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#20 魔法府例会

第二章 王宮のユイ・アムル


「メーイ!」

 人混みの中にメイの姿を見つけた。手を振りながら駆け寄ると、メイが慌てた様子でこちらを振り返った。

「ユイ、はしゃがないでよ! 恥ずかしいじゃん!」

「なはは。恥ずかしいのはメイじゃないから大丈夫だよ!」

「いやいや! 私も恥ずかしいの! ったく! 女学生じゃないんだよもう!」

 並んで歩く。広い廊下には、周りに同じ制服を着た役人がひしめいている。窓からは明るい日差しが差し込み、踏みしめられた緋毛氈がちりちりと光を反射していた。

「だってさ。知り合いだーれもいないんだもん! 寂しくって。で、メイ見つけたから、うわーってなって! メイが身長高くて良かったよ。うん。見つけやすい!」

「まあ、確かに、逆だったら無理だね。あんた人混みでは春先のタケノコみたいにうずもれてるもんね」

「そうそう! だから私のほうがメイを見つけなきゃなんないんだよ! 使命使命」

「随分大したことない使命だねぇ……」

 メイが軽く握った拳を口元に当ててくすりと笑う。周りの人たちが廊下を右に曲がる。メイが曲がるから自分も曲がる。左側からも人がたくさん歩いてくる。

「今日ってさ。何かの日なの? 九月一日午前九時に王宮の第二ホールに来いって手紙に書いてたから、官舎から……そう! 昨日の夜中に着いたばっかりなのに! 自分のいる場所がどこなのかもわかんない状態なのに! 迷い迷いようやくここまで来たんだけど……みんな呼ばれてるの? あ、ていうかメイ! メイも官舎にいるんでしょ! 一緒に行こうよって誘ってよ!」

「知らないよ! あんたがどこで寝泊まりするかも聞いてないし、大体私は、魔法府に入ってから朝早起きして王宮の練習場で魔法の特訓してるの。ユイが出る時間には官舎にいないんだよ!」

「えええ! 偉っ! なんでなんで!」

「……恥ずかしながら、ここでは……私は下から数えたほうが圧倒的に早いぐらいの実力しかないのよ……この半月で色々思い知らされたわ……これが魔法府なんだってね」

 メイが唇を噛んでいる。顔を上に向け「はあ」と吐くと、優しくこちらに向き直った。

「今日はね、魔法府の月一の例会なんだ。だから、府内の職員全員が集まるの。まあ……私もこっちに異動してきてから初めてだから、あんまり偉そうなこと言えないんだけど……他の省と同じなんだったら、現状の課題とか伝達事項とか、そういうことを偉い人がわざわざお話してくれるありがたーいミーティングってわけさ」

「へー! めんどくさっ! 高等のときの朝会と一緒じゃん! 校長先生の話がつまんなくて、みんな半分ぐらい寝てたよね!」

 周りの職員がこちらをちらりと見てきた。くぐもった笑い声も聞こえる。

「ばか! 声が大きい!」

 メイが眉をひそめた。


 ホールにはざっと見て百人を超える人が集まっていた。柱、壁、天井、そこら中に豪奢な装飾がされている大きな広間だ。廊下は風が通って涼しかったが、ここは人いきれと残暑でむんとする。

「こんなにいるんだ!」

「魔法府は政府の組織の中では職員が少ないほうだよ。だからこそエリートって呼ばれてるんだから……なんせ、リカさま曰く、国のAクラスの半分はここにいるらしいからね」


 ごーん。ごーん。


 時を告げる鐘の音が響き渡る。城の一番高い尖塔についている鐘楼だ。城を外から見たときに、一番目立つ鐘。かなり大きく聞こえるから、ここは尖塔に近いのだろう。

 先ほどまでにぎわっていたホールが、ぴたりと静かになる。衣擦れの音一つしない。ぎいっと前方の扉が開き、三人の職員が入ってきた。背の高い白髭の男、小太りの中年、そして――

