#32 物語に句点を
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「では……ここからここまでがそちらの領域ということでよろしいですかね?」
王都。昼下がり。王宮の王宮、王の間。
リカが机に広げた地図を指でなぞっている。
「いいよ。でも、もしもだ。もしも、俺たちの意見に賛同するやつらが増えまくって、パンクしそうになったら手心加えてくれよな」
キヨは玉座のロンドリーム王に向かって肩をすくめる。
「全く……そうならないようにしたいものだな」王は横に立つロードコードに向かって笑う。
「僕も遊軍としてもっと頑張らないとだめですね」
「師匠にばっかり負担をかけるわけにはいきません! 私が魔法府長官としてびしびしやっていきますよ。えへへ」リカが親指を天に向かって突き立てた。
「懲りないですねぇ……リカさんは」
呆れ顔のロードコードを見て、キヨが笑う。
「大丈夫だろ。今度は役職がちゃんと伴ってるんだからよ。妙な目の上のたんこぶがいないからな」
「それはそうですが……」
「ロードコード……安心してほしい。今回のようなことは二度と起こさせない。全ては今までの私の中途半端な対応が良くなかったのだ。君たちがいてくれたから国の危機は救われたし、私も復権できた。王の器たらぬものは、妙な気を起こさせぬよう、示しをつかせさせなければならなかった。次期王は次男であり、長男ではない。ということをはっきりさせておけば……」
「王様、そんなことは過ぎたことさ。一か月も前の話だろ。俺たちは未来を見て歩いていかなきゃいかん。そーだろ? 立派な後進もいることだしよ」
キヨがこちらを向いて「なあメイ」とウインクをしてきた。
「そんな……私はまだまだ……です」
悪くない感じがした。立派な後進と呼ばれたことなのか、ウインクをされたことなのか、どちらに対してなのかはよくわからない。
「ところでさ。お前の大親友でこの世界の平和に関わる大立役者のユイはどこにいんだ?」
「ユイさんは……あの後すぐ家に帰りました。魔具を作る修行に戻ると……」
ロードコードが答えにくそうに答えた。
「はあ?! 魔具? あいつ……一体なんなんだよ! なんていうかさ。この国にとってはもう英雄じゃんかよ。どんな地位でももらえるんじゃねえの? なあ王様。さっぱりわけわからんな」
キヨが哄笑する。
「私としても……つまりはロンドリームの国……国王としても、中央に引き留めたかったんだがな……本人があんまりにも楽しそうに『これでやっと家に戻れる』と言うものだから……」
「らしいよ。あいつらしい。むしろそうじゃないとダメな気がする」
こらえきれない様子でくつくつとキヨは笑う。
「ところでさ。あのとき聞きそびれたお前の仮説、聞かせてくれよ。それ聞いたら俺も帰るから」
キヨがロードコードを見た。
「ああ……ちょっとここでは言いにくいんですが……」
ロードコードが国王をちらりと見た。国王は右手の掌を見せ、構わないとジェスチャをする。
「あの……仮説ですよ。仮説……ロンドリーム王国が急に歴史上に現れたことと、紅龍伝説にはつながりがあるんです。異国の研究によると、王国が現れたおよそ一千年前の地層には軽石が大量に含まれているそうなんですね」
リカがあのとき途中まで話してくれた内容だ。
「それがどうしたんだよ」
「軽石は火山の爆発等で発生するものなので、異国では一千年前に大きな火山噴火があったと言われているそうです。なので、すんなりと考えられるストーリィはこうです。千年前、大規模な火山活動があり、ロンドリーム王国の前身となる文化は痕跡を残さないほどに大打撃を受けた。そこで生き残った人々が王国を打ち立てた」
「それじゃダメなのかよ」
「……僕は違うと思ってます。そんな何もかもの痕跡が消えるほどの火山活動……ちょっと信じられない。ちょっとぐらい何かが残っててもいいんじゃないですか? 意思を感じませんか? 何もかも消し去ってやろうという」
この世界は……一回滅べばいい……また……やり直すだけ。
