#21 王宮のパワーバランス
「ったく! こんなに冷や冷やしたの初めてだわ!」
「そう? 高等に入学したときも似たようなこと言ってなかったっけ?」
例会後、リカの執務室に来るようにと言われた。メイと並んで長い廊下を歩く。例会前とは異なり、三々五々に人が歩いている。ああ、これぐらいの雰囲気が好きだなと思う。
「あんとき以上! あーあ……もう長官に睨まれたなこりゃ」
メイは上に向いてふーっと息を吐き、自分の前髪を揺らした。
「リカさんは、長官のことは気にするなって言ってたよ! 私は白髭長官よりリカさんのほうが好きだからそれでいい! なはは」
「あのねぇ……そういう問題かね……」
前からいかにもお姉さん、という職員が歩いてきて手を挙げた。
「おっ。期待の新人。面白かったよ! 頑張りなよ!」
「ありがとう! お姉さん! 私、頑張ります!」
手を振った。メイは律儀に頭を下げてきちんとした礼をしている。
「今のはいい人だったね!」
「省庁調整課のナギさん。いろんな人がいるのよ。だから……ホント気をつけなきゃいけない。誰かの味方は誰かの敵だからね。魔法府に限ったことではないけど、ここは権力の中枢だからね。そういうのも一段すごいわけ。私もまだ半月だから、さほど詳しいわけじゃないけど、魔法府の中は大きく二つの派閥にわかれてる。さっきの例会でわかったと思うけど、ユキト長官派とリカ副長官派。これがそれぞれ次期王派と現王派ってわけ。前に駅で説明したでしょ?」
先ほどすれ違ったおじさん職員は感じが悪かった。わざわざ呼び止めて「何を考えてるんだ長官に向かって! 副長官もこんな田舎娘を拾ってきて何を考えてるのか! 現王が王の座から退いて後ろ盾がなくなったときにはどうなることやら!」とかなんとか言ってきた。いきなりでむっとしたので、「ご心配なく! おじさんが思うような高度なことは何も考えてないから! 私みたいな田舎娘が考えてるのは白髭のおじいさんのことなんかじゃなく、今日の晩御飯はなんだろうな? ってことぐらい!」と言い返した。おじさんは目を白黒させたし、自分はもちろんメイに怒られた。今のは総務課長だとかなんとか。
「てことは……まって! 私に当てさせて!」
「なーんも言っとらんよ私は……クイズしたけりゃご自由に」
メイが肩をすくめた。
「さっきのお姉さんは……私に優しかったからリカさん派! ええとつまり現王派! その前のおじさん、なんとか課長は私にいじわるだったから長官派! だから次期王派! どう?!」
「あたり。実にわかりやすいのだよ。だから気を付け……」
「まあ、別にどっちでもいいけどね! みんな仲良くできるはず! さっきのおじさんには大人げないことしちゃったなぁ。時間があったら後で謝ってくる!」
急にメイが肩を組んできた。
「まっ! そーいうとこがユイらしくていいね!」
ちょうどリカの部屋の真ん前だった。
*
「例会の後もそんなことがあったんですか? 総務課長……ったく。災難でしたね。まあ、ああ言う人たちです。百聞は一見に如かず、よーくわかったでしょ? 魔法府が自分たちのイエスマン組織になるように毎日毎日がんばって腐心してるってわけです。国のためじゃなくて組織のために動くようになっちゃったら、そこはもうダメですね。つまり、すでにもうダメなんです。現王ともども私を排斥しようとしてきてますから。彼らの野望は公然の事実化してますね。最近ではもう。だからこそ、皆さん旗幟を明確にしだしてるのかもしれませんね」ピンクの机に座ったリカが頬杖をついて「はああ」とため息をついた。
「そうなの?! いや、まだ半分ぐらいしか理解できてませんけど……とにかく、国のための組織なのに、国のためじゃなく……組織……いやでも、組織は国のものだから……ん? うーむ……なるほど……これが高度なことなのか……半分すら理解できてないことがわかりました! 単純にリカさんと仲が悪いだけなんだと思ってた。なはは」ユイがソファにごろっともたれかかる。座り心地を楽しんでいるのか、ばねのように背中を押し付けたり戻したりしている。
「それはそれで正解ですよ。あーいう人達、私、きらいですから。ついつい言葉がきつくなっちゃいます。えへへ」
「色々と……やりにくくなりそうですね」
リカとユイの呑気なやりとりを聞きながら、前途に一抹の不安を抱かずにはいられなかった。黒龍の件は、ユイが来てからということだったが、その他の今後やるべきことについては、すでにリカからある程度聞いていた。大幅な組織改革。リカの野望。
「大丈夫だよ! 私、あのおじいさんにも謝ってくるから! 特に悪いことした覚えはないけど!」ユイが親指を立てる。
「そこがすでに不安なんだよ! せめて長官って呼びなよ!」
言ってしまってから、ハッとして居ずまいを正すと、リカが笑った。
「ユイさんがいるとメイさんが年相応になるからいいですね」
「すみません……」
「ユイさんユイさん、メイさんはね。私といるときはすんごいびしってしてるんですよ。とても十五歳とは思えないぐらい。なんなら、参事官よりもよっぽど大人な態度とるんです。えへへ」
