第六話「王国への道」
しばらく歩くと、広大な草原が目の前に広がった。緑が一面に広がっていて、風が草を揺らす音が心地よい。自然の広がりが、俺たちを迎え入れてくれるようだった。
「さて、最初の目的地はどこだ?」
俺がエルフィに聞くと、彼女は地図をバサッと広げて答えた。旅の時はほんとに頼もしいんだよな、エルフィ。いつもは天然っぽいけど、さすがに一人で旅をしてるだけはある。なんか、貫禄みたいなものを感じる。
「まず東の森を抜けて、その先の町を目指そう」
「お、町か! 美味しいスイーツがいっぱいありそうだな!」
冗談めかして言ったけど、内心ちょっと本気で期待してる。甘いものには目がないんだよな。何もかもが新しい世界で、少しの楽しみくらいあってもいいだろう?
すると、レイナがくすりと笑った。なんだ、そんなにおかしいこと言ったか?
「そんなお貴族様専用のごちそう、王国にしかないわよ」
「そ、そうなのか……」
俺はがっかりした。なんだよ、エテルニアでは甘いものってそんなに貴重なのかよ。でも、仕方ないか。でも、レイナが少し元気を取り戻してくれたようで嬉しい。それだけでもよしとしよう。
「町の広場で一休みして、美味しいものでも食べながら情報を集めるのも悪くないと思ったんだけどなー」
「そんな悠長なこと言ってられるの? 昨日のエリオットの話だと、東の森にはモンスターがたくさんいるんでしょ?」
俺は確認したいことが一つあった。ずっと引っかかってたんだ。
「なあ、モンスターって何なんだ? 動物とはどう違うんだ?」
「あなた、モンスターも知らずにどうやってここまで来たの?」
「いや、モンスターって言葉は知っているんだが、エテルニアでの定義が曖昧でさ」
「は? それってどういうこと?」
「ねえ、エレパート。話してもいいんじゃない? レイは信頼できる子だから」
「それもそうだな」
俺は自分が異世界から来たことや、転移後にエルフィに助けられたことをレイナに説明した。自分の事情を話しているだけなのに、少し気持ちが軽くなった気がした。心のどこかで、彼女にもっと自分のことを知ってほしいと思っていたのかもしれない。
「そんなことがあったのね……。ていうか、魔法禁止の村から来たって言うのは作り話だったの?!」
レイナの目が鋭くなる。まあ、無理もないか。俺が嘘をついてたんだからな。正直に謝るしかない。あの状況では仕方なかった。
「あのときは悪目立ちしたくなかったんだ。許してくれ」
「まあいいわ。まさか異世界からね……。それも魔法の仕業なのかしら」
「さあ、こっちが知りたいくらいだ。とにかく、今は情報が欲しい。それもあって王国に行こうと思ったのさ」
「なるほどね。確かに王国なら何かわかるかもしれない」
レイナは納得したように頷く。俺がここに来た理由も、何をすべきかも、全然わかってない。ただ、王国なら何か手掛かりが得られるかもしれないって淡い期待だけが頼りだ。まだ全貌が掴めてないけど、少しでも進展があるといいなって思う。
「ねえ、エレパート、元の世界に戻りたいの?」
エルフィが口を開いた。その問いに一瞬戸惑った。戻りたいか、どうか。
「そりゃあ戻りたいよ。あっちでやり残してることがあるんだ」
「やり残してることって、何なの?」
「例えば、未払いの電気代とか、冷蔵庫で眠ってる牛乳とか」
「でんきだい? れいぞうこ? 何それ」
エテルニアでは俺の渾身のボケが通じなかった。ちょっと恥ずかしいな。こっちの世界の連中には、あっちの常識が通じないのは分かってるんだけど、やっぱり寂しいもんだ。あっちの世界でも大してウケなさそうなボケではあるが。
