第三話「エルフィの使命」
エルフィの話を聞きながら歩いていると、村がだんだん近づいてきた。疲れた体に、この風景が少しだけ安らぎを与えてくれる気がした。
「もう少しだよ。見えてきたでしょ?」
遠くに小さな家が見え始める。やっとだな。
「村に着いたら、最初に何するんだ?」
「うーん、特に決まってないけど、とりあえずみんなに挨拶かな」
「そっか、俺もちゃんと挨拶しないとな」
「うん、みんな優しいから大丈夫だよ」
エルフィがそう言うなら、大丈夫だろう。必要のない嘘を言うタイプでもなさそうだし。村の入口に近づくと、何人かの村人が温かく迎えてくれた。エルフィはすぐに彼らと冗談を交えながら話し始めた。どうやら彼女はこの場所に既に顔なじみらしい。
俺も早く、こんな風にどこでも馴染めるようになりたいもんだ。研究室にこもってばかりだと、どうもコミュニケーション能力に自信がなくなる。俺だって、もっと外に出て、人と話す機会を増やさなきゃダメだな。でも、そんな簡単に変われるもんじゃない。やっぱり、一歩一歩だ。
村人たちの温かい歓迎を受けながら、俺は自分の内面と向き合う。エルフィのように自然に振る舞うのは難しい。それでも、少しは自分を変えていきたいと思った。自分自身を変えるためのきっかけが、こういうところに転がっているかもしれない。
「エルフィ、久しぶり!」
村人の一人が声をかける。エルフィは、そんな風に迎えられる存在なんだな。さながら地元のヒーローじゃないか。
「おかえり、エルフィ!」
また別の村人が声をかける。俺もあんな風に誰かに声をかけられたら、どんな気分になるんだろう。少し羨ましい。
「ただいま! この人は私の友達のエレパートだよ」
「こんにちは、私はサ……、単なる旅人のエレパートと申します」
前の名前を口に出しそうになる。やばい、まだ慣れてない。どうしても前の自分がちらつく。過去って、そんなに簡単に切り離せるもんじゃないんだな。
「こんにちは、エレパートさん。この村は小さいですが、静かで平和な村ですから、どうぞゆっくりお過ごしください」
村人たちは親しげに挨拶を返してくれた。エルフィの言った通り優しい人たちのようだ。こんなに暖かい雰囲気、俺のいた世界じゃ感じたことなかったな。最近じゃ、若者がイヤホンをつけながらコンビニで会計しているのをよく見かける。あの冷たさとは大違いだ。
「エルフィ、この村に来たってことは、また魔法のトークショーかい?」
「ううん、今日はちょっと違う用事があるんだ……」
エルフィは微笑む。その微笑みには何か含みがある。エルフィの笑顔の裏に隠された秘密、それが何なのか俺には分からない。
◇
村の中心にある広場には、いくつかの店が並び、その光景はどこか懐かしさを感じさせた。いつの日か映画で見た田舎の祭りのようだな、とふと思う。
「ここが村の中心なのか?」
「うん、ここでみんな集まって話したり、買い物したりするんだ」
「エルフィ、最初に何をするんだ?」
「うーん、まずは友達に挨拶しよっか!」
すると、一人のムキムキな男がダッシュで駆け寄ってきた。短く刈り込んだ黒髪に濃密な髭を生やし、筋肉質で鍛え上げられた体躯を誇っている。黒いエプロンを身にまとっていて、まるで戦士の鎧みたいだ。エプロンなのに、どうしてそんなに堂々としてるんだ? ちょっと笑える。
「エルフィ、よく来たな! 元気だったか?」
「エリオ、お久しぶり! もちろん、私はいつでも元気だよ! エリオは?」
「もちろん元気さ。最近、顔出さなくなったから心配してたんだ」
「心配かけてごめんね……。故郷でいろいろあって」
エルフィの顔に一瞬影が差した。まただ。この村に来るまではずっと明るかったのに、この村に来てからしばしばこのような表情を見せる。故郷で何があったんだ? 気になるが、今は黙っておこう。
「そうか……。まあ、募る話はあとだ。とりあえず、また時間があるときに俺の店を訪ねてくれ。お前のためにスペシャルな杖を作ってやる」
「ありがとう、エリオ。実は杖を買うのもここに来た理由の一つなんだ」
「ようやく俺の杖を使う決心がついたのか」
「あの頃は、私の魔法がまだまだで、分不相応だったからね」
そういえば、エルフィは小さな杖を持ってたっけ? 杖ってなんの意味があるんだろう。魔法使いにとって杖は何か特別な意味があるのか? いや、きっとあるんだろうな。実に興味深い。あとで聞いてみよ。
「君がエルパートか。初めまして、俺はエリオット・グリーンフィールド、この村で鍛冶屋をやっている」
男の低い声が耳に響く。その声には、底知れぬ自信と、どこか暖かみが感じられた。差し出された手は、剛健さを持ちながらも、優しさが備わっている。彼の瞳を見れば、俺に対する真っ直ぐな信頼と歓迎の意が一目で分かった。
「初めまして、エルパートです。どうぞよろしくお願いします」
俺は少し緊張しながらも、手を差し出した。エリオットの握手は予想以上に温かくて力強い。
「旅人だって聞いたぞ。エルフィの友達なら歓迎するぜ。村のことなら何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます」
礼を言いながら、俺の心の中ではエルフィとこの村、そしてエリオットとの関係についての疑問が渦巻く。エルフィは一体、この村でどんな存在なんだ?