「参事官? 参事官参事官……」
「例会のときの司会の人です」
「ああ、あの小太りのおじさん!」
「そうそう! 小太りのおじさん! もう五十歳過ぎてるんですけど、独身だそうですよ」
「そうなんだ! ザッシュだと独身の大人って結構珍しいんですよね! うちの親方ぐらいしか知らない! なはは。王都だとそうでもないんですか?」
「そうですねぇー。ロンドリーム最大の都市ですから、多分ザッシュよりかは独身率高いと思います。都会は仕事がたくさんありますからね。女性が自分で働いて生きていきやすいんです。わざわざ結婚なんてめんどくさいことしなくても」
「なるほど! 社会で習った気がする! ……ん? あれ? そういえばリカさんは独身? というか! その前に! リカさんて年齢不詳!」
「えへへ。そういえば私も独身でした。人のこと言えませんね。歳は内緒! まあ、ユイさんの倍以上は人生生きてますかね」
「えええええ! てことは三十過ぎてるの? 見えない見えない! 二十歳ぐらいだと思ってました! 近所のマナお姉ちゃんと同級生って言っても全然大丈夫! カズキさんと言いどーなってんの?」
「私は単なる若作り。ロードコードさまは特別。黒龍の血を浴びたからちょっとばかし不老になってるんですよ。まったくずるいったらありゃしない」
「ええええ! すごっ! いいなぁ! あ、いやうそ! 私はもうちょっと成長してから不老になりたい! 背がちっちゃすぎるし、胸も足りない! リカさんは背も高いしボンキュッボン! ずるい! おんなじ人間と思えない! で、いくつなんですか?」
ユイとリカがきゃいきゃいと盛り上がっている。ある意味良いコンビなのかもしれないと、メイは少しだけリカに対する警戒感が緩まり、こわばっていた肩がおりるのを感じた。
「私の歳の話はやめましょう。そのうち放っておいてもわかっちゃうと思うし」
リカがウインクをする。
「それよりこれからの話です。お二人ともちょっとお手を」
「はいっ」ユイがリカの手をとり、メイも指に触れる。
「テレポ」
これで二度目。現実味のない空間を超え、光が見えてくる。
「びっくりしたぁー! 急にだもん! 慣れないなぁこれ……」
ユイがはあはあと喘いでいる。
どこかはわからないが、見晴らしがいい。遠くに黒い海が見える。ザッシュで見ていた青い海ではない。どうやら高台の上らしい。ザッシュやドネザルでは見かけない木が生えている。幹が真っすぐで葉は針のようだ。学校で習った針葉樹というやつだろう。高等魔法学校があったパークライナでも見たことがない。少し涼しい。いや、肌寒い。ロンドリームの東北地方、シェルドンとの国境近くなんだろうと検討をつける。短い草が地面に生えている。
「すみません。人払いをする必要がありましたので。つまりは内緒話がしたかったんです」
「ええー! 内緒話ができるように広い部屋になってたんじゃないんですか?!」
「逆ですよ逆。彼ら……ああ、私と対立している長官派ってことです。彼らはあそこで内緒話をさせたいんです。あそこでの会話は筒抜けなんです。私はあまり詳しくないんですが、どうやらシェルドンの技術を使ってるらしいですね。以前、ロードコードさまの名前を王宮では出さないでと言ったのを覚えてますか? そういうことです」
「ほえー……なんか大変だなぁ……あ! でも! ということは!」
「そうです。今からするのはロードコードさまのお話です。半月の間、本当にお待たせいたしました。メイさんも心して聞いてください。今からの話はトップシークレットです。秘密レベル三」
リカがぺこりと頭を下げた。メイの手に汗がにじんだ。隣ではユイが「よしっ! 耳の準備はおっけい!」と拳を握り、口を結ぶ。
「あの日……ロードコードさまが封印地に行った日のお話から始めましょう。ロードコードさまは黒龍の気配に気付いたあと、私に向けて二回伝書鳩を飛ばしています。最初のものには、今から自分が封印地に向かうこと。死ぬ可能性もあるということ。その場合には私との間で決めていたシナリオを実行するように、ということ。そして、ユイさん。あなたが私のもとにやってきた場合、できる限りの便宜を計ってほしいとの言伝が書かれていました。あなたの魔力に関する仮説も一緒に」
「そ、それ! カズキさんが言ってくれてて……私が知りたかったやつです!」
ユイが一歩前に出た。
「どうどう。落ち着いてください。話はまだまだ長いので、順番にゆっくりいきます。ユイさんの魔力については……順番としては最後になりますね。えへへ」
「えー! 新聞小説みたいにひっぱるなぁ……」
「ロードコードさまは封印地に向かいました。そこには名簿に載っていない魔法府の職員が二名、極秘に常駐しています。この事実も秘密レベル三。ちなみに公式に知っているのは、私とその職員だけです。とても名誉な職で、代々厳選された口のかたーい、能力のたかーい人しかなれません」
「ちょ、長官もご存じないということですか?」
