますが、次回も新たな展開が待っていますので、ぜひお楽しみに!


また、ここでお願いがあります。お気に入り登録や評価(★)、そして感想を書いていただけると大変励みになります。皆様からのフィードバックが私にとって一番の力となりますので、どうかよろしくお願いします。


それでは、次回もお楽しみに!

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