その時、視界の端に動きが見えた。長い茶色の髪を三つ編みにした女性が、静かに近づいてくる。その姿に、一瞬、俺の息が止まる。
彼女の美しい顔立ちはまるで絵画のように優雅で、赤い瞳がルビーの如く輝いている。知性と優しさがその瞳の奥に宿っているのが感じられる。
肩甲骨まで届く髪には、小さな緑のリボンや草花が編み込まれ、自然と一体になったかのような印象を与える。白と緑のシンプルで機能的なドレスを着ており、そのエプロンには繊細な刺繍が施されている。
腰には小さなポーチが付けられ、足元は頑丈な革靴でしっかりと守られている。首には銀のペンダントが輝き、手首には革製のブレスレットが巻かれ、耳たぶには小さな金のピアスが光を反射してきらめいている。
「エルフィ、久しぶり!」
「レイ、久しぶり! 元気にしてた?」
親しげに話す二人。その表情はほころび、まるで長い間離れていた友人同士が再会したかのようだ。俺はその光景を少し離れた場所から見つめていた。二人の間に入るのは、どうにも気が引ける。あの二人の空気を壊すのがなんだか申し訳ない。
「もちろんよ。あなたは……見ない顔ね」
その女性の目が俺に向けられると、急に緊張が走った。やばい、ちゃんと挨拶しないと。
「は、初めまして。エレパートと申します」
俺の声が震えたのは、緊張のせいか、それとも彼女の圧倒的な存在感に圧倒されたからか。くそ、こんなに緊張するなんて自分でも驚きだ。もっとリラックスしなきゃ。そう自分に言い聞かせるが、体が言うことを聞かない。
「ああ、さっきみんなが話してた旅人ね。よろしく、エレパート!」
いきなりタメ口か……。エルフィほどではないが、その女性は俺よりも若く見える。まあ、向こうがフランクな態度を求めているなら俺もそれに応えよう。ここで変に緊張してたら、男としての威厳が保てない。
「よ、よろしくお願いします」
くそ、やっぱりダメだ。エルフィのときのように自然に接することができない。
「エレパートの噂、広がるの早いね」
「当然でしょ。ここは田舎の小さな村なんだから」
エリオットが笑いながら二人の会話に加わった。
「レイナ、エルフィがこの村に来た目的、知ってるか?」
「いや、聞いてないけど、何か用事があるみたいね」
エリオットがレイナと呼ぶその女性が首をひねる。レイってあだ名なのか?
