プロローグ「量子の彼方で」
俺は佐藤太郎。二十八歳の物理学者。桜木大学の量子力学研究所に勤めている。俺の研究テーマは『量子重力理論に基づく新素粒子の探索とその応用』だ。
毎日毎日、新しい素粒子を探すために、実験室で孤軍奮闘。計算や装置の操作に終始没頭。朝早くから夜遅くまで、画面と睨めっこ。時々、手が震える。集中力が波動関数のように揺らぐ。やっぱり俺も人間なんだな、と実感する瞬間だ。
ある日、ついに新しい素粒子の存在を示すデータを取得した。
「やった……、ついに検出した!」
俺はモニターを凝視し、ガッツポーズをして叫んだ。心の臓が早鐘のように打ち、全身にアドレナリンが駆け巡る。しかし、その刹那、装置がビーッビーッと鳴り始めた。
「何だよ、これ。何が起きてる?」
成功の歓喜が一瞬にして不安に変わった。胸の高鳴りが一気に冷める。何が原因だ? 機械の故障か、データの異常か、それとも……。とにかく、落ち着け。パニックになったら終わりだ。状況を把握しなきゃならない。
「なんだこの数値!」
モニターの数値が異常な値を示している。
「やばい、どうにかして止めないと!」
焦燥感に駆られながら、俺は装置のパネルに向かう。必死に制御を試みるが、装置はまるで俺を嘲笑うかのように無反応だ。
「くそ、なんてこった!」
汗が額ににじみ出る。ボタンを押し続けるが、装置は無視し続ける。なんでこんなことになったんだ? どこで間違えた?
突如、実験室全体が異常な光に包まれる。やばい、やばい、やばい。
「本格的にやばい! どうしよう!」
光がどんどん強くなっていく。急いで誰かに知らせなければ。このままじゃ終わる。終わるなんてもんじゃない、大惨事だ。根拠は無いが、そんな気がする。
「誰か、至急実験室に来てください! 装置が制御不能なんです!」
俺は緊急連絡を発信した。頼むから、誰か早く来てくれ。このまま俺一人じゃどうにもならない。どんどん不安が募る。
すると、実験室のドアが勢いよく開いた。
「何があった、佐藤くん!」
田中教授の姿が目に飛び込んできた瞬間、俺の心は安心と焦燥の間で揺れ動いた。
「佐藤くん、状況を説明してくれ!」
教授の声が実験室に響き渡る。俺は震える声で答えた。
「新素粒子の検出に成功したんですが、その直後に装置が制御不能になったんです。今にも爆発しそうな勢いで……!」
田中教授は俺の話を聞きながら装置を見つめ、冷静に分析している。さすが、ベテランの教授だ。しかし、状況は一刻を争う。
「佐藤くん、君は中央制御パネルに行ってくれ。私は補助システムを確認する」
「はい!」
教授の指示に従い、俺は急いで中央制御パネルに向かう。手は震えたままだが、もう後戻りはできない。
「よし、まずは冷却システムを再起動させるんだ」
田中教授の声が背中を押す。俺は冷却システムのスイッチを探し、全力で操作する。しかし、装置は依然として異常な光を放ち続けている。なんでだ、なんで反応しない?
「冷却システムが反応しません! 次はどうすれば……!」
「次は非常停止ボタンを押すんだ!」
田中教授の指示に従い、俺は非常停止ボタンに手を伸ばす。しかし、ボタンは高熱で触れられない状態だ。
「くそ、ボタンが熱くて触れない!」
「待っていろ、佐藤くん! 私が非常用の手袋を持ってくる!」
田中教授は急いで備品棚に向かう。その瞬間、俺の直感が告げる。
(これはまずい。今すぐ止めないと!)
焦りが体を支配する。心臓が早鐘を打ち、思考がぐちゃぐちゃになる。装置の中心に突っ込むしかないのか? 他に方法はないのか? でも、もう時間がない。そんな気がする。やるしかない。
「田中教授、こっちに来ないでください! 危険です!」
俺は叫ぶ。教授たちが駆け寄るのを見て、すぐにそれを手で制止する。
「佐藤くん、何をする気だ!」
田中教授の声が耳に入る。その問いかけに答える前に、俺はもう決意を固めていた。
「俺が装置を止めます。何があっても、絶対に入ってこないでください!」
自分の声が震えるのを感じながら、俺は装置の中心に向かって走り出した。心臓が激しく鼓動する。全身の感覚が鋭くなる。すべてがこの瞬間に集中している。
「うおおおおお!」
装置から放たれた閃光が目を刺す。眩しさに耐えながら、研究所全体が揺れるのを感じた。制御パネルに手を伸ばそうとするが、空間が異様に歪んでいる。何なんだ、この感覚は? まるで現実が崩れかけているようだ。
(あ、これ俺、死ぬな……)
その思いが頭をよぎる。強烈な光の中で視界がどんどん歪んでいく。周囲の空間が大きく捻じ曲がり、まるでブラックホールの内部にいるかのようだ。恐怖が胸を締め付ける。だが、後戻りはできない。ここで終わるのか? いや、まだだ。絶対に諦めない。
「佐藤くん、無事か!」
田中教授の声が遠くから聞こえる。しかし、その声も時空の歪みに飲み込まれていく。気力は残りわずかだ。必死にパネルに手を伸ばす。しかし、エネルギーの奔流が俺を押し戻す。無力。無念。すべてが無駄に思える。この異常な光の中で、意識がどんどん遠のいていく。
(これで……本当に終わりか……)
意識が消えゆくその瞬間、俺は人生を振り返り、微かに笑った。
(せめて、最後にあの素粒子の正体を解き明かしたかったな……)
そして、全ては闇に包まれた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。これからの展開にもご期待ください。感想や評価(★)、ブックマークもお待ちしております。皆様のご意見やご感想が、私の執筆活動の励みになります。それでは、次回の更新をお楽しみに。