本当はもっと複雑な気持ちがある。ここに来てからの経験は新鮮なことばかりだけど、やり残したことがあるのも確かだ。未練ってやつだろうか。
「まあ、要は帰りたいってこと。今ここでその理由を話してもうまく伝わらないと思う。だって、俺のいた世界にはエテルニアにない言葉がたくさんあるから」
「それもそうだね! エレパートの言葉、意味わからないこと多いもん」
そう言われると、こちらとしても、既に意味不明なことだらけだ。初っ端から魔法なんて物理学者を悩ませる現象を見せられた。
「ところで、さっきの話に戻るが、エテルニアのモンスターってなんなんだ?」
俺はエルフィとレイナの方を見た。エルフィがレイナと目を合わせてから、エルフィが先に口を開いた。
「エテルニアの植物や動物は、みんなちょっとだけ魔法を使えるんだよ。でも、特に強い魔法を使うやつを『モンスター』って呼んでるの」
なるほどな。エテルニアの自然界には、ちょっとした魔法使いがごろごろいるってわけか。
レイナが続けて話した。
「例えば、エテルニアオークやグリムスパロウは普通の植物や動物だけど、魔法の力を持っているわ。エテルニアオークの木は魔法でめっちゃ硬いし、グリムスパロウの羽は光を操れる。でも、彼らは攻撃的じゃないし、特別強い魔法を使うわけじゃない」
おいおい、そんな連中が普通ってどういうことだよ。俺の常識をぶっ壊してくれるじゃねえか。元々、この異世界で常識なんて何一つ通用しないのだが。
「でも、フェアリーフラワーとかエアウィスパーウルフみたいなやつは、すごく強い魔法を使うんだ。フェアリーフラワーは光の魔法で周りを照らして傷を癒せるし、エアウィスパーウルフは風の魔法で速く移動したり、風で攻撃できるの」
エルフィがそう補足した。光を操る花? 風を操る狼? 何でもありかクソッタレ。
「だから、モンスターは普通の動植物とは違って、攻撃的だったり、特別な能力を持ってることが多いから、注意が必要なのよ」
レイナが最後にまとめた。ふむ、つまりモンスターは強力で危険な存在ってことか。エルフィとレイナに教えてもらったことをしっかり頭に叩き込まないと。ここじゃ情報が命だ。俺、頑張れ。でも、情報があっても勝てる気がしないのが正直なところだ。魔法が使えるのは人間だけであって欲しかったんだが、二人の話を聞く限り状況は最悪だ。クソゲーから、さらなるクソゲーに突入だ。
「なるほどね。つまり、魔法が使えない俺は、エテルニアの食物連鎖の最底辺ってわけか。」
レイナは目を細めて俺を見つめ、眉をひそめた。
「魔法が使えない? 前にもそんなこと言ってたけど、あれって強い魔法が使えないってことだよね? どんなに微力でも、この世界で魔法を使えない生き物なんていないわよ」
彼女の言葉が鋭く刺さる。ああ、そうだよ、俺は本当に全く使えないんだよ。どんなに微力でもって、それがゼロなんだから仕方ないだろう。
「それがさ、レイナ……エレパートはエアブラストが全然使えなかったんだよ」
「エアブラスト? なんだそれ?」
「私が最初に教えた風の魔法のことだよ」
あれにも技名があったんだ。初めて知った。もっとも、名前があろうがなかろうが、俺には関係ないけどな。
「そりゃあ、エルフィ。あなたの魔法の技量に比べれば、ほとんどの人の魔法は拙く見えるかもしれないけれど……」
「違うの。ホントにぜーんぜん風が起こらなかったの!」
そこまで強調して言うことないじゃん。風太は俺の友達なのに、なんか貶された気分だ。
「ねえエレパート、本当に風のこと考えた?」
「ああ、エルフィの言う通りに、風を感じて前に出すイメージをした」
それにもかかわらず、風太には見限られてしまった。何が悪かったんだろう。俺のイメージ力がそんなに弱いのか?
