#25 逃走者
「美味しいっ! ユイさん! 怖い顔の人って案外美味しい料理を作るって話、ホントだったんですね!」
「でしょ! それに怖い顔の人って案外手先が器用だったり、雨に濡れた子犬を助けたりするんですよ! いや、見たことはないんですけど、そんな感じのイメージ! ほんとに見ちゃったらそれはそれで『え?』って二度見しちゃうだけかもしんないけど! なはは」
食卓を挟んでリカとユイが黄色い声を上げている。手に持ったスプーンがせわしなく動いている。空腹は最高のスパイス。それかもしれない。
「り、リカさま! し、失礼ですよ! ユイ! あんたも! 師匠なんでしょ! 敬意を持ちなさい! す、すみません。お食事をごちそうになっているというのに……」
急いで場をとりなした。
「メイちゃん……別に構わねぇよ。こいつの礼儀のなさは最初っから一貫してるからな。今更気にならねー。リカさまは……あのリカ・トワさまだしな……何も言えねー……」隣に座るケイトはゆっくりとスープを口に運びながら、困ったように虚空を見つめ、パンをちぎった。自分も一口すすると、確かに美味しい。空腹だけではない理由がありそうだ。
「メイ、師匠じゃなくて親方! お・や・か・た。ね!」
「何が『ね!』だ! 俺はお前の友達じゃねーぞ!」
「えー! 親方、私にだけアタリがきつくないですか?! ひどっ!」
統一歴二〇一五年九月五日午後九時半。ザッシュ。ケイト・ファン宅。
「ケイトさん。ありがとうございました。本当に命拾いしました。恩返しができるかどうか、今の状態だと何もわかりませんが、可能ならばこの御恩に報います」
食事を食べ終わったリカがテーブルに両手をつき、ぺこりと頭を下げる。昨日洗ったばかりなのに、薄汚れた服からは土とほこりと汗と血の臭いがかすかに漂う。多分自分の服も同じ臭いがしているのだろう。
「いいですよ別にー。たまにはこーやって誰かとメシを食べるのも悪くねーですから。副長官さまを迎えるにはちいとばかり汚い家ですけど。まあ、自由に使ってください」
「やった! リカさん、ね! ほら、前に言ったでしょ! 親方はザッシュでも貴重な独身なんだから! きっと私たちを受け入れる余裕があると思ったの! なにより顔とか口ぶりと違ってホントは優しいから! そいでもって、お金も多分結構持ってるから、しばらくの間はここにいて大丈夫ですよ!」
「うるせえー! てめーは黙ってろ! ユイ!」
一時間前、無理やりケイトの家に押しかけた。ユイの「親方! 匿ってください! あとめっちゃくちゃお腹すいた!」の一言で今がある。ケイトは何も聞いてこないし、こちらも何も説明していない。決定権も説明責任もリカにある。さすがに多少事情を話したほうが良いのではと思ったとき、リカが頭をあげた。
「ケイトさんは……ご存じでしょうか? 今の私の現状を。報道や噂は回ってきてますか? 何かお聞きになってますか?」
「ちったぁ知ってます。新聞にもでかでかと書かれてましたし、張り紙も出てますから」ケイトが親指を窓の外に向けた。カーテンが閉まって見えないが、大街道沿いにある掲示板のことを言っているのだろう。
「ふうむ……では報道規制をしてるわけではないんですね。少しだけ期待してたんですけど、甘かったか……えへへ」
優しくない現実を突きつけられ、あの日のことが蘇る。国中に狼煙が立ち、追われる身となったあの日。
官舎の部屋に戻って数時間もしないうちに、必死の形相のリカが部屋のドアを開けて入ってきた。顔は青ざめ、猫背気味に肩で荒い息をし、右腕からはどくどくと血が流れていた。「あなたたちも危険なので、みんなで逃げます!」言うやいなやテレポで見たことのない荒野に飛んだ。そこから先、下手にテレポをして、誰かがいるところに出てしまってもまずいということで、できるだけ人に会わないよう、三人で隠れたり歩いたりしてきたが、一日を待たずして早い段階で追手に遭遇した。そのたび、一旦テレポをして逃げるということを繰り返してきた。ユイにシールの訓練もさせながらだったため、とにかくせわしく張りつめていた数日間。ユイだけはいつもどおりの調子だったけど。
