#3 カズキ・ロードコード
「ゆ、ユイ……説明しろー……」
親方がユイを睨んだ。
「あ……あははは……で、できませーん……わっかんないでーす……」
「できませんって……お前ー!」
脂汗をにじませながら詰め寄るケイトの前にカズキが割って入った。
「ケイトさん! すみません! 僕がやりました!」
「えっ……! あ、お客さんはカズキ教授でしたかー! ご、ご無沙汰しております! 三か月ぶりぐらいでしょうか! し、しかしー……い、一体どういう……」
「僕が買ったばかりの消魔香の効力を確かめるためにファイアボールを打ちました。新しい店員さんだったので、商品のレクチャもかねて。でも、僕の焚き方が甘かったようで、ファイアボールが本当に出てしまいました……」
「か、カズキさ……」
ユイがしゃべろうとするのを手で制して、カズキは続ける。
「本当に申し訳ございません。お店を閉めなければならない期間の営業補償も含め、全て弁償します」
「そ、そんなことが……教授ー……でも教授ほどの魔力があれば……まー十分ありうるかー……でも、さすがにそこまでしてもらったら悪いですよー。いつも贔屓にしていただいてるんだからー……それに、もしかすると俺が出来の悪い消魔香仕入れちまってたのかもしれないしー……」
ユイに対してはガンガン締め上げてくるだけのパワハラ上司だったが、カズキに対してはやたらと低姿勢だ。自分の非まで想定して譲歩している。ユイは、どうにか丸く収まりますように、と祈る気持ちで二人のやりとりを見ていた。
「とにかく、全般的に悪いのは僕なので、少なくとも商品と建物の補償はいたします! お見積りが出来次第僕に請求してください。ただ……まことに申し訳ないのですが、僕は明日にも行かなければならないところがあるので、これで失礼いたします」
カズキはぺこりと一礼し、店を出た。軒先で「そうだ」と言い、ユイを呼ぶ。
ユイはまだこわばりがとれない身体のまま、慌てて走った。親方にわざと見せるように「新米店員さんの目の前で、こんな大騒動を引き起こしてすみませんでした」とカズキは言い、小声で続けた。
「……ユイさん。あなたのお母さんやメイさん……でしたか、幼馴染さん、はある意味正しい。僕も今は何かわからないが……あなたには……そう、何かがある……だから隠しておくというのは……普通の人生を歩ませたいという願いだと思う。最初に僕がシークしたところ、あなたはランクとしてはC級でした。でも、髪留めを外したあなたは……ちょっと信じられないんだけど……S級だった……んです」
カズキは髪留めをユイに手渡した。
「この髪留め……魔具です。消魔香と同じ種類のね。かなり強力に魔力を封じる効果があるようだ。ユイさんのことを色々と調べたいんですが……残念ながら明日用事があるというのは本当で、どうしてもいかなくちゃならない。でも必ずまた来ます。まあ、そもそも僕はこの店の常連で季節ごとに一度は寄らせていただいてるので、おかしくもないでしょう。いずれまた。次に僕が来るまでに髪留めは外さないようにお願いします。あと……難しいかもしれないけど……今日起きたことは内緒でお願いします。お母さんにも幼馴染さんにも」
「あ、その……ちょっと私、本当になんだかよくわからないんですけど……ええと! シークってそもそもなんだっけ?」
「相手のレベルや状態を調べる水系の魔法です」気が抜けたようにカズキが頬をゆるめた。
「ああ! そうだ! 習った! うう……水系だから関係ないって覚えなかったやつだ……バカって嫌だなこういうとき! と、とにかく! 本当に! ほんとーに! ありがとうございました! おかげさまで首が繋がりました! いきなりやらかして辞めさせられたらどうしようって思ってたので……あの、べ、弁償のこと……一体どんだけのお金がかかるのかわかんないんですけど、それも! あの、いつか! うん、今じゃなくいつか! とにかく今は無理! だけど返します!」
ユイは深々と礼をした。カズキは右手を挙げてそれに応えた。
「大丈夫。気にしないでください。僕、お金はわりとたくさん持ってるので」
カズキの白い歯が逆光に光り、ユイの心臓はどきりと脈打った。
「ねえ親方ぁ……」
「なんだあー。口動かさずに手ぇ動かせよなー。しっかしこれが消魔香状態でのファイアボール? にわかに信じられんわー……プロは違うねぇーすげえ威力なんだなぁー」
ユイとケイトは片づけに追われていた。散乱した商品を棚に戻し、煙と消えた商品棚の場所には、工房の隅に捨て置かれていた飾り棚を設置した。不幸中の幸い。入り口の扉が大きく、穴が開いたのもその扉だけだったため、建物自体には損傷がないようだ。
「あのカズキさんって何者なんですか?」
「はぁっー?」
親方のバカでかい声が棚を響かせ、せっかく並べた魔具がまた床に落ちた。
「お、お前ー! 高等出てんだろー? ウソだろー? 高等出てない俺でも、魔法学校出たときには知ってたぜー? カズキ教授だぜ? プロフェッサ! といえばカズキ教授のことって言うぐらいの人だぞ? なんならそこら辺の犬に聞いても知ってるだろーよ!」
あまりにバカにされたので、ユイは少しむっとして言った。
「悪うござんしたね! 私は犬がひっくり返るぐらいのバカですから! だから早く教えてください」
「勘弁してくれよーほんと……魔法学校のときの教科書めくってみー? あー。こういう質問に変えるかー……ほれ、五人いる大魔法使い。今就いてる人なー。全部言えるか?」
「ふふ……私もここまでバカにされるとは思ってなかったですねぇ……」
ユイはふふんと笑い、人差し指を立てた。
「五元素を司る五人の大魔法使いですね。良いですか? 大地のメイリン。火のロードコード。水の……」
「ストップ!」
「ええっ! 最後まで言わせてくださいよ! せっかくちゃんと覚えてるのにぃ……」
ユイは頬を膨らませた。
「ああ……お前のアホさを過小評価してたなー俺は……火のロードコード。フルネームでどうぞー。五大魔法使いのことならなんでもご存じ賢いユイさま」
「うわっ! なんですかその言い方……嫌味だなぁ……まあ、良いでしょう。それで親方が納得するならね! 火のロードコード。フルネームは……ん? あれ? ……カズキ・ロードコード? カズキ……ロードコード……? うわっ! うそっ! まさかっ!」