レイナがエルフィに向き直る。
「で、エルフィ。今日は何しに来たの?」
「実はさ、最近、大きな問題が起きちゃったんだ……」
俺はエルフィの横顔を見つめた。嵐の前の静けさ。そう、まさにそんな感じだ。胸の中に不安の雲が渦巻く。嫌な予感しかしない。エルフィのこの表情。穏やかじゃない。
「どんな問題なんだ?」
エリオットが問いかけた声が、静けさを破った。エルフィの答えに俺は耳を傾けた。
「セレスティア王国の近隣で異常気象が頻発しているの。洪水や干ばつ、竜巻とか……。故郷の人々もみんな怯えている……」
その言葉に、村人たちはざわつき始めた。レイナの顔には驚愕が浮かんでいる。俺は異世界の事情なんてよくわからない。でも、エルフィの真剣な顔つきと村人たちの反応を見れば、これがただの異常気象じゃないことは明らかだ。
「それって、他国の魔法による攻撃ってこと?」
レイナが質問を投げかけた。彼女も不安そうだ。
「うん、王国はそう推測しているの」
そうか、魔法か。なんてこった。俺は魔法のことなんてさっぱりだが、それが関わっているとなると厄介だ。自然現象であれば俺の科学の知識を使って幾らか策を講じられたかもしれないが、魔法じゃどうしようもない。それに、これは完全に人間の意思による攻撃だ。他国からの宣戦布告とも受け取れる。
エリオットは腕を組み、深く刻まれた皺がさらに深くなる。何か考え込んでいるようだ。そして、沈黙を破り、エリオットがエルフィに問いかける。
「で、エルフィ。お前はどうしたいんだ?」
「正直、王国に協力するのは嫌だけど、いずれ故郷の村にも影響が出るかもしれないし、助けが必要な人たちを見て見ぬふりはできない。だから協力することにした」
「……、お前らしいなエルフィ。昔と全く変わっていない。慈悲深い子だ」
「そんなことないよ……」
エリオットの言葉に、エルフィは照れくさそうに答える。
「おっしゃ、わかった! 俺が協力できることなら、なんでもやってやる。それに俺らの村だって、災害の被害を免れるとは限らねえしな」
「ありがとう、エリオ。王国に行く前にちょっと寄り道して、この村に来たのは装備を整えるためでもあるの。私、王国にツテがなくて、装備を買えるところがここくらいしか思いつかなかったんだ……」
「買うとか言うんじゃねえ! 最高の杖をプレゼントしてやる」
エリオットはそう言って、俺たちを見てニヤリと笑った。その笑顔には決意と自信が滲み出ていた。
「エリオ、本当にそれでいいの? エリオの腕前、ここの地域じゃ超有名だから、お金取らないなんて損だよ……」
「エルフィのためなら惜しくないさ。それに、村のみんなが協力してくれるなら、もっと強い装備も作れるはずだ。そうだよな、みんな?」
エリオットはにっこりと笑いながら、周囲に視線を投げかけた。村人たちは一斉に頷いた。彼の言葉には不思議な力がある。みんなを巻き込むのが上手い。俺には到底真似できない芸当だな。
「よっしゃ、決まりだ! みんなでエルフィをサポートしよう!」
「「「おー!!!」」」
村人たちの声が一斉に上がる。この連帯感、悪くない。エリオットは満足げに頷くと、鍛冶場に向かって歩き出した。俺たちもすぐに後を追った。彼の後ろ姿を見ながら、俺はふと考える。
エルフィのために、俺は何ができるんだろうな。魔法が使えない俺はこの世界じゃ足手纏いにしかならないのでは? エリオットの背中がやけに遠く感じる。しかし、エルフィのために、俺にできることを見つけたほうがいいだろう。どんな小さなことでも、彼女に恩返しをして、媚を売っておくべきだと俺の勘が言っている。
◇
鍛冶場は熱気に包まれていた。空気が重く、汗がじっとりと肌にまとわりつく。俺はエリオットが素材を並べる様子をじっと見ていた。ただ素材を並べるだけなのに、その手際の良さに感動を覚える。
エリオットは一本の良質な木材を手に取り、丁寧に節を取り除いていく。その動きが実に自然で、無駄が一切ない。まるで木材がエリオットの意図を理解しているかのようだ。
やすりを使って木材の表面を滑らかにする様子は、本当に見事だ。その後、ノコギリと小刀を使い分けて形を整える姿に、俺はただただ見惚れるばかりだ。これが職人技ってやつか。本当にすげえ。
エリオットは一度髭を触り、素材の配置を確認すると、深呼吸して炎の魔法を使った。なんか儀式みたいでカッコいい。
(おいおい魔法って、こんな使い方もあるのか。めちゃくちゃ便利じゃねーか!)
