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#29 勇者キヨ

洞窟に入り、最初に見た光景は信じられないものだった。五十メートル四方程度の大きな空洞。ところどころに松明が焚かれ、暗さはそれほどでもない。

 見たことのない大人が一人、入り口の右手前で突っ伏して倒れている。リカの言っていた秘密の守り人なのだろうか。

 三人の男が洞窟の真ん中にいる。後姿でもわかる。小太りと白髭だ。あと一人は知らない。三人は、洞窟の奥の壁にくっついて瞑目している動かない竜――これが黒龍か――を見上げている。今まで見た竜より桁違いに大きい。足から頭までゆうに二十メートルはある。美しい色の球が竜を包んでいた。あれがシールなのだろうか。それにしても球は一つしか見えない。三重ではなかったのか。球はぶるぶると震え、形が歪んでいる。今にも壊れそうだ。地面を揺るがすようなうなり声も聞こえる。

 白髭の奥、足元に何かの塊があった。倒れている人のようにも見えるが、竜の周りに焚かれたたくさんの松明の逆光でよくわからない。

「カズキ……さん?!」

 思わず声が出た。男たちが一斉に振り向く。

「おや……君は……久しぶりだねえ……ユイ・アムル君じゃないか」

 白髭の声が響いた。腕を開き、大げさなポーズをとっている。

「入庁してその日にお尋ね者になるとは……魔法府始まって以来の快挙だよ」

 白髭の笑い声がけたたましい。表情が見えない。

 倒れているのはカズキなのか。心臓の音が耳の近くで聞こえた。確かめたい。確かめるのが怖い。走りたい気持ちと止まっていたい気持ちがせめぎあい。ユイは静かに歩き出した。

「こんなところに何か用かね? 副長官……いや、元副長官はどうした?」

「リカさんは……外でキメラと戦ってる……ねえ……おじいさん! そこにいるのはカズキさんなの?!」

 地面が堅い。一体何がどうなっているのかわからない。なぜこの人たちがここにいて、黒龍のシールは二つも破れてて。カズキさんは……そこに倒れているの?

「全く相変わらずしつけがなっとらんな……それが知りたければ、ここまできて確かめてみればいいだろう? まあ、来れるならね」

 白髭が手を挙げると、小太りではない方の男が前に出てきた。

「お嬢ちゃん。ここで帰るなら見逃してやるよ。長官も参事官も悪い人じゃない。リカ副長官が全部悪いってことにしてやるから、君は家に帰って静かに寝てな」

 男の目が青く光る。

「へえ……クラスBか……その歳では珍しいね。副長官が推すわけだ。でも、まあ、わかるだろ? ここにいるのは全員クラスA。勝ち目ないから。シークつかってみなよ」

「シーク……? 私は使えない……」

「使えない? クラスBなのに?! 珍しいやつだな! 戦闘の基本だぜ?」

 男が笑う。徐々に近づく。目も慣れてきた。顔が見える。やはり知らない。入り口で倒れてた人と同じ服を着ていた。もしかすると守り人の一人なのかもしれない。つまり、この人は守り人なのに長官派? たぶん?

「私は……火炎系しか使えない……」

 カズキさんはもしかして、この人に裏切られて。

「火炎系しか使えない?! そんなやついるのかよ! クラスBで? はじめて見るわ!」

 男が大きな笑い声をあげると、奥手で白髭と小太りも大きな口を開けて笑っているのが見えた。

「あなた……封印地の守り人なの?」

「おっと。そうか、そりゃあリカ副長官に聞いてるわな。そうだよ。俺とあいつ」

 指を指した先は、自分の後ろ、入り口。倒れている男の場所。

「せっかくクラスAになってるてのに、こんなところで一生を終えるのはしんどいぜ? まあ、給料は良いし、二人いるからそれなりに自由もあるんだけどさ。つまんねーから」

「リカさんは、凄い名誉な仕事って言ってた……」

 腹の奥に何かが灯る音がする。

「名誉なんて何になるんだよ。俺だって最初はそう思ったさ。でもやってることは地味極まりない。自分のやってることの意味がわかんなくなってたんだよ。こないだたまたま長官と喋る機会があってな。君のように優秀なものはもっと華々しくあるべきで、下のものを指導していく立場にならなければならないってね。ま、そう言われちゃってね。つい、大魔法使いさまが破れかけてるシールをどうにかしようと頑張ってる現状をぶちまけちまったら、それこそ華々しい将来を約束してくれたもんでね」

