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#8 王都に立つ

「こ、これが……王都」

 思わず声が出た。

 眼前には、人であふれた街道が定規でひいたように真っすぐ横たわっている。今出てきたばかりの駅舎も、港町ザッシュの素朴で剛健な建屋とは似ても似つかない。流麗な模様がほどこされたオシャレな柱や、やたらと高価な食事処が幅をきかせていた。プラットフォームがいくつもあり――単線のザッシュはもちろん一つ――東口に出てくるまで十分は迷った。

 どん。

 衝撃が身体に響いて、ユイは一歩前に踏み出した。転倒は避けられたが、急に重心が乗った右足首が妙な音を立てる。

 ユイが振り向くと、急ぎ足で過行く人たちが大勢見えた。誰にぶつかられたかすらわからない。

「こ、これが……都会」

 思わず口の端がゆがんだ。ザッシュのおおらかな人と街並みがウソのように、ここでは誰もの時計が速く進んでいる。ぱっと見渡しても、工事中の建物が散見され、街の新陳代謝が活発であることがわかった。

 それはしかし、誰しもが他人とのしがらみから離脱している証拠だ。人と人の重力から自由になってるから軽やかに動けるんだ。ユイは思い。はぁとため息をついた。

 昨夜泊まったアルジャントは結構良かった。山間の田舎町という表現がぴったりだった。朝一番で魔列車に乗って、東へ、王都に向かった。車窓に映る景色の中の緑は、東向するにつれ、てきめんに減っていった。

 終着地のここはどうだ? 遠くにこんもりとした山が一つ見える。それだけ。後は街、街、街。

 どうしたもんだろう? ユイは考える。カズキの腹心、リカに会うためにやってきたものの、捜せる自信がない。あまりに簡単に考えていた。カズキともなれば、超有名人で「ああ、あの家だよ」と誰しもが知っているようなイメージ。なんなら標識でも立ってるんじゃないかとすら思っていた。

 だから、ドネザル南駅に着いてすぐ、駅員に聞いた。返ってきたのはまったく予想していない言葉だった。

「大魔法使いロードコードの家? 知るわけないですよ! ははは! ああいう人は隠れて暮らしてることが多いですからね。万一に備えてってやつです。だから、誰も知らないんじゃないかなぁ? 僕は一度だけ街で見かけたことがありますけど。そのときサインもらいました。この詰所に飾ってあるんで見せましょうか? ははは」

「そ、そんな……わ、私どうしても行かなきゃいけないんです! あ、でもサインは見てみたいかも! うん! 見せてほしい!」

 せっつくと、駅員は「変わったお嬢さんだなぁ」と言いながら見せてくれた。初めてカズキの字に触れ、なんとなく『っぽいな』と思った。お礼を言い、東口へ誘う標識を頼りに歩き、迷い、歩き、ようやくここまできた。

「あっ!」

 ユイは弾かれたように声を上げた。周りの人々が目を向けてきたのがわかった。しかし、そんなことはどうでもいい。

 カズキの字、カズキの字。

「もしかして、あの巻物に何かヒントを書いてくれてるんじゃ!」

 ユイは肩に下げていたカバンを漁った。

「ん? あれ? あれえ?」

 すぐに取り出せるよう、一番上に入れていたし、なんならお守り替わりに隙あらば撫でていた。先ほどカズキの字を見せてもらったときもこっそり触っていた。

「ないっ! うそっ! ないー!」

 カバンを地面におろし、ひざまずいて中身をあらためた。どこにもない。舌先がひりひりと乾く。

「そんなっ! ……ええええ! うそでしょ?!」

 これでは何のためにここまで来たのかわからない。カバンの中の服にぽたぽたと雫が落ちる。「ない! ないよぉ!」声にならない声が、東口の通りに響いた。周りにはいつの間にか人が集まってきていた。