驚いた。副長官だけが知っている秘密があるとは思わなかった。予期せぬ事態にメイの声が勝手に飛び出る。
「普通の副長官ではあり得ないでしょうね。私はね。えへへ。特別なんですよ。理由は実に簡単。ロードコードさまの弟子だからです」
「そういう……ことですか。国王直々の命令……ということですね」
「え! ちょっと待って! また二人だけでなんかわからんこと納得しあってる! 求む! 説明!」ユイに袖を引っ張られた。
「ロードコードさまと、現国王ショータ・ロンドリームさまは師弟関係なのよ。ロードコードさまは大魔法使い筆頭として、そして、国王の師匠として国内外から敬意を集めてる方なのよ……はぁ……知っとけ! そんぐらい! 新聞は連載小説ばっかり読んでないで、本文も読め!」
「だって……難しいこと書いてるんだもん……パランダルが出来た時のやつは珍しく読めたんだよ……」
パランダルの名前が出た瞬間、リカの眉毛がぴくりと動いた気がした。
「黒龍の案件は、国王レベルです。一応長官にも話はいってますよ。封印されてるだけってことも知ってます。でも深いところの話は知らないはずです。あれは……あのレベルのモンスタは、ロードコードさまじゃないと対処できませんから。ユキト長官では……百人集まってもまず不可能です。あー……想像しちゃった……気持ち悪い……というわけで、非公式ラインで私が特命を預かっているわけです。国王から見て、私は弟弟子ですし」
「白髭おじいさんが百人……ノームの村って感じ!」
「言えてる! えへへ」
二人はひとしきり笑った後、「話がそれましたね」と言い、リカが両手を合わせた。
用語解説
【地名等】
ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。東州、中央州、西州、島嶼州の四州にわかれる。
シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。
パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。
バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。
レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。
ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。中央州。
ドネザル ロンドリームの王都。東州の中心都市。
アルジャント ロンドリームの町。中央州にある。山間の田舎町。
パークライナ ロンドリームの町。西州の端にある。高等魔法学校がある。
【人物】
ユイ・アムル 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。
メイ・トルティーヤ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習いを始める。
ケイト・ファン ユイの勤める魔具開発会社の上司。
カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。若く見えるが百歳代。五大魔法使いの一人。火の大魔法使い。勇者キヨのかつての仲間。
ジン ドネザルにおけるメイのメンタ。
ジロー 警察官。
リカ・トワ 魔法府副長官。行政に残したカズキの腹心。
黒龍 伝説のモンスタ。八十年前、勇者キヨによって封印される。
マキオ 黒龍退治の際のキヨのパーティメンバ
ユキト・カトー 魔法府長官。白髭の紳士然としたスタイル。
シゲル・オースミ 魔法府参事官。小太り。
ナギ 魔法府省庁調整課
【魔法】
ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。
ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。
ファイアモール 高熱の火で穴を掘る火炎系魔法。
シーク 相手のレベルや状態を調べる水系魔法。
エリアシーク 周りの状態を調べる水系魔法。
グラビティカ 重力を操る大地系魔法。
テレポ 空間移動を行う時空魔法
シール 封印魔法
【物等】
高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。
魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。
消魔香 魔力を封じる香木。
五元素 地火水風空
クラス S―A―B―C とある。クラスごとの人数比は三百倍程度。例、Cクラス三百人に対し、Bクラスが一人輩出される。
スコープス 魔具開発会社。本社は王都にある。
ロンドリームの行政構造 王の下に、行政系の省庁と魔法府がある。魔法府が最上位。その他、横並びに総務省(警察庁含む)、法務省、外務省、財務省、文部省、厚生省、建設省がある。




