#24
「私が……カズキさんを助ける?」
言葉の意味を理解するのに時間がかかる。リカじゃなくて、メイでもなくて、自分が。
「ユイさん……あなたの真の魔力はロードコードさまを優に超えています。おそらく全盛期のときのロードコードさまよりも強い。その髪留めをつけている今ですら……本当に信じられないことなんですが……半月前に会ったときよりも魔力量が増えている……」
思わず自分の両手を見てみる。なにも変わらない。昨日と先月と、どう違うのかがわからない。工具を握るところのマメがちょっとずつ成長してるなというぐらい。
「シナリオというのは、本当に単純でして……過去から今までに、何人か目をつけている魔法使いがいたんですよ。その人たちの現状を調査して、どうにかなりそうなレベルかどうかを判断するというものです。この黒龍が復活しそうなタイミングでユイさんと出会えたことは奇跡です。ロードコードさまもはしゃぐというもの……」
リカが優しく笑う。わかる。カズキは本当にこの国が好きなんだろうと。国を守れるなら自分の命もいとわない。そこに現れた希望が自分。これは現実なのだろうか? 鼻の奥が痛い。粘膜が乾いている。
「目星をつけていた人たちは全て……もちろん、とても優秀な魔法使いです。魔法使いとしては……。ちゃんと調べました。今は全員クラスA……しかし、この件を担わせるには重いというのが偽りなき評価です。一人……かなりの使い手がいるんですが……まあ、ちょっと色々あって協力を仰げません。あ、ちなみに、私も目星をつけられてたうちの一人です。二十年前、高等を卒業した後、ロードコードさまに見込まれて直弟子になりました。……でもダメでした。ロードコードさまの期待に応えられるほどには成長できなかった……魔法府副長官……蓋を開けてみればなんてことない行政官ですよ……えへへ」
リカがすっと目をこすり、ぎゅっとまばたきをした。
「だからね。ユイさん、あなたには少し嫉妬してるんですよ私」
流し目を受けて「あ……その」と何も言えなくなった。
「えへへ。冗談ではないけど冗談です! 今はそんなことを言ってる場合じゃないんですから。あなたならできる。ロードコードさまを救える。私は……立場的にこれは絶対に言っちゃいけないんだけど……この国を守りたいよりも前に、師匠を救いたいん……です」
途中から声を震わせていたリカの頬に、とうとう涙がこぼれた。ユイは自分の目も熱くなっていることに気付いた。リカの本気に心が反応する。
「わ、私は……本当に……みんなが言ってくれるように、すごい魔法使いな……なのかな? ……そこが本当に本当に……まだ全然信じられなくて……いつもへまするし。物覚えはやたらに悪いし……偉い人には大体怒られるし……魔力が多いのかもしれないけど……使える魔法は少なくって……火炎系しかできないし……」
ぽんっと、肩に手が置かれた。見なくてもわかる。ここが百人に囲まれた雑踏だったとしてもわかる。メイだ。メイの優しい体温が流れてくる。
「ユイはさ……助けたいんでしょ?」
「……うん!」
「じゃあ、やるしかないでしょ。あんたの信じる道を行くしかないよ」
メイの言葉に驚いて顔を見る。
「なんか……ぎゃくっ! いつもと逆だ!」
「……なにが?」メイがいぶかしげに眉を動かす。
「大体さ。私がそういうこと言うんだよ。いつもは。やるしかないじゃん! みたいなこと。そんで、メイがしぶしぶやるの。なはは」
「確かにそうかもね」ふっとメイが息をつく。
「いつも自分の背中を押してもらってるユイちゃんに、たまにはメイが恩返ししなきゃいけないってことだね、きっと! でもありがと! 気持ちが固まった! リカさん! 私やります! 何をどうすればいいのかまだよくわかってないけど! とにかくやります!」
右手を高く上げた。
「ありがとうございます……お二人はほんと、良いパートナですね。私に足りなかったのは、こういう環境だったのかも。えへへ」
リカはくるりと背を向け、高台から海を見る。
「ロードコードさまは……最期になんておっしゃってましたか? 多分……私のところに、行きたければ行け、そんな感じの言葉をユイさんにかけたんじゃないですか?」
「そうです! 自分のことが知りたければどうぞ、みたいな……感じ? だったと思います!」
「やっぱりそうでしたか。そうでしょうね」
リカが笑う。こちらに向き直る。
「ロードコードさまは、おそらく……一応、形式上、黒龍復活時のシナリオを作ったんだと思います。多分、本当の本当のところでは、自分でリスクシールをしようと思ってるんじゃないかな?」
「え?! な、なんで?!」
「そうやって繋がれた命だからですよ。彼自身ね。当時の大魔法使い二人の命で今がある。その背中を見てずっと呵責の念に囚われて生きてきたんじゃないかと思うんです。いい加減、楽になりたいんじゃないかな? ユイさんの力を見た時点でわかってるはずですよ。これなら黒龍もどうにかなるって。でも今ユイさんがおっしゃったように、強制はしなかったでしょう? しかも、黒龍封印ではなく、自分のことが知りたければ、という別の理由で私のところに促した。黒龍は自分自身でケリをつけるってことの現れでしょう。自分はそれで死ぬ。そうなると、ユイさんのことについてユイさんに教えてあげられなくなる。それは可哀相。だからロードコードさまの研究について一番よくわかってる私のところによこしたってとこでしょうか? あなたの力になってあげたかったんでしょうね」