「ちょ、ちょっと失礼……お、お嬢さんどうかしましたか? 何か問題でも?」

 人だかりをわけ、メガネをかけた長身の男が声をかけてきた。王国の役人の制服を着ている。

「ないの! 私の! ついさっきまであったのに! どうして?!」

「そ、それじゃわからないですねぇ……な、何がなくなったんです?」

「巻物! 何かはわかんない! でもすごく大事なの! あれがないと……」

 視界がかすむ。世界がゆがむ。ユイはとうとう手を止めて大声で泣き始めた。

「ま、参ったな……よ、弱ったなぁ。役人としてほっとくわけにもいけないし……ちょ、ちょっとす、すみません新人さん! た、対処してくれませんか? 同じ女性だし……け、研修の一環ということで……ぼ、僕……女性の涙にはどうしたらいいかわからないので……」

 メガネが後ろを向き、手をひらひらとさせた。

「わかりました」という声が聞こえたような気がする。自分の泣き声で耳がバカになりつつある。でも、今は泣くしかできない。ユイはカバンに向かって突っ伏した。誰かが側にきた。

「大丈夫ですか……ってユイ!」

 懐かしい声が聞こえ、嗚咽が止まった。顔を上げる。

「メイ!」

「何してんのこんなところで!」

「メイ! メぇーイぃ!」

 ユイはメイに飛びついた。

「え?! 君の知り合いですか?!」

 メガネがメガネを直しながら、こわばっていた肩をどさりと落とした。

「はい。幼馴染です」

 メイの手が頭を優しくなでてくれている。ユイはメイにしがみつく手に力をいれ、友と一体化しようとした。

「どうしたのよ? まったく……離れてるってのに、あんたにはいつでも退屈しないわ……って痛い痛い痛い! 強い強い!」

「あ! ごめん!」

 ユイは手を離し、しゃがんでいるメイと向き合った。

「う、上手く言えないんだけど……とにかく大事な巻物がなくなったの……さっきまであったのに……」

 巻物のことを考えると、止まっていた涙がまたじわりと滲んできた。メイが背中をさすってくれる。

「も、もしかすると……す、スリかもしれませんね。ここら辺りは多いので。だ、誰かにぶつかられたり、不自然に話しかけられたりしませんでしたか?」

 メガネのセリフで、一気に情景を思い出す。まぶたが破れそうなほど開いていくのが自分でもわかった。

「した! しました! おかげで足首痛めたんだから!」

 ユイは勢いよく立ち上がった。電気がぴきっと右脚を走る。

「で、でも……誰かもわかんないし……もう五分ぐらい前の話だし……人が……人がいっぱいすぎて何がなんだかわかんない!」

 自分がどこに立っているのかもわからなくなってきた。なんで私はこんなところで泣いてるんだろう? 店番して早く家に帰らなきゃ。

「落ち着け! ユイ!」

 両肩にどんと手が置かれた。メイがこちらをじっと見ている。

「見つかる! 必ず!」

「メイ……でも」メイの手を触る。少し安心する。

「今は私がいる! 論理的に考えて! だから大丈夫!」

 たまに見せてくれる優しいメイの顔があった。自分が困ったときに、いつでもなんとかしてくれたメイの姿があった。

 ユイはメイに抱きつき嗚咽した。

「ったく……あんたはどうやっても泣くんだね」メイに頭を撫でられると、波打っていた心臓が凪いできた。

「新人さん……だ、大丈夫なんですか? そんなこと言って……まったく手掛かりがない中で犯人を捜すのは並大抵のことでは……」

「ジン主任」

 メイの鋭い声と視線がメガネを制した。

「ちょっと黙っててください。今、考えてます」

「うわーメイ怖っ!」

「あんたのせいだよ」

 メイが穏やかに笑った。そして続ける。

「うん。これだ。ユイ、一つ……もしかしたら他にもあるかもしれないけど、見つけられる可能性があるんだ。あんたの魔力は飛びぬけたものがある。だから、その巻物にもユイの魔力の残渣がついてるかもしれない。それをエリアを対象にしたシークで探る」

