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#4 初夏

「お久しぶりですね。ユイさん」

 一時間ほど前から、カウンタの椅子に根っこを張り、魔具と説明書とにらめっこしていたユイは、かけられた声に視線を送った。二メートルほど離れた棚と棚の間に、見知った背格好の青年が立っている。逆光で表情はうかがい知れなかったが、その穏やかな声とたたずまいで、すぐに誰だかわかった。

「ああー! カズキさんっ! い、いや違う! ええと! 大魔法使いロードコード!」

 棒状の魔具を持ったまま、右手をカズキに向けると、カズキが苦笑した。

「あの。多分、敬意というか、マナーというか……そういう面ではそっちのほうがよろしくない対応だと思いますよ?」

「えっ? あっ。そ、そうなんですね! じゃあ、カズキさん! でいいのかな?」

 説明書を持っている左手でカズキを指さす。

「はははっ。相変わらずで何よりです」

 カズキは優しいほほえみを保っていたが、とうとう噴き出した。

「あれ? こ、これでもダメでした?」

「いや……いいですいいです。ユイさんだから許されるってことは多そうだな」

 ちょっと時間良いですか? と言いながら、カウンタ前まで歩いて来て、椅子に腰かける。ユイはもちろん! と声を上げた。

「暑くなりましたねぇ……。扉は開けっ放しですか?」

「はい。親方は商品にほこりがかぶるから閉めろって言うんですけど、暑いので開けてます。ここだけの話……内緒ですよ? 親方ってあんな風貌してるくせにやたらと神経質なんですよ! だってそうじゃないですか? ほこりは私が払ってあげればいいけど、私が熱中症で倒れたら誰が助けてくれるっていうんですか? 親方はダメです。あの人、工房でずぅーっと開発してるのが好きなんです。店で私に何かがあったとしても絶対気づいてくれません。うー。私が水系の魔法使えればなぁ……クーラで快適に過ごせるのになぁ……。まあでも開けっ放しの弊害も一つ見つけました。入店チャイムが鳴らないから、お客さんが来たことに気づけないってことです。ああ、びっくりした」

 なぜか笑いがこみあげてきて胸を押さえた。カズキも頬を緩めて明るい声を上げている。

「今日、早くも二回目のセリフになってしまいますけど……相変わらずですね」

「人間、十五年も生きてれば、そうやすやすとは変われないですよ。まあ、私の場合は昔から変わってないってよく言われるので、この歳でですらですよ? 多分すんごく固くて重い芯があるんだと思います。だからダイエットも成功しないんだ! きっと」

 渋面を作り、自分のおなかをつまんだ。この脂肪どうにかならないものか。

「言われてみれば……以前にお会いしたときと比べて少しふっくらしたような……」

「えええ! ほ、ほんとですか?! うわぁ……やってしまった……社会人になって下手にお給料を手に入れちゃったもんだから……そうなんです……お菓子を毎日買っちゃうようになってて……人に言われるとやっぱり実感しちゃうなぁ……」

 頭を抱えていると、カズキがにやにやと見つめてくるのが指の隙間から見えた。

「ど、どうしました?」

「冗談です。中身も体型も全然変わってません。シークで見てるから間違いない」

「ひどっ! それ大魔法使いのやることー?!」

 ユイはカズキの肩を叩いて笑った。瞬間、げっと思い当たり、すぐに謝る。

「あ……ご、ごめんなさいっ! 私……なんという……いかん! いかんぞユイ! カズキさんは大魔法使いさま大魔法使いさま!」両手で押しつぶすように自分の頬を締め上げた。穴があったら入りたい。

「構いませんよ。なんなら……ちょっと嬉しいかもしれない」

「え? ……それはあれですか? あの……叩かれたりするのが……好きな人? SとかMとかいうやつ? すごいっ! 私、初めて会ったかも!」

 勢いづいて尋ねると、カズキは両手を押し出し、慌てた様子で制してきた。

「ち、違います! それは違う! そういうことじゃなく……ええと……僕に対してそういうフランクな態度をとってくれる人って……悲しいかな……いないんですよ。何ていうんですかね……一歩下がったところからみなさん対応していただけるから。もちろん悪いことじゃないんですけど。ちょっと寂しいなって、いつも思ってたんです。僕自身は、それこそユイさんと同じで、昔っから何にも変わってないのにね。気を使ってか、周りが変わっていってしまう」

