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#7 出立

 お金を受け取ったユイは、親方の指示通り一旦家に戻り、旅支度を整えるとともに、母に説明することにした。ウソの事情を。

 玄関を開け、廊下を抜けて居間に出る。コーンポタージュスープの良い匂いが漂っていた。

「あら? どうしたのユイ? まだ午前中だけど……」

 キッチンカウンタから母が顔を出した。

「あ……ああ! け、研修! 急遽本部に研修に行くことになって! ぱあっと準備して、ぴゃあっと出発しなきゃいけないんだ!」

「へえーユイも一人前になった感じね。どこまで行くの?」

 エプロンで手を拭きながら、母が魔石コンロを止めた。鍋からふわっと湯気があがる。

「王都まで魔列車で! だから……何日か留守にするからね」

「王都!? あっそうか! そういえばスコープスって全国規模の会社だったわね。本部は王都か……ていうか、あんた行ったことないよね? 大丈夫?」

 不安そうに母が見つめてくる。

「うん。まあ、本部にまでたどり着ければ多分大丈夫」

「待って待って! 地図があったはずだから……」

 母が居間に回って来る。書架を漁り、ぐしゃぐしゃの紙切れを出してきた。

「あったあった」

 テーブルに広げると四十センチ四方程度の大きさになった。王都ドネザルの地図だ。

「うわっ! 結構細かいなぁ……頭痛くなっちゃう……」

「まず、あんたの会社の本部を捜すわよ。どの辺?」

「……知らない」舌を出した。

「だと思った」

 母の目がぐるりと回り、ため息が一つこちらに飛んできた。

 十分程度地図と格闘し、ようやく本部を発見した。

「いい? 魔列車で降りるのはこの駅。ドネザル南、ね。ドネザル北でも中央でもないよ? ドネザル南、ね? 駅の東口を出たらそのまま真っすぐ東に」

 地図の上を母の指が滑る。

「一キロぐらいかな? 右手に大きな橋が見えるはずだから、それを渡ってすぐ左の角。看板があるかどうかわからないけど、大きな会社だからまあ、あるでしょう。それか、人に聞きなさい。わかった?」

「へー……広い街だなぁー。おいしいお菓子屋さんもありそう!」

「わかった?」

 母のげんこつが頭にとんだ。

「いったぁ……今言ったこと紙に書いててくれたらありがたいなぁ……」

 まったく、と言いながら、母はポケットから懐紙を取り出し、さらさらと駅からの道のりを書く。

 ごめんね。本部にいくワケじゃないのに。心の居場所が少し狭くなったように感じた。

「あ! 私、服とかの用意してくるから!」

 いたたまれなくなり自分の部屋に向かった。タンスから何着か服を選び、カバンに詰める。昼に近い太陽が、窓際を縦に照らしている。

 この部屋にいられるのも、母としゃべるのも、もしかしたら最後なのかもしれない。父には……父の写真に向かってしゃべったのは、昨晩。それが最後になったらどうしよう?

 不安と寂しさが手をつないでやってくる。お腹がぞわりとうごめき、冷汗が背中を伝った。思わずしゃがみこむ。荒い息が続く。いつもはのどかで明るいと感じる窓の光が、幻惑してくるように迫る。

「でも」

 自分に言い聞かせるように声を出す。

「私は……自分を知りたいし、世界が大変なら……役に立ちたい!」

 絶対に帰ってくる。だから、今生の別れのような真似はしない。お母さん、お父さん。ちょっとそこまで出かけてくるだけだから。


「じゃあ、気を付けてね。ホントに研修がいつまでかかるかわからないのね? あんたが忘れてるだけじゃなくて」

 玄関を出たところで母と向き合う。

「多分そう。なんかわかんないけど、早く終わる人もいるとか……まあ、そんな感じだったから!」

「あんたの多分は当たったためしがないからね……まあ、うまくやっておいで」

「ありがとうお母さん。ところで、ちょっと聞きたいんだけど……この髪留めって」

「外しちゃダメ」

 脊髄反射のようなスピードで返答がある。

「それはわかってるって。これってもともと誰かにもらったの?」

「前から言ってるでしょ。忘れたの? おばあちゃんの形見よ。それをつけてる限り、おばあちゃんが天国から守ってくれるんだから」

 やたらと早口で母は説明した。以前はひいおばあちゃんの形見だったような気もするけど、自信はない。今まではあまり気にしていなかったし、昔からの風習、伝統のように思っていたから不自然さに気付かなかったけど、やはり、何か奇妙な話だ。なぜ、母はこんなにも自分の魔力を封じようとしているのだろう?

「次の魔列車は十二時ちょうど。いい? 今日はアルジャントに泊まるのよ! 駅のすぐ横に小さな宿があるから、そこにね。街歩きとかしちゃだめ。あんた迷うから。余計なことをせず、明日の朝一番に、アルジャントから出る魔列車に乗って王都まで行く。そっから先は紙に書いたとおりに、ね? いい? ほんとにわかってる? メイちゃんが一緒じゃない旅なんて初めて……ここからだと高等魔法学校のほうが遠いし行き方も複雑怪奇だったけど、メイちゃんがいたからなーんにも心配してなかったのになぁ……うわー……ホント不安だわ……でもとにかく早く行きなさい! あんまり時間がないわよ!」

 母に背中を押され、一歩進んだ。この一歩が自分にとってどういう一歩になるのか、まだわからない。しかし、進まなければ一生何もわからないままだ。

 ユイはさらに一歩、自分で進んで振り返る。

「いってきます!」

 海沿いの町。夏真っ盛りの風は、湿り気を運び、街道を歩く人を縫うようにすり抜けていく。様々な心に触れながら、風は熱を失い、いつしか止まる。思い出だけをそこに置いて消えていく。

 ユイの目の前にはいつもと違う街が広がっていた。しっかりした緞帳のような膜を一枚めくれば危険なバランスで何もかもが成り立っている、そんな街に見えた。

 秘密を抱えた世界は、いじわるなのにどこか魅力的で、不安定な心がしびれるように何かの瞬間を待っていた。


続く。

用語解説

【地名等】

 ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。東州、中央州、西州、島嶼州の四州にわかれる。

 シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。

 パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。

 バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。

 レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。

 ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。中央州。

 ドネザル ロンドリームの王都。東州の中心都市。

 アルジャント ロンドリームの町。中央州にある。山間の田舎町。

【人物】

 ユイ・アムル 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。

 メイ・トルティーヤ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習いを始める。

 ケイト ユイの勤める魔具開発会社の上司。

 カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。若く見えるが百歳代。五大魔法使いの一人。火の大魔法使い。勇者キヨのかつての仲間。

 黒龍 伝説のモンスタ。八十年前、勇者キヨによって封印される。

【魔法】

 ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。

 ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。

 シーク 相手のレベルや状態を調べる水系魔法。

 グラビティカ 重力を操る大地系魔法。

【物等】

 高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。

 魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。

 消魔香 魔力を封じる香木。

 五元素 地火水風空

 ランク S―A―B―C とある。ランクごとの人数比は三百倍程度。例、Cランク三百人に対し、Bランクが一人輩出される。

 スコープス 魔具開発会社。本社は王都にある。


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