「何言ってるかわかんない」

 前に出る。男との距離は十メートル程度になっていた。まだちゃんと見えない。カズキは無事なのか。

「お前……物分かり悪いんだな。いいか、もう一歩前に踏み出たら戦闘開始とみなすぜ」

 男が腕を間に伸ばす。

 足を止める。

「あなたの職の話とか未来の話とか。どーでもいい。私にわかることは……あなたは、ここで一生懸命封印をかけてたカズキさんを……裏切ったんだよね? それだけ」

 急に涙がこぼれた。可哀相だ。可哀相だ。カズキさん。

「正論ほざいて何泣いてるんだよがきんちょが。大人の世界はややこしいんだよ! 相手にならねぇからさっさと帰れ」

 男がにやけた笑いを向けたそのとき。


「ユイ!」

 メイの声がして後ろを振り向いた。自分の目がおかしくなったのかと思った。

 そこには、メイとリカを両肩に担いだカズキがいた。

「メイ……リカさん……カズキさん……?」

 カズキはメイとリカを地面に放り投げた。メイは身体を押さえてくぐもった声を出したが、リカは人形のように動いていない。服が真っ赤に染まっていた。

「な……え? ど、どーいうこと?」

 頭が追い付かない。カズキを見た。穴のあくほどカズキを見た。にやにやと笑っている。視界の端でメイが這いつくばりながらリカのほうに向かっている。

 カズキが「久しぶりですね。お嬢さん」と言った瞬間、雷に打たれたように理解した。

「……誰? あなた」

 違う。似ているけど。そっくりだけど。なにかが違う。カズキさんじゃない。

「へえ……すごいじゃん。あいつの真似してみたんだけど、区別つくんだお前」

 メイが驚いたようにこちらを一瞬見た。

「何がどうとかはわかんないけど……あなたはカズキさんじゃない! それはわかる!」

「そっか。まあ、中身が全然違うからな。今の真似はやっぱり無理があったな」

 カズキと同じ顔をした男がユイを超えて奥を見る。

「そっちはどうだ?」

「問題ありませんよ。やはり、大魔法使いとは言え人の子ですからな。半月以上も魔力を使い続けてはね……はっはっは」

 白髭の声がする。振り向くと、足元の塊を蹴っていた。「ぐっ!」と声が聞こえ、塊はごろりと仰向けになった。カズキの金色に輝く髪が見える。

「カズキさん!」

 何がどうなっているのかわからない。カズキは長官たちにやられ、リカはこのカズキの偽物にやられ。守り人もやられ。何もかもがやられ。自分しかまともに立っていない。でも、少なくともカズキは生きている。メイも生きている。守り人はわかんない。リカもわかんない。どうなってるんだろう。なんでこんなことになっているんだろう。

「可哀相にな。もうお前一人だ。でも安心しな。俺はお前をどうにかするって依頼は受けてない。始末するのはカズキとリカ。この二人だ。お前とそこの黒髪のお嬢ちゃんにこれ以上危害を加えるつもりはねえよ。まあ、奥の三人がお前らをどうするかは知らねえけど」

 ニセカズキがひょいと横を見る。

「職務を全うしたほうの守り人も生きてるんなら三人で仲良く帰れよ。それでいい」

「そ、そういうワケにはいきませんよ! 守り人は始末しないと……」

 裏切った守り人が慌てたように手を開いた。

「まあ、どうでもいいよ。やりたきゃお前らがやんな。俺はとにかくカズキとリカ。……だからな!」

 どん。という鈍い音が聞こえた。リカに手を伸ばそうとしたメイの身体が小石のように転がっていく。スローモーション。メイの口から血が噴き出している。なんで? なんでメイが転がるの? メイが何をしたの? なんなのこの人は? 足が動かない。手が震える。お腹の奥の灯りが悲しみに揺れる。