「いてててて! やめろバカ! 死ぬ! 死ぬう!」
ユイはいつの間にか親方の首に逆襟締めをかけている。親方はよだれをたらしながら、床をたたいた。
「あ、ごめんなさい!」
「お前なー! なんだそのバカ力! 畜生ー! 知ってたらもっとこきつかってやったのにー! 女だからって甘く見てたぜ……これからはもっと力仕事に使ってやるからなぁ! 覚悟しとけー!」
「いやいや、待って待って! 親方待って! そんなんどうでもいいですよ! それより、おかしいですよ! 火のロードコードって、あの、ええと……そう! 昔、黒龍を倒した勇者キヨの仲間でしたよね? だから……ええと……もう……百歳ぐらいになってるはずでしょ? いや! そう! 私も名前聞いたときなんか引っかかるなって思ってたんですよ! でもほら、どう見ても見た目二十代ぐらいの青年じゃないですか! し、しかもイケメンな……なんなら、私、さっき少し心ときめいちゃったし! そりゃ気付かないですよ! えー! そうなんだ……三桁のお爺ちゃんかぁ……えー……えー……さようなら私の初恋……」
頭を抱え始めたユイを見て親方は肩を落とした。
「お前なぁー……しょげるところそこなのかよ……」
「え? そこ以外にありました? 初恋ですよ? は、つ、こ、い! いや、わかんないけど、ああいうどきんって感覚が恋なんじゃないかなって思ったんですけど……違うのかな? いや、親方に恋とか愛とか聞いてもわかんなさそうだなぁ……ふははっ」
「でぇい! もういいもういいー! 黙って仕事しろ大バカ野郎ー! お前はなぁー! 五大魔法使いさまの顔ぐらい知っとけって―の! 大魔法使いさまに対して恋とかくだらんこと言ってるんじゃーねえよ!」
ケイト親方は肩をいからせて店を出て行った。「何をそんなにぷりぷりしてんだろ?」ユイはつぶやくと、片づけの続きを始めた。
「それにしても……」
一通りの掃除が終わり、なんとか営業できる状態にしたところで、ようやくユイは自分について考え始めた。棚は不ぞろいだが、何とか形になっているし、入り口の扉は開け放すことでごまかしたつもりだ。
「私って……なんなんだろうなぁ?」
一つ息を吐くと、髪留めを触りながら、ユイは椅子に座り込んだ。
「あれ? 何か内装変わった?」
「おっと! いらっしゃいませ! あ、ジンさん! どうです? こないだ買った魔石大丈夫でした? 今一つキレイじゃないなぁって思ってたから気になってて! 親方もなんであんなの仕入れたんだろ?」
客が来ると、ユイはいつもの調子に戻り、けらけらと自然な愛想を振りまいた。
「オレもそうだと思ったんだけどさ。ユイちゃんの顔見たら買わないのも悪いなって。でも大丈夫だったよ。むしろ効力強かった気がする」
「ええー! 魔石も見かけによりませんねぇ! じゃあ、今度はこのすんごい汚いやつはどうです?」
ユイはさっき棚から落ちてほこりまみれになった魔具を出した。自分でも何かはわかっていない。
「なんだそりゃ! 売れ残り押し付けようとしてない? とても新人とは思えないやり手だなぁ」
「あはは! 私にそんな商才あるわけない! だから三割引きで良いですよ」
「え……大丈夫? こないだそうやって勝手に値下げしてケイトさんに怒られたって言ってなかった?」
「ああ! そういえばそうだ! じゃあダメです。定価で買ってください」
「買う前提かよ! やっぱりユイちゃん商才あるわ」
ユイの接客は本人や親方の思惑とは異なり、評判が良かった。店の売り上げもユイが勤めだしてから二割増しになり、そこそこ業務が忙しくなっていった。魔具の開発はまだ助手しかさせてもらえてないが、少しずつ、触れる器具が増えていった。もともとのおおざっぱで陽気な性格もあり、親方に怒られることはあまり気にせず、仕事の面白さだけに充足し、日々が埋められていった。カズキと会ってからの数日間は、それなりに自分について悩んでいたが、いつの間にか毎日に包まれ、忘却の彼方に置かれていた。
三か月が経った。
続く。
地名等】
ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。東州、中央州、西州、島嶼州の四州にわかれる。
シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。
パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。
バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。
レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。
ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。
【人物】
ユイ 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。
メイ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習い。
ケイト ユイの勤める魔具開発会社の上司。
カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。若く見えるが百歳代。五大魔法使いの一人。火の大魔法使い。勇者キヨのかつての仲間。
黒龍 伝説のモンスタ。
【魔法】
ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。
ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。
シーク 相手のレベルや状態を調べる水系魔法。
【物等】
高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。
魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。
消魔香 魔力を封じる香木。
五元素 地火水風空
ランク S―A―B―C とある。ランクごとの人数比は三百倍程度。例、Cランク三百人に対し、Bランクが一人輩出される。