「で、できるのそんなこと?! シークって人にしか使えないんじゃないの?」

 そんな使い方聞いたことがない……ような気がする。もちろん、忘れているだけかもしれないけど。

「首席をなめるな」

 メイがウインクする。また涙がこぼれそうになった。鼻をすすってこらえる。

「あんまり遠くにいかれてたり、建物の陰に入られるとわからないかもしれないけど……エリアシーク、やってみる価値はあるでしょ?」

「あっ!」

 唐突に思い当たった。

「ど、どうしたのよ?」

 ユイは小声になる。

「あのね……これは秘密なんだけどね。あの……メイにならいいと思うんだ。それに緊急事態だし……口が固いって知ってるし……幼馴染で人となりがわかってるし……これ以上にないぐらい信頼できる人間だし……イチゴが好きな人に悪い人はいないって言うし……ん? 言わないか? え? どうだっけ?」

「ごちゃごちゃ言い訳言ってないでさっさと言ってよ! 時間が経てば経つほど犯人に遠くに逃げられちゃうかもしれないんだから!」

 メイに怒られたので、慌ててこそこそ説明する。

「無くしちゃった巻物ってね。カズキさ……違う……ええと、火の大魔法使いロードコードさまから預かったものなの……だからね。ロードコードさまの魔力がこもってると思うんだ。だから、シークで捜すときのイメージって私にはよくわかんないんだけど……私のすっぽ抜けてる感じの魔力よりは……そう、ロードコードさまの大きくて偉大な感じ? の魔力を捜したほうがわかりやすいんじゃないかって思ったの!」

「はあ?!」

 メイは大声を上げた後、慌てて自分の口を押えた。小声で続ける。

「ど、どういうことなのそれ?! ああ! でもとにかくそれは後ね! 緊急事態ってことは間違いない! うん! ありがとうユイ! あんたの言う通り、そのほうが捜しやすい!」

 メイは大通りに向き直り、空を見上げながら何かブツブツとつぶやきだした。

 導魔詠唱だ。さすがのユイも気付いた。詠唱は、時間とバータで魔法の効力を上げることができる。祝詞が覚えられないし、言葉に気持ちを乗せることが下手な自分にはうまく使えない。

「高度な祝詞だなぁ……」

 ジン主任と呼ばれていたメガネが横で感嘆の声を上げている。周囲の人も、メイを見守るように輪を一歩遠ざけた。

「そりゃあそうですよ! メイは私の自慢の友達なんだから!」

 腰に手をやり、ジンを見上げた。

「……なんであなたが誇らしげなんですか?」

 苦笑するジンに指を指した。

「言葉どおり誇りだからです! メイがすごいのは私が一番知ってる! それを他の人がわかってくれたら嬉しい! そんなの友達として当たり前のことじゃないですか!」



続く

用語解説

【地名等】

 ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。東州、中央州、西州、島嶼州の四州にわかれる。

 シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。

 パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。

 バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。

 レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。

 ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。中央州。

 ドネザル ロンドリームの王都。東州の中心都市。

 アルジャント ロンドリームの町。中央州にある。山間の田舎町。

【人物】

 ユイ・アムル 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。

 メイ・トルティーヤ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習いを始める。

 ケイト ユイの勤める魔具開発会社の上司。

 カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。若く見えるが百歳代。五大魔法使いの一人。火の大魔法使い。勇者キヨのかつての仲間。

 ジン ドネザルにおけるメイのメンタ。

 黒龍 伝説のモンスタ。八十年前、勇者キヨによって封印される。

【魔法】

 ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。

 ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。

 シーク 相手のレベルや状態を調べる水系魔法。

 エリアシーク 周りの状態を調べる水系魔法。

 グラビティカ 重力を操る大地系魔法。

【物等】

 高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。

 魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。

 消魔香 魔力を封じる香木。

 五元素 地火水風空

 ランク S―A―B―C とある。ランクごとの人数比は三百倍程度。例、Cランク三百人に対し、Bランクが一人輩出される。

 スコープス 魔具開発会社。本社は王都にある。


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