第五話「最後の晩餐」
エリオットは予想以上に気さくな人物だった。俺たちを招き入れると、すぐに夕飯の準備を手伝わせてくれた。
「よし、食べよう。話は飯食いながらでいいだろ?」
エリオットはそう言って、大きな鍋をテーブルに置いた。湯気と共に漂ってくる香りがたまらない。腹が鳴るのを堪えるのに必死だった。いや、これ絶対うまいに違いない。
食事が始まると、話題は自然とセレスティア王国に移った。エリオットは王国の美しい風景や、危険な生物について詳細に語った。
「王国へ行く道のりは険しい。特に夜は危険だ。森の中には目が光る巨大な鳥がいるんだ。まるで、夜行性のストーカーだ」
エリオットの言葉に俺は内心、ゾクッとした。夜行性のストーカーだなんて、冗談じゃねえ。エルフィは真剣な表情で耳を傾けていた。その姿を見て、俺も少しは心配した方がいいのかって思った。だけど、俺が怯えたらエルフィまで不安になる。ここは強気で行くべきだ、そう自分に言い聞かせた。
「じゃあ、早朝に出発しよっか。夜の森は危険そうだから」
エルフィがそう提案した。ほんとに旅慣れてるんだな。俺なんか、まだまだひよっこだってのに。ここは素直に従っておくのが吉か。安全第一ってやつだ。
「そうだな。でも、途中で村に寄れたりするのか? 食べ物とか水とかいるだろ?」
「水なら大丈夫だよ! 魔法でババーンと出しちゃうから!」
そうだった、エテルニアにはそんな便利ものがあったんだ。けど、魔法の水って純水なのか? なんか味気ない気がするが、今さらミネラルのことなんて気にしても仕方ないか。生きてりゃいいんだ、生きてりゃ。
「当時のままなら、村自体は平穏だが、注意も必要だ。最近、盗賊が増えているという噂が広がっている」
とエリオットが肩をすくめながら注意した。
盗賊かよ。ますます面倒くさくなってきたな。エリオットの話を聞けば聞くほど、この世界の危険さが身にしみる。前の世界と違いすぎて、生きて帰れる気がしない。こんなことなら、この村でおとなしくしてればよかったのか? いや、それじゃ俺のやりたいことに近づかない。
隣に座っていたレイナが、ふと口を開いた。
「盗賊か。それは確かに厄介ね。でも、私の感知魔法が役に立つかもしれないわ」
なんだ、感知魔法? それってどういう……。
「……、私もあなたたちの冒険に加わりたいの」
レイナは真剣な眼差しで俺たちを見つめた。あの違和感、ずっと引っかかってたものの正体はこれだったのか。彼女が冒険に加わりたいなんて思ってもみなかった。
「レイ、本気なの?」
エルフィの表情は戸惑いと不安に満ちている。そりゃ、驚くよな。俺だってそうだ。まさかレイナが俺たちの冒険に加わりたいなんて、想像もしなかった。
「ええ、本気よ。私も何か役に立ちたいの」
「村娘のレイナを連れて行くことに対して、エリオットはどう思うんだ?」
俺はエリオットに目を向けた。彼の反応が気になる。沈黙が続く。重苦しい沈黙だ。エリオットは少しの間、考え込むような素振りを見せた。やっと口を開いた彼の声は冷静で鋭かった。
「十分な理由がない限り当然認められん。セレスティア王国までの道のりは常に危険が伴う。それに、レイナはこの村にとって重要な薬師だ」
彼の主張は至極真っ当だ。エリオットの話を振り返れば振り返るほど、彼女を連れて行くのは無謀に思えてくる。エルフィがいるとはいえ、道中でレイナを守り切る余裕があるとも言い切れない。それに、俺もレイナを守る自信がない。魔法も使えないし、ただの物理学者だ。
「でも、これは村のためなの! 最近、薬草が全然育たなくて! 多分、エルフィが言ってた異常気象が原因だと思う……」
彼女の必死さが伝わってくる。まるでその言葉に全てをかけているかのようだ。何もかも捨てて、村のために戦う覚悟を決めたって感じだな。
「そんなことが起きていたのか……。だが、それだけの理由でお前を危険に晒すわけにはいかない」