思わず心の中で叫ぶ。俺も早く魔法を使えるようになりたい。でも、たとえ魔法が使えたとしても、エリオットのような職人の技術には到底及ばない気がする。
エリオットの手から小さな炎が噴き出し、木材を柔らかくするために軽く熱する。その温度を微調整しながら、慎重に形を整えていく。その集中力が伝わってきて、俺も自然と緊張してくる。俺の心臓がドキドキし始める。
ハンマーの音が鍛冶場に響き、木屑が舞い散る。エリオットの集中力がさらに高まっているのが感じ取れる。おそらく、今は木の杖に彫る装飾を仕上げているところだろう。
俺はすかさず白衣の胸ポケットから自分のノートを取り出し、考えをまとめ始めた。思考を整理しなければ、どうにも落ち着かない。何か書くことで少しはスッキリするかもしれない。これまでの経験上、書き出すことで考えがまとまり落ち着くことが多かったからだ。
1. エネルギーの制御:
- 魔法は、エネルギーの直接的な制御を可能にする。
- 量子力学におけるエネルギー状態の遷移と同様の現象が起きている可能性。
2. 波動関数の干渉:
- 魔法の発動には、エネルギーの波動関数が関与している。
- 干渉や共鳴を利用して、特定の効果を引き起こす。
3. エネルギー保存の法則:
- 魔法がエネルギーを生成または消費する場合、そのエネルギーの出所や変換プロセスを解明する必要がある。
エルフィは俺がメモをとっている様子を見て、不思議そうな顔をしていた。エルフィの表情から察するに、どうやら俺の行動が理解できないらしい。
「何してるの?」
「いや、少し気になったことを書いていただけだ……」
「ふーん。まあいいや」
エルフィは軽く肩をすくめて、エリオットの作業の方に視線を戻した。彼女の関心はそちらに移ったようだ。
それにしても、俺の考えはまだまとまっていない。エネルギーの制御や波動関数の干渉、エネルギー保存の法則……。頭の中でそれぞれの項目がぐるぐると回っている。どれも仮説に過ぎないが、それらがどう結びつくのか。俺の中で答えが出るまで、まだまだ時間がかかりそうだ。
「完成したぞ、エルフィ。どうだ、すごいだろ?!」
エリオットが手に持つその杖、ただの木の棒じゃない。素人の俺の目にも、それが一瞬でわかった。表面は滑らかで、まるで水の流れを凍らせたみたいな美しい曲線が浮かんでる。
(これ、本当に手作りか? 信じられないな)
杖の中心にはクリスタルが埋め込まれてて、その中に小さな火のような光がゆらゆらと揺れてる。このクリスタルが放つ光、杖全体のエネルギーを象徴してるみたいだ。
エルフィが杖を受け取って、その重みと質感に驚いてるのが見て取れる。杖のバランスが完璧で、持つだけで自分の一部みたいに感じるらしい。
「これ、本当にすごいわ、エリオット。まるで生きているみたい……」
エリオットは誇らしげに微笑んでる。彼の手作業と魔法の融合が生み出したこの傑作に自信満々だ。この杖はただの道具ではない。彼の技術と魔法の力が結晶した、まさに芸術品そのもの。
エルフィは笑顔で杖を振ってみせた。ほんとに嬉しそうだ。なんか、俺もその喜びを共有できた気がする。俺もこんな風に誰かを喜ばせることができるようになりたい。
「エルフィ、杖ってなんの効果があるんだ?」
俺はエルフィに聞いた。魔法を使うための杖、それにはどんな意味があるのか、ずっと気になっていた。杖なしでも魔法が使えるようだし。
「さあね」
「え?」
「知らない」
「じゃあ、なんで使ってるの? 重いだけじゃないか」
「うーん、でも、杖使ってるときの方がなんか魔法の調子いいんだよね」
それが答えかよ。プラシーボ効果ってやつか? でも、それだけで重い杖を持ち歩く理由にはならないだろう。俺が期待していたのはもっと合理的な説明だ。それなのに、ちょっと拍子抜けした気分だ。
それにしても、エルフィってやつはどうにも掴みどころがないな。天然っぽいし。考えが浅いのか、それとも何かを隠しているのか。
やはり、魔法という飛び道具がある以上、勉学の重要性が低くなることは想像に難くない。だから、もしかして、この世界には、ロジカルな考えを持つ人が少ないんじゃないかって思ってしまう。エルフィだけかもしれないが。でも、その自然体なところが逆に魔法に対する感覚を鋭くしてるのかもしれない。村の人に少し聞いた話じゃ、エルフィは魔法使いとしてかなり優秀らしい。
皆さん、いつもご愛読いただきありがとうございます!いかがでしたでしょうか、エレパートとエルフィが村に到着し、新たな仲間たちとの出会いを描いた第三話。
今回のエピソードでは、エレパートが新たな環境に順応しようと奮闘する姿と、エルフィの故郷に対する複雑な感情が描かれました。また、エリオットという頼れる鍛冶屋の登場により、物語はさらに広がりを見せています。エルフィの持つ杖がどのような意味を持つのかも、今後の展開で明らかになっていきますので、どうぞお楽しみに!
エレパートとエルフィがどのようにしてこの村での生活を送るのか、そして彼らが直面する新たな試練とは何か……。次のエピソードもどうぞお見逃しなく!
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では、次回もお楽しみに!