「あ! リカさ」

 言い終わる前にメイに口を押さえつけられた。左右の職員が訝しむようにこちらを見てきた。リカを見ると、遠くで微笑みながらこちらに手を振っている。白髭と小太りが困惑した表情でリカを見ていた。手を振り返そうとしたら、メイに身体も押さえつけられた。

 ユイから見て左前方の壁面に、三人が並んだ。小太りがえへんと一つ咳ばらいをし、朗々と声を上げた

「ただいまより、統一歴二〇一五年九月、魔法府定例会を開催する! 一同礼!」

 周りが一斉にお辞儀をした。タイミングを逸したが、ユイも一応頭を下げた。

「長官のお言葉!」

 小太りが力強く宣言すると、整列する職員に対峙するように、白髭が中央に出て来た。つまり、この人が長官。ナンバーワンなんだ。「ほぉー」と感嘆の声が小さく漏れた。メイが肘でつついてくる。

「諸君、おはよう」

「おはようございます!」

 まるで白髭と戦っているかのように、職員たちが地鳴りのような挨拶をした。白髭は満足そうに頷いている。ユイも少し遅れて「おはよーございまーす!」と返した。

「現状、魔法府において特段の案件はない。いつもどおりだ。もちろん、今日国を揺るがすような何かが起こるかもしれないけれどね。重要犯罪人が逃げ出すとか」

 白髭の言葉で会場に笑い声がとどろく。作ったような声の響きだ。

「上半期最後の月、気を抜かず、いつものように、職務に邁進してくれたまえ。選ばれた君たちにならたやすいことだろう。以上」

 白髭が元の立ち位置に戻っていく。

「そこまで面白くないけど、話短くていいね」

 声をひそめてメイに話しかけると、苦虫を噛み潰したような顔を向けてきた。黙れということだろうと思い、形だけ前を向いた。

「副長官のお言葉!」

 小太りがリカのほうをしずしずと向く。

「あ。特にありません。えへへ」

 リカは右手を顔の横で開き、小首をかしげている。後ろでは白髭が口を一文字に結んで腕を組んでいる。

 えへん。小太りはまた一つカラ咳をして、声を張った。

「伝達事項! 異動について!」

 場の空気が変わった。緊張感が張りつめている。

「先月十五日付けでメイ・トルティーヤがリカ副長官付きの秘書官になり、同日付でサラ・ミッドナイトが厚生省医薬局に異動した。また、本日付けでユイ・アムルがリカ副長官付きの秘書官になり、同日付けでヨシキ・ランドリーが財務省主計局に異動した。以上!」

 ざわりとした振動がホールを揺らす。メイを見ると、何かに耐えるように瞑目している。変な人事だなと思った。まるで入れ替えてるみたいだ。

「すみませーん! ……えーと……その、ちょっとお腹の大きなえーと……おじさん! 魔法府の人数は決まってるんですか?」

「お、おなかの大きな……おじさん?」

 ざわめきが起こった。ところどころから失笑が聞こえる。小太りが眉毛を八の字にしながら、口元をゆがめている。メイを見ると、小太りと同じような表情をしていた。

「き、君……君はそう……今日入庁したユイ・アムル君だね……? な、何を言っているのかな? 私はお腹の大きなおじ、おじさんではない……シゲル・オースミ……魔法府参事官だ!」

「わかりました! シゲルさんですね! ウチの隣の靴屋のおじさんと同じ名前で覚えやすいです! 靴屋のシゲルさんはハゲてますけど、こっちのシゲルさんはまだしばらく大丈夫そう! なはは」

 再び失笑が上がる。

「なんか不思議な人事だなって思って。まるで数が決まってるみたいじゃないですか。私が入ったら、えーと……誰だっけ、よし、ヨシキさん? だっけ、が玉突きみたいに出て行ってる。メイのときもおんなじ感じだし」

