#2 ユイの秘密
「おいユーイ!。俺は今手が離せないからー接客頼んだぞー」
「はーい!」
客の来店を告げる入店ベルが鳴った。
やたらと間延びした喋り方をするケイト親方の声に反応し、ユイは工房を出て、隣にある店のレジに向かった。すでに客は商品のピックアップを終えており、カウンタ前で静かに待っていた。
「うわっ! 早っ! すみません! すぐにレジ打ちます!」
「お願いします」
客がカウンタに置いた品物を一つ一つ確認していく。
「ええと……ばら売りの水の魔石が三つとA級火の魔石が一つ……おっ! へぇー珍しいなぁ! 消魔香だぁー! お客さんもしかしてモンスターハンタですか?」
「え? あ、ああ……まぁ、そうですけど……そっちか……まあ、よく……わかりましたね」
客の若い男が少したじろいだように見えた。
「今時消魔香使うのってモンスターハンタだけですよ! えへへ。これは私が学校のテストで間違えたときに友達に言われちゃった言葉の受け売りなんですけど……でも、面白そう! 私、初めて会いました!」
モンスターハンタはモンスターを捕獲するのが仕事だ。昔はかなりの人がこの職業についていたが、今では少ない。モンスター自体の数が激減しており、人間に危害を加えるような事件も滅多にない。危険度で言えば、病気や人間同士の喧嘩のほうが圧倒的に高い。そのため、最近ではモンスターの研究者ぐらいしかモンスターハンタにならない。
「すんごく申し訳ないんですけど!」
ユイは興奮し、若い男に顔を近づける。
「は、はい……な、なんでしょう?」
男が一歩後ろに引いた。
「これの使い方! 教えてくれませんか? 私、一か月前からこの店の丁稚に入ってるユイと申します! こないだ高等卒業したところなんです! だから、あんまり店の品物わかってなくて……しかもこんなレアな商品、勉強する機会ないので! 正直この商品も名前しかわかってません! 使い方も知りません! 逆にすごいでしょ?」
男は何度かまじろき、瞳をぐるりと一周させた。
「ユイさん……ですね」
そう言って表情をほころばせると、
「わかりました。なんだか面白い人だなぁ。ちょっと僕、あなたに興味が湧いた」
と腕をまくった。
「ありがとうございます! よくわかんないけど、面白いとはよく言われます!」
ユイが屈託ない笑顔を向けると、「そういうところだな多分」と男は言った。
「僕はカズキ。カズキ・ロードコード。お察しのとおりモンスターハンタで、モンスターの研究者です。モンスターを捕まえる際は、傷つけてはいけないので、そおっと近づく必要があります。ところが、モンスターは魔力を感知する能力に長けているため、我々魔法民族はかなり不利です」
ユイはカズキの名前に少し引っかかるところを感じていたが、それよりも大きな疑問点が出来したため、そちらを優先させた。
「はいっ! カズキさん! 不利っていうのは……何に対してなんですか?」
「あ。すみません。そうか。そこも説明しないとダメか……ごめんなさい」
カズキが両手を合わせたので、ユイは慌てて言葉を継いだ。
「違います違います! 多分それはカズキさんの説明が悪いんじゃなくて、私の頭が悪いだけです! これも友達によく言われてますから! よっぽど自信があります! こちらの責任です!」
「そんな妙な自信もたなくていいですよ!」
カズキは思わず噴き出した。
「あの、モンスターハンタをやってるのは、我々魔法民族だけじゃないですよね。もちろんシェルドンの研究者もいますし、小国家にもいます」
「あっ! わかった! わかりました! 研究者たちの中だと、魔力を持ってる魔法民族はモンスターに気付かれやすいから不利ってことですね!」
「ご明察。ほら、ユイさんの頭は悪くないですよ」
「いえいえ。私と二三日一緒に過ごせばすぐに色々わかっちゃいますよ。あんたは魔力だけで卒業した。知力は絶望的って、私達の代の高等魔法学校首席のお墨付きですから!」
ユイが破顔すると、カズキはユイを見つめ、少し目を細めた。
「ああ……確かに……この歳にしてはすごい魔力……ん? なんだ……?」
「……ん? ど、どうかしました?」
「いや……今一瞬なんか……うーん。気のせいかな? 歳だから……目が」
カズキは目をごしごしとこすり始めた。
「歳って……お客さん若いじゃないですか!」
ユイがツッコミを入れる手の形をすると、カズキは苦笑した。
「ははは……まあ、見た目よりは……それなりに歳を食ってるのでね……まあ、その話は良いでしょう。続きの講義をします」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「消魔香は、一見単なる香木に見えます。しかし、この木のブロックは、絶えず魔力を封じる成分を放出しています。焚くとさらに効果が大きくなります。僕は、モンスターハントする際は、一週間ぐらい前から身に着けておいて、フィールドに出たときには香炉で焚きながら動きます。昔、モンスターがたくさん跋扈していた時代は、旅人がこれを焚きながら移動していました。……そうだ。試しに使ってみますか?」
「ええええ! いいんですか? カズキさんの買った商品なのに! あ、いや、まだ買ってはないのか。お金貰ってないし、レジ打ちも済んでなかった……やばい……また……」
ユイは頭を抱えた。レジに立つたび、こうして雑談をしてしまい、後でケイト親方に怒られるというパターンを就職一か月目にしてすでに構築していた。
「ははは。お気になさらず。じゃあ、さっさと支払いはしてしまいましょう」
カズキに促され、他の商品ともどもできるだけ素早くレジ打ちをし、ユイは代金をレジに放り込んだ。