「私の……力に? そ、そんな私……カズキさんに心配されるほど困ってたかなぁ……いや、そりゃ不器用だから、丁稚としてはすんごく困ってたのは間違いないんですけど……そこまで気にしてなかったし……え? そうですか?」
「困るのは……これから……ですかね」
リカは両手を打ち合わせた。
「というわけで、ユイさんについての仮説について、お話しましょう」
「とうとう……きた!」待ち構えるように唾をのんだ。
「ロードコードさまがモンスターハンタだということはご存じですよね? 彼は古今東西のモンスタについてずうっと研究してきました。その関係でいろんなところに知り合いがいます。この国にも、シェルドンにも。パランダルにもいるそうです。詳しいことはわかりませんけど、その中で一つ、世界について見えてきたことがあった。『無の歴史』についてです」
「無の歴史……」
メイが息をのんだのがわかった。
「む、無の……歴史……とは?」
メイが飲んだ息が「はぁ」と吐き出された。
「千二百年前。ロンドリームは突如として歴史に登場したの。逆に言えば、そこまでは何もなかったってことになってる。統一歴元年、タロ・ロンドリームがロンドリーム王国を建国する。以上。質問は受け付けないって感じで。王国の公式見解では神が天からもたらした王ってことになってるよ。それ以前は何もなかった。つまり無。千二百年より前はすべて無。無の歴史。そんなはずないと……私は思ってるけどね」
「私もそう思ってます。ただ、そういう風に言われてるということは、そういう風じゃないと具合が悪い人たちがいる……もしくはいたってことです。記録がないから、誰にも何にも本当のことはわかりません」
「ふ、ふむう……な、なんとなくわかったようなわからんような……一番わからんのは……この話が何の関係があるのかってことです……。なはは」
「紅竜の伝説はご存じですか?」
「えええ! わかってないのに話変わった! 私、おいてけぼりです! リカさん!」
「ご安心ください。最後につながりますから」
にこりとするリカ。最後に話がつながったことが、はたして自分にわかるかどうか。自信がない。困ってメイを見ると親指を立ててくれた。わからなければ説明してやる。細い指がそう言っている。
「世界が悪い方向に走り出したとき……全てを解決する紅竜が現れて、人々を助けてくれるという話ですよね。伝説というか……おとぎ話と思ってましたけど……」メイが早速助け船を出してくれた。
「ああ! それ? それは知ってる! 絵本で読んだ! 小さいころ、お父さんが読んでくれた覚えがある! 悪い王様がいて、みんなが苦しんでる。でもどうすることもできない。そんなとき空が光って割れて現れた紅竜! 悪い王様はほうほうの体で逃げちゃって、みんなはっぴぃ! いい話だよね。正義の味方って感じ!」
「さてここでクエッション」
リカが両手の人指し指を立てる。ぴゅうと風が吹き、青いスカートがはためいた。
「ロードコードさまは、この二つの話を結びつける仮説をたてました。無の歴史と紅竜伝説ですね。さて、それはいったいどういうものだったでしょう?」
「ええ?! そんなのわかるわけない!」
思わず頭を抱えた。昔のことはわかんないという話と、みんなを助ける竜。繋がりようがない。ちらりとメイを見ると、口に手を当てて考えこんでいる。
「ヒント! ヒントください!」手を挙げた。
「おっけいです。先ほど、ロードコードさまが他の国の人と交流があったという話をしましたよね。そこから見えてきたと。ロンドリームの中でずっと過ごしていれば気付かなかったということです。具体的に言いますと、シェルドンには過去のことを調べる技術があるようでして、地層を見ると千二百年前のこともぼんやりとわかるんだそうです。すると、そこにはすごく特徴的な石が入ってるんだとか」
「ち、地層ってあの……崖にある縞々したやつですよね? へー……あんなのからわかることがあるんだ……」
リカがうなずく。
「そうです。あの縞々です。千二百年前の縞々には、軽石がたくさん入ってるんですって。それがヒント」
軽石といえば、穴ぼこだらけのかさかさした石だ。小さいころ、メイと一緒に水に浮かばせて遊んでいた。
「もしかして……」
メイが何かを言おうとした瞬間、リカが手をのばして遮った。空を凝視している。同じ方向を向いてみると、遠くに茶色の煙が、空を切り取るように真っすぐと立ち上っていくのが見えた。よく見ると、はるかかなたにも薄っすらと同じような煙が見える。
「……なに? あれ? 変な煙だなぁ……」
「リカさま……もしかして……何かの狼煙ですか?」
「はい……。あれは……かなり……まずいヤツですね……」
リカが歯を食いしばりながら笑顔を見せた。口元がいびつに歪んでいる。
「説明する時間があればいつかします! 先に言っておきますが、ドネザルから避難していただいても構いません! 私はすぐに……王宮に戻ります! 手を!」
慌ててリカの手を握る。
「テレポ!」
「お二人は部屋へ戻っててください!」
リカの顔は上気し、せわしい息が吐き出されている。
着いたのは、どこかの建物の屋上だった。三百六十度に街が見えるので、ドネザルであることは間違いない。「テレポ!」間を置かず詠唱するリカの姿は、朽ちた縄がほどけるように消えた。
こんなに連続使用して大丈夫なんだろうか。テレポは相当魔力と体力を消費するらしい。