世界がどうなっているのか何も知らなかった。体力、気力も限界に近づいていたので、信頼できるだれかに匿ってもらおうという話になった。親族には手が回っていて、警察等にマークされているかもしれないから危ない。それならばとユイが提案したのがケイトだった。
テレポは使い手が訪れたことがある場所しかいけない。リカはザッシュに来たことがなかった。なので、ザッシュから一番近くて一番人目につかなそうな既訪問地――ザッシュからニ十キロ程度離れた洞窟――に一旦テレポした。街に入るとなると、現在のボロボロの状態では目立つ。そこで一旦、洞窟内で洗濯や入浴をして休養した。その後は追手も現れず、ウサギのようにこそこそと、街道から外れた獣道を歩いてきたのだ。
「俺のところにもー警察が一回来ました。指名手配の三人が来てないかと」
「三人?! 私だけじゃなくて?」
リカが顔色を変えて立ち上がる。椅子が後ろに倒れた。自分もどきりとした。父母の顔が目に浮かぶ。動悸が速まった。ユイを見ると、こくりこくりと首を揺らしている。半分しか目が開いていない。少しホッとする。ユイにはあまり聞かせたくない話だ。
「は、はい……今の……この三人です。幸い……っていうかどうかはわかんねーですけど……掲示板に出てる人相書きはリカさまだけです」
「そんな……本当にごめんなさい……私に関わったばっかりに……メイさんユイさんに……こんな……」
テーブルについた手が震えている。
「新聞には……なんと書かれていたんですか?」
声を失ったリカの代わりに、自分が頑張らなくては。ショックは大きいが、こういうこともあると思っていた。何より、ユイを守らなくてはいけない。まずは現状把握だ。ケイトはテーブル下の収納から新聞を取り出し、朗読を始めた。
「九月一日、現国王の突然の退位表明に対し、反対を唱え、クーデタを起こそうとしたリカ・トワ魔法府副長官を不敬罪で指名手配。現在、秘書官二名とともに逃走中。だとよ」
「なるほど……やはりそういう筋書ですか……とうとうやりやがりましたねぇ……」リカが倒れた椅子を直し、ゆっくりと座った。こちらを見て泣きそうな顔でウインクをする。道中でリカが予想したストーリィと寸分たがわない。リカ自身も少し落ち着いたようだ。
「違うんでしょ? 俺は……リカさま、あんたのことは噂でしか知らない。しかも、申し訳ないことですけど、あんまり……良い噂じゃない。だから、多分、あなたが単独で来てたら『匿ってくれ』って言われても断ってた」
「……正しい判断だと思います」
居ずまいを直し、リカが悲しそうに笑った。
「でも、こいつの――」
ケイトはニヤリと笑いながら顎をしゃくり、ユイを見た。
「このバカヤロウの連れなんでね。最恵国待遇です。リカさまが正義だと信じます。誰かにはめられたんでしょう? 宮中の権謀術数はひどいって聞いてますんで。とにかく、なんせ、はあ……こいつの行く先では問題しか起こらないんだな」
ケイトが髭を大きく揺らして笑った。ユイを見る目が優しい。当のユイはもう瞼が閉じ切っていた。
「ああ……なるほど……私じゃなくて、問題の発端はユイさんのもってる運命だったのか。えへへ……」
リカが袖で目をこする。自分もうつむいた。リカの申し訳なく思っている気持ち。ケイトのユイを信じる気持ち。心配しているであろう父母の気持ち。今の自分のみじめな現状。思いが交錯して、とんとんと胸を叩いていく。
「とりあえず。今日は寝ましょー。寝室はみなさんで使ってください。俺は身体が大きいから寝室もでかいんです。細身の女子三人ぐらい余裕で入れますよー。トイレはそっち。俺はあっちの部屋で寝るんで、後はご自由に。あ、食器を片づけてもらえると嬉しいですね」
「ケイトさん……本当に……ありがとうございます」リカが立ち上がって礼をした。
メイは溢れる涙で立ち上がることすら出来ず、重力に任せて頭を下げた。
続く