レジの引き出しを勢いよく閉めると、ユイはカズキに向き直った。
「オッケーです! どのみちこんだけ時間かけちゃったら親方には怒られます! おんなじ怒られるなら、消魔香をちょっと使わせていただいてからのほうがハッピィです!」
ユイの結んだ髪が勢いよく揺れる。
「覚悟が決まったようで何よりです」
カズキは目を細めた。
「多分、持っただけではあまりわからないと思います。焚いてこそですね」
カズキは背負った背嚢からひも付きの香炉を取り出し、消魔香を入れ、火をつけた。かぐわしい香りと乳白色の煙がが店内を満たす。棚がだんだん淡く見えてきた。
「おおっ! こ、これは……確かに……なんかパワーが吸い取られるというか……」
「そうでしょう」と言いながら、カズキは香炉をユイの首にかけた。
「この状態で何か魔法を使ってみてください。できないと思いますけど……ふふふ」
「ええー……なんでもいいんですか?」
「はい。なんでもどうぞ」
カズキは胸の前で両手を広げ、余裕そうに立っている。
「じゃあ……私の一番得意なヤツやりますね! もし出ちゃったらまずいから……一応入り口向きにやります。こっちは海岸に向いてるし、人もいないから……よおし……ファイアボール!」
虚空にかざされたユイの右手からは何も出てこなかった。
「ね」どこか嬉しそうにカズキは笑った。
「へえー! すんごいっ! え? これすごいなぁ! ねぇねぇ! ちょっと本気出していいですか?」
「……本気?」カズキの眉根がよじれた。
「はい! なんか知らないけど、私、これ、この髪結び! これとらなきゃ本気でないんですよね。いや、違うか。これはいつも絶対絶対ぜえーったいに、つけとけってお母さんに言われてるんです。でも、たまーにはずれることがあって。そりゃ絶対ありますよ! ねぇ。一生髪結んだままとか無理じゃないですか。お風呂でも外すなって言われて、ほんと迷惑しちゃう。髪洗うのめちゃくちゃ大変なんですよ? あ、話それましたね。それでね。髪結びが外れたとき魔法使うと、結構パワーアップしてるぞってことに、三年ぐらい前に気付いたんですよ。でもこれはメイにしか言ってなくって。あ、メイって幼馴染のほら、例の首席です。でね。彼女もそのことは内緒にしておいたほうがいいなんて言うもんだから、ね。内緒ですよ。でも、今どうしても試してみたいなって。私、自分ではよくわかんないけど、魔力強いなんて言われてるから、それでも全然消えちゃうくらいすごい魔具だから。ちょっと挑戦してみたくなっちゃいました。えへへ。あ、ほんとに内緒ですよ。親方にも言わないでくださいね」
ユイはだらだらと話しながら、髪留めを外した。
「さあ、これでどうかなぁ?」
カズキは先ほどのように目を細めてユイを見た。すぐに大きく目を見開き、慌てた様子でユイの髪留めを手にした。
「こ、これは!? ま、待ってユイさん!」
「ファイアボール!」
一瞬の真空。全ての音が消失し、ユイの掌が恒星のように光る。
どんっ。
空間の水蒸気が蒸発し、周囲のすべてが爆ぜる。
そこにあったはずの商品棚、入り口の扉、店前の海岸線に立っていたケヤキ。直径一メートルほどの円に切り取られたように、部分的に消失していた。周りには物が散乱し、焦げ臭い空気が充満する。
「……あ」
ユイは右手を突き出した恰好のまま固まった。
「……あああ」
カズキも不明瞭な言葉を漏らすだけだった。
「なんだなんだあー! 今の音はぁー! どうかしたかーユイ?」
ケイト親方が裏口から店に飛び込んできた。
「……あ。親方……や、やっほー」
ユイは薄笑いを浮かべて振り返った。
「な、な、なんじゃこりゃー!!」
親方の叫び声はザッシュの街全てに響き渡った。
続く。
用語解説
【地名等】
ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。
シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。
パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。
バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。
レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。
ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。
【人物】
ユイ 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。
メイ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習い。
ケイト ユイの勤める魔具開発会社の上司。
カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。
【魔法】
ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。
ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。
【物等】
高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。
魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。
消魔香 魔力を封じる香木。