「黒髪の嬢ちゃん……さっき言っただろ? こいつはこのまま死なせてやろうぜって。ヒールかけようったって無駄だ。邪魔するんなら、俺としてもお前を殺さなきゃなんなくなんだからよ。そんなことやりたかねーんだよ。なんせひっさしぶりの……今何年だ?」

 二〇一五年です。白髭の声が聞こえた。

「ってことは……おいおい八十年ぶりか? あんなとこに閉じ込められてたんだ。そりゃ時間間隔狂うわ。とにかく久しぶりの娑婆なんだぜ? めんどくせえことはゴメンだ。さっさと自由にさせろってーの。お前らのくだらねえ政治ごっこにはこれ以上付き合いたくねーんだよ」

「ユイ……」

 メイのか細い声ではっとした。身体に力が戻る。慌ててメイのところに駆け寄った。

「ユイ……私は大丈夫……リカさまを……リカさまが……死んじゃうよ!」メイが服をつかむ。頬の擦過痕が痛々しい。涙があふれ、咳き込むメイ。

「メイ! メイ! わ、私……どうすればいいのかわかんないよ! 頭がもうパンクしそう! メイ、リカさん、カズキさん、もう一体どうなってるの?! 黒龍はどうするの?!」

 ぐるぐる回る。処理しきれない。

「ごめん……私がしっかりしてれば……リカさまも……そしたら……今もこんな状況じゃ……げほっ!」

 メイの血が飛ぶ。手に、顔に。

「ほれほれ、さっさと二人でどっかいけよ」

 カズキもどきの声がする。どこか遠いところで聞こえたような響きがした。


「ユイさん!」

 名前を呼ばれる。振り向くと、奥の方で、白髭と小太りの後ろにカズキが立ち上がっていた。

「とりあえず逃げてください! 彼らは黒龍を復活させるつもりです!」

 慌てたように振り向く白髭。

「死にぞこないが!」カズキもどきの声が響き、目の前を火が走った。カズキが火に包まれる。

「うわあ!」

 地面に倒れこみ、カズは再び塊のようになった。じたばたと手足が動いている。

「あ、危ないですよ!」

「うるせえ! お前らが仕留め切ってないからこうなってんだろうが! ちっ! やっぱり俺がやらなきゃだめかよ……双子の弟を手にかけるなんて、こんな俺でもしたかねえんだけど、こーなった以上仕方ねえな!」

 カズキもどきが奥へと歩き出す。

 瞬間。リカが身体を起こした。

「ウォータウォール!」

 カズキの周りに半円状に水が覆い、大げさな音を立ててカズキの火が消えた。カズキもどきと白髭の間にも水の壁がごうごうと立ちふさがる。

 カズキもどきが振り返った。

「てめぇ……なかなかやるじゃん」

「……あなたの……見立てだと……五十年に一度の……才能……なんでしょう? そう……簡単には……やらせません……よ……。いざというときのために……体力を温存してたんです……えへへ」

 息が荒い。顔中に汗がにじんでいる。リカの腹部からゼリーのようなものがはみ出しているのが見えた。「リカさま!」メイが叫ぶ。

「なるほど……エラスティックウォータ……それで止血か……考えたな。でもよ。腹に風穴あいてる事実にはなんのかわりもないぜ?」

「わかって……ますよ……でも……何にも……しないまま……終わるわけには……いかないのでね……師匠を守って……死ねるなら……カッコいいじゃないですか……」

「ウォータウォール、弱ってきてるぜ? そろそろ無傷で通れるなこれ。ほんの数十秒の時間稼ぎのために無理すんなよ」

 カズキもどきが笑う。

「あなた……おそらく……宮殿の秘密の牢獄に……捕らえられていた罪人ですよね……ロードコードさまが作っていた『いざというときに黒龍の封印に手助けしてもらえるかも』……のリストにも入っていた……特別扱いの……罪人。さすがに協力は仰げないと思って、私は無視してましたが……ど、どういう……ことですか……なぜ、魔力の色がロードコードさまと同じなんですか……戦ったときに感じた違和感はそれです……さっき、あなたに気付けなかったのもそのせいです……」

 ゼリーから血が滲み始めている。ユイの歯ががたがたと鳴り始めた。なんで? なんでみんなこんなに傷ついてるの? 何をしているの?