 ねえメイ、と言おうとしたが、メイは片手で顔を覆ってうなだれていた。

「き、君は……どうやら魔法府のことをあまり……いや、全然知らないようだねぇ……ついでに礼儀だとかそういうことも……」

 小太りがちらりとリカを流し見た。リカは愛想よくにこりと頷いている。

「魔法府はエリート集団なのだよ。定数は数百年前から変わらず常に一定、百二十五人。その枠に似つかわしくないものは必要ない。誰かが追い抜けば、誰かは落ちる。当然のことだよ」

 小太りの後ろから白髭が威厳たっぷりに答えた。長い髭を片手でもてあそびながら、ゆっくりと付け足す。

「ユイ・アムル君……君は……ヨシキよりも本当に優秀なのかね?」

 参事官と同じように、白髭もリカをちらりと見た。リカは同じようにかわいらしく小首をかしげて頷く。

「ヨシキくん……彼は……まだBクラスではあったが……優秀だったよ。ゆくゆくはAになったかもしれない……君は見たところ……ん? ああ……Bクラスに近い……いやいや、まだCクラスだねえ……。魔法府にCクラス……何かの間違いではないのかね?」

 場がしんと静まる。リカの目が少し鋭くなったように見えた。そうか。自分が入ったせいでヨシキは出ていかなければならなかったのか。ヨシキは何を思っただろう? 胸がちりちりと痛くなる。自分だってなりたくてなったわけじゃない。黒龍の案件にからむにはこの手しかなかったのだろうか? スコープスに所属したままじゃできなかったのだろうか? リカは色々と考えてみると言っていた気がする。その結果がこれなんだから、もう、これしかないんだろう。じゃあ、腹をくくるしかない。

「間違いとか合ってるとか、そんなの私もわかんないですよ! とにかく私はここでやることがある! でも、安心してください! それが終わったらすぐに辞めてぴゅっと帰ります! 魔具作る修行中なんです! こないだだって、最後に作ったやつは親方が結構誉めてくれたんです。そのうえ、六・三倍だったの! わかります? てことはとうとう魔道具使っていいってことになったんですよ! 私、ほんと嬉しくて! でもなぁ……その日が最後の出勤日だったんですよ……だから結局使えてないの……んーと……何だっけ……えーと……あっ! そう! だから、はやく帰りたいんですよ! ほんとのほんとに!今だってほら、魔道具の練習するために、動力の魔石持ってきてるんですよ。これにうまーく魔力をいれる練習。どこでもできるように、ね! だから、こんなところでよくわからん異動の話とか聞いてても仕方ないじゃないですか。みんなもつまらんと思ってると思いますよ! 半分ぐらい寝ちゃうぐらい。なはは。これは魔法学校の校長先生の話ね。だから、とにかく、私は……なんだっけ? そうそう。終わったら帰ります! この話! そのときにヨシキさんを戻してあげてください! 偉いんだからできるんでしょ、そんぐらい! 白髭のおじいさん!」

 白髭に指を向けた。世界から音が消えたように周囲が静まり返る。「あれ?」と言ってみるが、誰もぴくりとも動かない。整列している職員は全員、右上か左上を見ている。もしくは目をつむっている。まるで誰とも関わりたくないみたいに。またメイを見る。口をぽっかり開けたままどう形容すればいいのかわからない表情をこちらに向けている。泣きそうにも見えるし、笑いそうにも見えた。何かしゃべろうとしているように口がぴくぴく動いているが、言葉にまで練られていない。