ユイの言葉がどきりと胸を打った。
「……お前が言いたいことがなんとなくわかってきたよ。紅龍伝説がそれなわけだ」
「そうです。紅龍がその時の文化を焼き尽くして滅ぼした。火山じゃなく。僕はそう考えてます。紅龍は……そういう人間の驕りをいさめるために、天が遣わすバランサなんじゃないかと」
キヨが眉間をつまむ。
「待てよ待てよ……てことは、ユイはつまり……」
「そう。千年に一度生まれ変わると言われる紅龍なんじゃないかと。前回は龍だったのかもしれないし、あまりのパワーに龍と呼ばれた人間だったのかもしれない」
「うーん……仮説なんだよな?」
「はい。荒唐無稽なのは分かっているので、あんまり人には言いたくないです」
「荒唐無稽だなんて、そんなことはないですよ師匠! 多分、ユイさんのパワーを見た人なら信じられます! 普段のユイさんじゃなく、フルパワーのユイさんを見た人ならですが。えへへ」
「それは俺も同意する。だから、俺もその仮説は八十パーセント支持する。でもやっぱり、あんまり人前では言わないほうがいいな。とうとうボケたかあのジジイって思われるのがオチだ。ははは」
「だから……わかってますってば……すみません国王。こんな仮説をしてしまって……」
「そうだそうだ。一応、ロンドリーム王族こそが天からの遣いとされてんだからよ。ははは」
キヨが肩を揺らして笑う。
「失われた歴史については何もわからない。だから、私の一族がどういう人間であったのかを断定するものは何もない。色んな仮説があっていい。むしろそのほうがミステリアスで神秘性を深めるのではないかね?」
「話わかるじゃん。見直したよ国王。あんたの親だか爺さんだか曾爺さんだかは最悪だったけどな」
キヨは笑いながら王の間を出て行った。また、ヒマなら遊びにこいよ。案内ぐらいはしてやる。と言いながら。
「はあ。食えない人ですねぇー。師匠に似てるような似てないような」
「似てるところそんなにありますか?」
自分とリカを身を挺して守ってくれたロードコードとキヨの姿が脳裏に蘇る。間違いなく、根本は一緒だ。
「まあ、でも、私たちは本当に、ここから本当に頑張らないといけなくなりました。私ももう、あの白髭のおじいさんがいるから自由に行動できない、なーんて言い訳ができなくなっちゃったわけですから。はぁ」
長官は洞窟が崩れた時に下敷きになって死んだ。ということになっている。逃げた参事官と守り人は未だに行方知れずだ。胸がちくりとうずき、呼吸が乱れた。
ぽんっとリカの手が肩に置かれた。
「ソーサリィキメラ。倒しましたよね? あの時」
「あ、はい……そ、それが何か?」
「メイさんは、キメラの命を奪ったことに呵責はありますか?」
はっとした。
人間の倫理。キメラの倫理。黒龍の倫理。
「私たちは、何かを傷つけて生きています。大きな目的のために、小さな目的のために、私利私欲のために。どれが素晴らしくって、どれがバカげているかなんてありません。適当な理由をつけて自分を正当化しているだけです」
私は自分が見える範囲中心的。私の大好きな人たちと、一緒にはっぴぃになりたい。
ユイの言葉が蘇る。
「気に病むなってことです! さあさあ、一仕事終えてあんころ餅でも食べに行きましょう! メインストリートに美味しいお店ができたんですって!」
「リカさま……」
「ん? なんです?」
「リカさまもユイも……私は本当に……周りの人に恵まれてると思います」
「今更なんですか! でも嬉しいからおごっちゃいますね! えへへ」
また、時間ができたら、ユイと一緒にキヨのところに行ってみよう。ユイもキヨも、あんころ餅が好きそうだなとなぜか思った。
髪をなびかせる王都に吹く東風が、魔列車の横を抜け、キヨの頬を撫で、ユイの家の扉を叩く様子が鮮やかに映し出された。海を越えて世界をめぐり、人々の小さな悩みをいくつも吸い込みながら、浄化され、また王都に戻ってくる。
そんなイメージで前を向き、リカに応えた。
「ごちそうさまです!」
完