「さっき言ったろ? 俺とあいつは双子だからだよ。兄のキヨ。弟のカズキ。伝説の黒龍退治の勇者さ」

 時間が止まったような気がした。テレポを使った時のように全てがモノクロに見えた。


 勇者……キヨ?


「そんな……ど、どういう。キヨ? あなたが? 勇者キヨ……? 双子? そんな話……初めて……そもそも……な、なぜ牢獄に……?」

 リカの足がふらついた。狼狽した口調が上ずっている。

「へっ。ちゃんと集中しろよ。今のでまた水の勢いが弱まってるぜ?」

「ぐっ!」リカがお腹を押さえた。指の間から血が滴った。

「ウォータウォール!」

 リカの後ろにメイが立った。二人とも今にも命がちぎれそうだ。涙があふれ、止まらなくなる。なんで? 私たち黒龍を封印しにきたんだよ? 何をしているの?

「せいぜい頑張るんだな。お前らの頑張りに免じて多少昔話でもしてやるよ。さっきの反応。お前ら、俺たちの関係を知らないみたいだからな。ってこたあ、王国は俺のことを秘密扱いにしてきたってことだ。まーわからいでもないか。俺、腫物だもんな」

 キヨが座り込んだ。このウォータウォールが破られたときがカズキの死ぬとき。リカもメイもわかっている。ユイでさえ理解している。

「八十年前、俺たちは黒龍を封印した。大魔法使い二人の命と引き換えにな。そして、俺とカズキでダメ押しのシールをかけた。二人の魔力を合わせれば大魔法使いより大きいもんができた」

「二人でシールを……かけれた! 双子……そういうことか……!」

 メイの膝が震えている。

「俺、若いだろ? 多分今百五歳だ。俺もカズキも黒龍と戦っているときにヤツの血を受けていた。黒龍の血は不老の効果がある。俺たちはそこから歳をとらなくなった。俺は血を飲んだから、本当に歳をとらねえ。最初はちょっと半信半疑だったけどな。今となっちゃ信じるしかねえよな」

 キヨは髪をくしゃくしゃとやりながら、くくくと笑う。

「ただし、カズキのほうは浴びただけだから、多少は老いていってるはずだ。今の魔力を見てもわかるだろ? 見た目は若いけど徐々に弱ってきてるんだよ。昔よりへぼだ。まあ、そもそも兄より優れた弟なんて存在しねえから、あいつが昔のまんまでも俺のほうが強いけどな」

 仲良く……できないの? 双子なんでしょ? 全てが遠くに感じられる。

「ロードコードさまぁ!」

 リカが叫んだ。ウォータウォールの向こうでカズキがどうなっているのかはわからない。無事なのか。それとも白髭たちに囲まれてやられているのか。

「ここからは超トップシークレットの話だ。冥途の土産にしては上等すぎるかもしれねえな。俺たちは黒龍との戦いの中で、黒龍からある提案を受けていた。『お前たちは強い。仲間になって地上を征服しないか』ってね。もちろん他の三人は『バカなことを言うな』って怒ってた。でも俺は違った。悪くない。そう思ったわけさ。このバカげた国を作り直すチャンスかもしれねえってな。今は知らねえけど、当時の王国なんてひどいもんだったんだぜ? アホな国王。アホな魔法府。たいして力もねえ野郎どもがコネやら金やらで牛耳る組織だ。ん? でもあの髭の長官たちもその口か。今、まさにアホな政争してるもんな。その結果がこれだぜ。お前みたいに能力のある魔法使いが、なんであんな野郎の下になってんだよ? 挙句の果てに殺されることになってよ。アホらしいと思わねえのかよ?」