 少し顔に暗がりを作ったカズキを見て、ユイは反射的に立ち上がった。

「そんなのよくない! カズキさんは素敵な人です! こんな私にも優しいのが何よりの証拠です! 素敵な人が、一生懸命頑張ってる人が寂しいなんてことがあっちゃいけないですよ! 前回私も思ったんですよ! 親方もやたらカズキさんに距離置いてるなって! 商売は心と心でやるもんですよ! ねぇ? いや、まだ半年もやってない私が言うのもなんなんですけど! 胸襟開いて飛び込むんだって! いや、これは初日に教えてもらった親方の言葉だな。あれ? おかしい! おかしい! 自分で言ってできてないよ親方! あれ? 何言ってんだ私? すみません……何の話でしたっけ?」

 カズキが驚いたように目を見開いて見てくる。

「ごめんなさい……本当に……忘れました」

 眉毛が八の字になったのが自分でもわかる。泣きたい。

「あはははは!」

 突然、カズキがお腹を押さえて笑い出した。目じりには涙まで見える。

「そ、そんな笑う話……でしたっけ?」

 ユイもつられてなんとなく笑顔になった。

「今回、以前に申し上げたように、ユイさんのことを、あの強大な魔力のことを調べたいなと思って来たんですよ。だから他の用事は何にも入れてなくて、ゆっくり滞在する予定なんです。でも、なんだかもしかすると、僕はそういう言い訳を作ってただけなんじゃないかってすら思えました」

「うーんと……どういう意味でしょう? あの、私の頭のデキも相変わらずで……何も良くなってないから……魔具の名前は多少わかるようになりましたけど……」

 ユイは頭を垂れ、両手の人差し指同士をくっつけたり離したりした。

「僕は、単純に、あなたに会いたかっただけなのかもしれないってことです。この十分のやりとりのために王都ドネザルから来る価値はあるから」

 白い歯がまたぞろ光り、ユイの鼓動は急激に早まった。

「もうっ! これ以上私をときめかさないでください!」

 高速の平手で大魔法使いの肩を打った。カズキは椅子から尻がズレ、床に落ちそうになる。

「あっ……またやっちゃった……なはは」

「あの……ユイさんて……魔力だけじゃなく……膂力もすごい気がするんですけど……気のせいでしょうか?」

 カズキは体勢を戻し、苦笑しながら、叩かれた肩を逆の手でさすった。

「こんにちはー。やってます?」

 開け放たれた入り口から客が入ってきた。

「あ、はーい! 当店は年中無休……ではないか……とにかく今日はやってますよぉ!」

 ユイが客に応えると、カズキはユイの仕事が終わる時間を素早く聞いてきた。「仕事の邪魔はしたくないので、その時にまた迎えに来ます」と言い残し、店を出て行った。

 ユイはぼんやりした頭で残りの業務時間を終えた。



続く。

用語解説

【地名等】

 ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。東州、中央州、西州、島嶼州の四州にわかれる。

 シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。

 パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。

 バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。

 レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。

 ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。

 ドネザル ロンドリームの王都。東州の中心都市。

【人物】

 ユイ 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。

 メイ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習い。

 ケイト ユイの勤める魔具開発会社の上司。

 カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。若く見えるが百歳代。五大魔法使いの一人。火の大魔法使い。勇者キヨのかつての仲間。

 黒龍 伝説のモンスタ。八十年前、勇者キヨによって封印される。

【魔法】

 ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。

 ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。

 シーク 相手のレベルや状態を調べる水系魔法。


【物等】

 高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。

 魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。

 消魔香 魔力を封じる香木。

 五元素 地火水風空

 ランク S―A―B―C とある。ランクごとの人数比は三百倍程度。例、Cランク三百人に対し、Bランクが一人輩出される。


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