エリオットの言葉は冷静だが、その目には困惑が浮かんでいる。守りたいって気持ちと、彼女の意志を尊重したいって気持ちがぶつかり合ってるのだろうか。こんな状況で、俺がエリオットの立場ならどうする? そんなこと意味のないことを考えちまう。
「エリオット……、私、どうしても行きたいの」
レイナの声が震えている。涙が目に滲んで、頬を伝っている。こんなにも切実だったなんて、思いもしなかった。俺はただ息を呑んで、その場に立ち尽くしていた。
「レイナ……」
エリオットも言葉を失ったようだ。彼女の決意と涙が、エリオットの心に重くのしかかっているように見える。なんだか、見ているだけで俺の胸も締め付けられるような気分になる。
「子供の頃、両親が病気で亡くなった後、あなたが私を引き取ってくれたこと、今でも覚えてるよ」
「そうか、お前はあの時のことをいまだに……。しかし、俺はお前の両親に母の命を助けてもらった。その恩を返そうとしたに過ぎない」
「でも、あなたが鍛冶屋の仕事で忙しい時も、私の面倒を見てくれた。だから、私も何か恩返しがしたいの」
エリオットがしばらく黙り込んだのがわかった。娘同然のレイナを手放すのは、そりゃ容易じゃない。俺が同じ立場だったら、どうするんだろう。考えても無駄だな。俺には子供がいない。
「エリオット、これまで本当にありがとう。あなたのおかげで、私は強くなれた。今度は私が村のために役立つ番よ」
レイナは深く一礼し、感謝の意を述べた。彼女の決意が、彼女の言葉に詰まっているのが見て取れた。純粋で、強い。
エリオットは深く息をつき、真剣な表情でレイナを見つめる。彼の眼差しに、迷いと理解が交錯している。どちらの感情が勝つんだろう?
「レイナ、お前がいなくなるのは寂しいが、お前の決意は本物だ。でも、なぜそんなに危険な旅に出たいんだ? この村に残ってもできることはあるだろ」
「私はずっとこの村で暮らしてきた……。でも私は、広い世界を見て、自分自身を成長させ、新しい経験を求めたいの。両親が亡くなったとき、あなたが私を守ってくれたように、私も誰かを守りたい。そして、この異常気象の原因を突き止めて、苦しんでる人を助けたいの!」
エリオットはしばらく考え込んだ後、静かにうなずいた。彼の心の中で何かが決まったのがわかる。
「……分かった、レイナ。お前の意志を尊重する。しかし、必ず無事に戻ってくれ」
その言葉に、レイナの表情にはほっとしたような安堵の色が浮かんだ。エリオットの理解が、彼女の心をわずかに和らげたように見えた。
彼女は深く息を吸い込み、目を閉じ、決意を新たにしたかのように言葉を紡いだ。
「ありがとう、エリオット。必ず無事に戻るわ。そして、村のみんなが幸せになる方法を見つけてくる」
俺はそのやり取りを見守りながら、レイナの決意の強さに山の如き揺るぎないものを感じた。この旅がどれほど険しくとも、彼女ならきっと乗り越えられるだろう。
らしくもなく、胸が熱くなった。俺に何ができるんだろう? 正直、分からない。でも、考えるのは後だ。今は行動するしかない。
◇
旅立ちの日、静かな朝が訪れる中、俺たちは村の中央に集まった。空気は冷たく澄んでいて、胸に染みる。朝早いのに、何人かの村人たちが見送りに来てくれた。こういう小さな村だからこそ、人と人のつながりが強いんだろうな。もちろん、その中にはエリオットもいた。
「エリオット、本当にレイナのことは大丈夫なのか?」
「レイナが自分で決めたことだ。それに、彼女の回復魔法と感知魔法はお前たちの旅にきっと役に立つ」
「そういうことじゃなくて……」
「ん? ああ、もちろん寂しさと心配はある。しかし、レイナも独り立ちする時が来たんだ」
エリオットはレイナが旅に出ることをどう思っているのか。本当に心の底から納得しているのか。俺はエリオットの表情を見て、真意を探ろうとした。でも、彼の目には迷いなんてなかった。むしろ誇りすら感じられた。大切な人が新しい道を歩む時、それを見守るのも一つの愛情ってやつだろう。