 キヨが肩をすくめ、はあと息をつく。本気でふてくされているように見えた。

「……あなたの言っていることは……一理……あります……。ただ、あなたは知らない。ロードコードさまが……この国をちょっとずつ……いい方向に変えてきたんです……今の国王はできた人です! 私だって……そうじゃなきゃ……もっと下っ端だったでしょうよ……!」

「リカさまだって! 国の中から、変えようとしてるのよ! あなたの言うアホな国を!」

 メイが狂ったように叫ぶ。

 同じなんだ。リカもキヨも。向いてる方向は同じなんだ。じゃあどうして。どうして戦わなきゃいけないの?

「俺はさ。封印したあと、ずっと考えてたんだ。本当にこれでよかったのかってね。あんときは荒れて、色々と問題事を起こしたもんだ。で、心を決めて封印を解きに行こうとしたとき。わかってたんだろうな。なんせ双子だから。カズキの罠にはめられた……そんで捕まって宮殿の牢獄に放り込まれたってわけさ。八十年間もね。そしたら、あのアホ長官が牢獄を開けに来た。始末してもらいたいやつがいるってな。第一王子に継がせなくてはこの国は滅びるとかなんとか言いながら。俺は了解した。出れるなら理由はどーでもいい。カズキが封印地にいるって聞いたから、ちょうどいい。俺が黒龍の封印を解くって言ったときも『そうですか』ぐらいの反応だったしな。ほんとアホ。平和ボケしてんだよ。自分たちがすごいと思ってんじゃねえのかね。黒龍なんて昔のモンスタ、実際は大したことないとかね」

 キヨが立ち上がる。

「だからよ。あのオッサンたちよりかはお前たちのほうが正しいと思ってるぜ。俺は。お前たちの国をそのまま残したいんだったら、黒龍は封印しておいたほうがいい。あいつはバケモンだからな。でも、良い世界を作りたいんだよ。そのためにはあいつの力を借りてでも、一回リセットしなきゃだめだってのが俺の考え方。お前らはちまちま中から変えていこうって考え方」

 両手を掲げた。ウインドストーム。キヨが唱えると、リカとメイのウォーターウォールが竜巻の中に消えた。リカとメイが膝をついた。

「時間切れ。ほんと残念だ。仲間になってもらいたいぐらいだけどな。約束は守んなきゃならん」

 奥ではカズキが立ち上がり、白髭ら三人と対峙していた。

「ほう……カズキがちょっと回復してるじゃん。お前ウォータウォールにヒールを埋め込んだのか?」

 リカが顔を上げにやりとピースサインを作った。

「ははは! 悪くないテクニックだぜ。ほんと仲間になってほしいよ」

 キヨが無邪気な笑顔を見せた。じゃあ、仲良くできるでしょ?