「それはおかしいわね。人間は他の動物より想像力が豊かだから、魔法の才能がなくても、少しは発動してしまうはずなのに……」
「俺に魔法が使えないのは、異世界から来たからだと考えるのが妥当だな」
「そうね……、ひとまずそういうことにしときましょう」
レイナも納得したようで、話題を転じた。
「ともかく、今は前に進んでいきましょう。急がないと、夜になるまでに森を抜けられない」
俺とエルフィは頷き、三人で再度歩を進めた。
地図の情報が正確であれば、間もなく草原の端に達し、東の森の入り口が視界に入るはずだ。
「もうすぐ草原の端だな。森に入る前に、ちょっと情報を整理しようか」
俺は二人にそう提案した。
「うん、そうだね。魔力を吸収する植物とか、いろんな属性のモンスターがいるから、注意してね」
エルフィが答えた。
魔力。エテルニアでは、魔法は無限に使えるものではない。車がガソリンを必要とするように、魔法を使うにはエネルギーが要る。そのエネルギーをこの世界の住人は『魔力』って呼んでる。実に直感的な名前だ。まるでゲームのMPと同じだな。なんて考えながら、俺はエルフィの話に耳を傾けた。
「まずはこの森にいる動植物のことなんだけど、エリオットが言うにはフィトンバインとグロウルミナには気をつけた方がいいみたい。フィトンバインは絡んでくるから、光で追い払う方法を考えないとね」
「そうね。それとグロウルミナの毒の胞子も危ないから、どうにかして対処方法を見つけないと」
とレイナが付け加えた。
フィトンバインとグロウルミナ。こいつらは東の森の植物系モンスターの中でも特に厄介とのことだ。
フィトンバインは魔力を吸収して成長する蔓植物で、触れると絡みつく特性を持つ。光を嫌うって話は実に重要だ。強い光を当てれば、この絡みつき野郎を弱体化させることができるらしい。
次にグロウルミナについて。こいつは暗闇で光を発するキノコだ。周囲の魔力を吸収し、毒の胞子を放出するってんだから、始末に負えない。吸い込んだら致命的なダメージを受ける可能性があるって聞いて、背筋がゾクッとした。レイナの薬草で解毒できればいいのだが。
さてさて、この情報を踏まえて、俺ができることってあるかな……。考え込んでみるけど、うーん、ないね!
俺たちは他のモンスターに関する情報もきちんと整理した。これで少しは安心だけど、実際に対処するとなるとどうすっかな……。自分に問いかけるが、答えは見つからない。まあ、とりあえず進むしかないか。
「さて、作戦会議はこんなもんでいいかな」
「うん! もうこれ以上のことは私も知らないし」
「あなたたち、なんてメンタルしてるの? 今から危険なダンジョンに挑むというのに……。エルフィは魔法の腕もあるし、昔から旅慣れてるから分かるけど、エレパート、あなたは異世界から来て、こんな怪しげな森に入ることに対して恐怖を感じて然るべきなのに……」
レイナは驚きの表情を浮かべて言った。
「そんなことない。ちゃんと不安だって感じてる」
俺は肩をすくめた。こっちは食物連鎖の一番下にいるんだ。死なんていつも隣にいるようなもんさ。
「それにしてはあなた……作戦会議のとき、ちょっとニヤニヤしてなかった?」
レイナが疑いの目で俺を見つめる。
「え? 俺、笑ってた?」
思わず聞き返す。全く自覚がなかった。心の中じゃ全然余裕なんてないはずなんだけど。なんで笑ってたんだろう。緊張の裏返しとか、そんな感じか?
「エルフィも大概だけど、あなたも相当な変人ね。でもまあいいわ。この森には、昔から多くの探検者が挑んだけれど、帰ってこなかったって言われてるの。だから、慎重に進みましょ」
「おっけー、了解。でも、俺たちならきっと大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように答える。俺たちなら……そう、『俺たち』ならね。
「随分な自信ね。昨日は逃げるつもりだったみたいだけど?」
「逃げはしない。でも、エルフィって優秀な魔法使いなんだろ? だったら何も心配ない!」
「さいてー。他人任せなんて。少なくとも女の子二人の前で言うことじゃないわね」
「うん、エレパート……ちょっとカッコ悪いかも……」
エルフィが小声で呟くのが聞こえた。正直ぐうの音も出ない。しかし、改めて女子二人に言われると少し堪えるな。心にズシンと響く。
「だってしょうがないじゃん! 俺は魔法が使えないんだから!」
情けない言い訳しながらも、樹木が密集する入口に立つ。ここからが本番だ。今さら尻込みしても始まらない。
「ここが東の森の入り口か……。よし、行こう。二人とも、俺の後についてきてくれ」
二人に頼る気満々の俺は、それでもリーダーシップを取って二人を導いた。やっぱり、こうでもしないと格好がつかない。
「ふん、いまさらカッコつけても無駄よ」
レイナが鼻で笑った。
読者の皆様、第六話までお読みいただきありがとうございます。
今回は草原を抜け、いよいよ冒険の舞台が東の森へと移ります。エレパートたちの前に立ちはだかるモンスターや謎に満ちた森の中で、どのような試練が待ち受けているのでしょうか?続きが気になる展開です。
ここまでお読みいただき、本当に感謝しています。この後の展開についても、ぜひご期待ください。コメントや感想をいただけると、私も非常に励みになります。また、ブックマークや評価(★)もお忘れなく!
次回の更新もお楽しみに!