もし俺に子供がいたら、こんな感情を抱くのだろうか。エリオットはレイナの実の親じゃないけど、昨日のレイナの様子を見て、エリオットの思いがどれだけ深いものか、俺にも分かった。絆ってのは、血のつながりだけじゃない。そんなことを考えながら、俺はエリオットの横顔をじっと見つめていた。まさに男が惚れる漢って感じの表情をしている。
だけど、残念ながら俺にはエリオットのように他人を本気で思う気持ちも、それを素晴らしいと思う感情もそれほど持ち合わせていない。俺はただ、淡々とした自分の感覚の中で生きている。
「さあ、二人とも。準備はできた?」
エルフィが声をかける。エルフィはもう準備万端で、いつでも行けるって様子だ。
「ああ、バッチリだ」
俺は短く答えた。
「うん、私も大丈夫。必ず災害の原因を突き止めて、村のみんなを守る」
レイナが自分に言い聞かせるように力強く宣言する。それが空元気なのか本心なのかは定かではない。
「じゃあ、行こう!」
エルフィがそう言うと俺たちは村のゲートに向かって歩き出した。エリオットが最後に声をかける。
「レイナ、気をつけてな。くれぐれも無茶はするな。お前のこと、大切に思ってるから」
エリオットの言葉に、レイナは一瞬、目を閉じて深呼吸した。そして、優しく微笑んで答えた。
「うん……、行ってきます! 必ず、無事に帰るから」
エリオットはレイナを見送りながら、何度も手を振っていた。レイナも振り返り、輝くような笑顔で手を振った。その笑顔が、どこか痛々しい。
レイナが村を背にした瞬間、その後ろ姿はまるで全てを背負っているように見えた。
村から少し離れると、顔を俯かせ、必死に涙を堪えようとしているレイナの様子がちらりと俺の目に入った。レイナの決意と苦しみ、その両方が彼女の肩に重くのしかかっているのがありありと分かった。
「泣いてもいいんだぞ、レイナ」
彼女は一瞬足を止めて、こちらを見た。その瞳には、溢れんばかりの涙が宿っていた。俺の言葉が、どれだけ彼女の心に響いたのかは分からない。でも、少なくとも今の彼女には、泣くことが必要だと感じた。
「泣くことは弱さじゃない。人間に泣く機能が備わっているのは、それが人間にとって必要なものだからだ……と俺は思ってる」
俺の言葉に反応し、レイナの頬を一筋の涙が流れ落ちた。彼女はその場に立ち尽くし、大きく息を吸い込んだ。そして、震える手で涙をぬぐった。泣くことの意味、レイナの涙の重さ。それを感じ取ることができるのは、俺もまた人間だからだろうか?
「ありがと……。でも、今はまだ泣けないの」
その言葉を口にして、彼女は再び歩み出した。俺はその背中を見つめながら、自分の言葉がどれほど彼女に響いたのかを考えていた。
道中の風は冷たく、未来は不確かであったが、レイナの決意は揺るがないだろう。
「レイナの覚悟の強さに、私も負けてられないな……」
エルフィがポツリと呟いた。俺たち三人の足音が、小さな村の狭い道に響いていた。レイナの涙、エルフィの覚悟、そして俺の望み。すべてがこの足音に詰まっている。冷たい風が吹きつけても、俺たちは歩みを止めない。レイナの涙が示す強さに感化されたのか、俺もまた前に進む覚悟を決めた。
皆さん、ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回のエピソードでは、新たな仲間、レイナが加わる決意を示しました。彼女の決意とエリオットとの別れのシーンは、私自身も書きながら胸が熱くなりました。この物語は、ただの冒険だけでなく、キャラクターたちの成長や人間関係の深まりも描いていきたいと思っています。
次回のエピソードでは、いよいよセレスティア王国への旅が本格的に始まります。彼らがどのような困難に立ち向かい、どのように成長していくのか、お楽しみに!
引き続き応援のほど、よろしくお願いします。もし気に入っていただけたら、ブックマークや評価(★)、感想をいただけると励みになります。
それでは、次回の更新もお楽しみに!