静かにメイと視線を交錯させる。メイが瞳を右上にきょろりと動かした後、軽く顔を動かした。同じ方角を向くと、あの煙が王宮から立ち上っていた。先ほどと同じように、遠くにも同じ茶色の煙が見える。
「え? これ……どういう……こと? 国中でおんなじ煙上げてるの?」
「狼煙……何かの合図。リカさまの慌てぶりからして、王宮で何かが起こった。そして、そういうときには茶色の狼煙で伝令するように決まってた。ほら、あっちにも薄く見えるでしょ? どこかで狼煙が上がったのが見えたら、別の場所で同じ狼煙を上げる。そうやってどんどん繋がっていくの。それが、私達がさっきいた場所にまで届いたってこと。震源地は……ここなんだろうね。論理的に……そこまではわかる……でも何が起きたのかはわからない……」
「なるほど! 煙のリレーってことか! ……ていうかここどこ?」
「ここは……地理的に……官舎の屋上っぽいね。上ったことないから百パーセントそうだとは言わないけど。リカさまも『部屋に戻れ』って言ってたし。多分。」
メイが身体をぐるりと一回転させる。
「あ、官舎か。確かにそうかも。昨日の夜上った。うん。おんなじだ」
「なんで上ってんのよ!」
「自分の部屋がわかんなくて……なはは。適当にうろちょろしてたらここに出た」
メイが肩を大げさにすくめた。
「まあいいわ。とりあえず命令に従いましょう。部屋に戻ろうユイ」
「部屋に戻れってのは……自分の部屋とは言われてないよね?」
「何が言いたいかわかった……じゃあ、一緒に私の部屋にいきましょう」
肩にメイの手が置かれた。あたたかい。
「さっすがメイ! 一人はさみしいもん!」
腕を絡ませると、メイもぎゅっと力をいれてきた。
「私も……不安なんだよ……何がどうなってるのか……一人でいたくない」
もう一度空を見る。風が狼煙を粉々にしていた。どうやら、もう新しい煙は湧き出ていない。何かが起こり、そして終わり。世界は新しいどこかに着地したのだ。
続く
用語解説
【地名等】
ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。東州、中央州、西州、島嶼州の四州にわかれる。
シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。
パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。
バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。
レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。
ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。中央州。
ドネザル ロンドリームの王都。東州の中心都市。
アルジャント ロンドリームの町。中央州にある。山間の田舎町。
パークライナ ロンドリームの町。西州の端にある。高等魔法学校がある。
【人物】
ユイ・アムル 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。
メイ・トルティーヤ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習いを始める。
ケイト・ファン ユイの勤める魔具開発会社の上司。
カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。若く見えるが百歳代。五大魔法使いの一人。火の大魔法使い。勇者キヨのかつての仲間。
ジン ドネザルにおけるメイのメンタ。
ジロー 警察官。
リカ・トワ 魔法府副長官。行政に残したカズキの腹心。
黒龍 伝説のモンスタ。八十年前、勇者キヨによって封印される。
マキオ 黒龍退治の際のキヨのパーティメンバ
ユキト・カトー 魔法府長官。白髭の紳士然としたスタイル。
シゲル・オースミ 魔法府参事官。小太り。
ナギ 魔法府省庁調整課
シンジ・アムル ユイの父。
ショータ・ロンドリーム 現国王。
【魔法】
ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。
ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。
ファイアモール 高熱の火で穴を掘る火炎系魔法。
シーク 相手のレベルや状態を調べる水系魔法。
エリアシーク 周りの状態を調べる水系魔法。
グラビティカ 重力を操る大地系魔法。
テレポ 空間移動を行う時空魔法
シール 封印魔法
【物等】
高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。
魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。
消魔香 魔力を封じる香木。
五元素 地火水風空
クラス S―A―B―C とある。クラスごとの人数比は三百倍程度。例、Cクラス三百人に対し、Bクラスが一人輩出される。
スコープス 魔具開発会社。本社は王都にある。
ロンドリームの行政構造 王の下に、行政系の省庁と魔法府がある。魔法府が最上位。その他、横並びに総務省(警察庁含む)、法務省、外務省、財務省、文部省、厚生省、建設省がある。