「ぷ……あはははは!」

 静寂を切り裂いて、リカが笑い出した。白髭と小太りが訝しむように彼女を見る。

「し、白髭のおじいさんは……い、いいなぁ!」リカはお腹を押さえてうずくまる。

「リカくん! き、君は!」白髭が大声を上げた。

 突然、リカが音もなく立ち上がり、白髭に向けて、これ以上何もしゃべるなというように腕を伸ばした。うつむき加減で口元は笑っているが、目は座っている。

「ユキト長官……私……説明しましたよね? ユイさんは凄い子だって。だから魔法府に入れるって。君が言うならって……お認めになりましたよね? だからここに彼女がいるんですよね? ヨシキさんより優秀かどうか? ……どうして今更話を蒸し返すんですか? つまり……私の言うことを信じていないということですよね? さらに言えば、過去の自分の決断を裏切っているわけですよね? どういう風の吹き回しでしょうか? まさかと思いますが、翻意なさったのでしょうか? 綸言汗のごとしと普段からおっしゃってるあれはなんだったんでしょうか? 今ここで、職員の前できっちりご説明くださりますか?」

 リカは首をもたげ、汚いものを見るような目つきで長官を刺した。白髭は「い、いや……そ、そんなことは……」と言いながら一歩後ずさった。

「こわっ! リカさんこわっ!」

 両手で自分の頬を押さえた。

「緊張感!」

 メイに背中を叩かれた。「ほんとバカ! あーもう! ほんとバカ!」

「あ、メイしゃべれるようになったんだ! あれ? 涙ぐんでる? なはは」

「ほんっと! バカ!」

 もう一度、今度は二倍ぐらい強くたたかれた。

「ちょうどいいですね。お二人とも前にいらっしゃいな」

 リカはもう、いつものにこやかな顔だ。メイと一緒にリカのところまで歩く。白髭と小太りは口をひんまげている。他の職員は相変わらず、どこに焦点を合わせているのかわからない顔をしていた。

「職員のみなさん。この子たちが新しい私の秘書官です。私付きですから、あまり関わることはないかもしれませんが、みなさん。どうか仲良くしてあげてくださいね。そうだ。これを今月の副長官からの言葉にします。だから、ちゃあんと議事録にも残しておいてくださいね。な・か・よ・く。とね。えへへ」

「は、はい……」

 小太りが不承不承といった感じの返事をした。



続く。

用語解説

【地名等】

 ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。東州、中央州、西州、島嶼州の四州にわかれる。

 シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。

 パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。

 バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。

 レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。

 ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。中央州。

 ドネザル ロンドリームの王都。東州の中心都市。

 アルジャント ロンドリームの町。中央州にある。山間の田舎町。


【人物】

 ユイ・アムル 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。

 メイ・トルティーヤ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習いを始める。

 ケイト・ファン ユイの勤める魔具開発会社の上司。

 カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。若く見えるが百歳代。五大魔法使いの一人。火の大魔法使い。勇者キヨのかつての仲間。

 ジン ドネザルにおけるメイのメンタ。

 ジロー 警察官。

 リカ・トワ 魔法府副長官。行政に残したカズキの腹心。

 黒龍 伝説のモンスタ。八十年前、勇者キヨによって封印される。

 マキオ 黒龍退治の際のキヨのパーティメンバ

 ユキト・カトー 魔法府長官。白髭の紳士然としたスタイル。

 シゲル・オースミ 魔法府参事官。小太り。


【魔法】

 ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。

 ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。

 ファイアモール 高熱の火で穴を掘る火炎系魔法。

 シーク 相手のレベルや状態を調べる水系魔法。

 エリアシーク 周りの状態を調べる水系魔法。

 グラビティカ 重力を操る大地系魔法。

 テレポ 空間移動を行う時空魔法

 シール 封印魔法

 

【物等】

 高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。

 魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。

 消魔香 魔力を封じる香木。

 五元素 地火水風空

 クラス S―A―B―C とある。クラスごとの人数比は三百倍程度。例、Cクラス三百人に対し、Bクラスが一人輩出される。

 スコープス 魔具開発会社。本社は王都にある。

 ロンドリームの行政構造 王の下に、行政系の省庁と魔法府がある。魔法府が最上位。その他、横並びに総務省(警察庁含む)、法務省、外務省、財務省、文部省、厚生省、建設省がある。

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