「でも。もう全部終わりにしなきゃな」

 悲しそうに両手を上に向ける。右手が緑に、左手が青に光る。光は徐々に大きく、強くなっていく。

「ああ……これはもー……アカン……ウチ……全然ダメやったなぁ……」

 リカが何かを諦めたかのように目をつむって頬をゆるめた。腹部のゼリーはいつの間にかなくなっており、血のシミが大きくなっていた。

「じゃあな。リカ、カズキ。メガウィンドカッタ。メガウォータアロー」

 キヨの両手から閃光がほとばしる。手前に緑、奥に青。青の矢が小太りとカズキを一緒くたに串刺しにした。緑の刃がリカの首をめがけて走る。

「リカさま!」

 メイが飛んだ。リカが地面に倒れこむ。メイも覆いかぶさる。刃が洞窟の壁を粘土細工のように切り裂いた。

「め、メイさん!」

 リカが起き上がる。メイが動かない。メイを抱き起こすリカ。

 メイの脇腹から血がごぼごぼとゆるやかに流れ出した。

「ユイを……ユイを頼みます……お願い……テレポでユイを連れて……逃げてくれませんか……ユイに……普通の女の子の人生を……」

 これは現実なのだろうか。

「バカ野郎! 邪魔するなよ! 無駄死にすんなってーのによ!」

 キヨが本気で怒っている。

 向こうでは白髭が慌てた様子でこちらを見ている。カズキは倒れている。小太りはうごかない。カズキはうめいている。

 これは現実なのだろうか。夢ではないのだろうか。

「なんで! なんでや! メイさん! ウチが死んだら終わりの話やんか! あんたまで死ぬ必要ないんやで!」

 リカが泣きながらメイにヒールをかけはじめた。リカのお腹も赤い。手が震えている。メイの顔色が白い。とても白い。メイはもう喋らない。わからない。何もわからない。リカと白髭は仲が悪い。キヨとカズキは双子だった。そこまでしかわからない。みんなが何を守ろうとして、何をなくそうとして喧嘩しているのか。わからない。でも今、も一つわかったことがある。

「なにを……なにを……してんの?」

「おい、お前いたのかよ! 元気ならさっさと黒髪を助けてやれよ!」

 キヨが驚いたように口を開く。

「き、キヨさん! どういうことですか! こっちに危害を与えるとは! 話が違う!」

 白髭が詰め寄ってきた。守り人はあたふたと小太りの周りで何かをしている。

「うるせえな! 別にあいつを狙ったわけじゃねえよ! カズキの前に無防備に立つからだよ! そのせいでこっちもしくじったぜ! 一発で仕留めるつもりだったのによ……軌道がずれちまったじゃねえか……」

「し、しかしですな! 彼がいなくなると困ります! そっちの女の命とは重さが違うんですよ!」

「そっちの女ってメイのこと……言ってんの?」

「あ? そっちの女? メイ……ああそうだ! こっちは私の腹心で魔法府の参事官だぞ! お前らのような平職員とは違うんだよ!」

 白髭の手が肩を突いてきた。少し身体がふらついた。一歩足を出す。燃えている。

「うわああああ!」

「なにっ! な、なにを……お前!」

 キヨの目の色が変わった。

 白髭の前腕が燃えている。肘から下が黒く、そして白く灰になり、ぼそぼそと地面にこぼれた。あっという間だった。

「あああああ! 私の腕! 腕!」

 うずくまる白髭を尻目に、キヨは素早くばっと後ろに飛びのき、ユイとの距離をとった。

「メイに……何を……したの? お腹が切れてる……血がいっぱい出てる……死んじゃう。私は……ヒールなんてできない……! メイが……死んじゃう!」涙がこぼれる。

「き、貴様ぁ! ロックメテオ!」

 白髭が足元で立ち上がった。ひどい汗をかいている。転がるように離れていった。その瞬間、洞窟の天井の一部がごぽりと抜けて、自分の頭めがけて大岩が落ちてきた。手を空にかざす。

 じゃん、という音が立ち、手の先数メートルから岩が溶け、そして蒸気に変わっていく。自分のいるところだけドーナツのように穴があいていった。どん。という大きな音が小さな細穴に響く。岩が地面に落ちた。閉じ込められた。天井に向かってぽかりと開いた穴は、もうもうとした煙に包まれている。

「どうだ! 小娘め! ぺしゃんこだろう! 目を背けるような死体になってしまったな! この私に! 魔法府の長官である私に歯向かうからだよ! 私の意思は国の意思! 私が正義なのだ!」

 白髭が何かを叫んでいる。頭の上の穴にくぐもって響く。

「ユイさん!」

 リカの声が聞こえた。

「リカ副長官! 全部、君のせいだからな! この娘が死んだのも! ロードコードがこれから死ぬことも! そこにいる娘が死ぬこともな! 詫びる暇を与えてやりたいところだが、弱ってるお前にまみえるチャンスなど多くはない! 機はのがさんよ! ロックメテオ!」

 ぐわんという音がした。まさか。


続く。

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