#18 魔具を作ろう
怒号に次ぐ怒号。たった一週間仕事から離れていただけなのに、懐かしさでもだえた。
「ばっかやろー! なんでこんな簡単な魔具がまともに作れねえんだよー! おいおい! これの納期は八月二十日! つまり来週なんだぞ! 間に合うのかお前!」
「おっかしいなぁ……。やっぱりブランクがあるとダメなんだなぁ……なはは」
そんなセリフは一人前になってから言いやがれ。俺は仕入れに行くから、作り直しとけよ。親方はぷりぷりしながら工房を出て行った。後にはユイと、ユイが初めて作った『魔具のようなもの』が残された。
誰だって一発目はこんなもの。物覚えの悪い自分にしては良くできた。顔の前で拳を一つ握り、自分を誉める。
自分の作った着火盤を手に取ってみる。台木を図面通りに切り出して、穴あけをする。そこに火の魔石をはめ込む。以上。確かに簡単だ。日曜大工でもできるだろう。ところが――
台木は子供の粘土細工のようにがたがた。あちこちにノコギリのためらい傷がある。穴は何故かおにぎり型。万力の押さえが甘いとこうなる。そういえば親方が言っていた。ついでにハンドドリルも一本折ってしまった。はめこむ魔石もいびつでやたらとくすんでいる。磨きが足りなかったのだろう。水研ぎした後はキレイに見えたのになぁ。
「ファイアプレイス」
ユイが唱えると、着火盤に勢いよく火がともった。じっと観察してみる。魔石の効力も台木も何も問題はなさそうだ。棚にあった五徳を設置し、水を入れたやかんをかけてみる。
ものの五分で湯が沸いた。
「いけるいける! 使える使える!」
誰も聞いてはいないが手を叩いた。ユイはやかんにお茶の葉を放り込んだ。たまに親方が一人で飲んでいるやつ。置き場所は知っていた。しばらく待つと、芳醇な香りが工房に漂ってきた。茶こし越しにコップに注いでみる。
「あちっ! ……うんうん……ほおほお……うん、いける!」
「うん、いける、じゃねえ!」
ドアが開く音と、親方の声が飛び込んでくるのが同時に耳に届いた。
「あれ? 親方早いですね。もう仕入れ終わったの?」
まだ出て行ってから五分も経ってない。
「忘れもんだ忘れもん! ユイ、おまえ……何やってんだよー……」
「なにって……見てのとおりお茶飲んでます。あ! 親方も飲みますか?」
「ばかやろー! 魔具を作り直せって言っただろーが! なにのんびり一杯きめてんだよ! それにそれは俺のお茶だ! 勝手に飲むんじゃねー!」
雷のような声が響いた。思わず耳を押さえる。
「聞いてください!」
負けじと声を張ると、反論されると思っていなかったのか親方は目を丸くした。
「ほら! 見て!」
火のついた着火盤を指さす。やかんの中で湯がぐらぐらと音を立てている。
「どう?! ちゃんと使えてますよ! なんならこのいびつな感じが今風でオシャレなんじゃないかなって思えてきました! なはは。この形がどうにもこうにも愛おしくって!」
やかんを置き、着火盤を手に取る。めらめらと火が躍っている。親方はどこか遠い目をしている。
「そりゃあなぁ……自分で作ったもんはよー。なんでも愛おしく思えるもんさ……特に最初の最初に作ったやつはよー……その気持ちは……職人として……うん、一番大事かもしれねえなー」
「親方……私、これ……この私の職人としての初作品……絶対売りませんからね!」
「ばかやろう! こんなもん売れるか!」
一瞬優しい態度をとったのは何だったのか、またぞろどすどすと工房を横切り、棚の手帳を取ったやいなや親方は出て行った。
ユイの点けた火はなかなか消えなかった。魔石は魔力を増幅する。十秒のつもりのファイアプレイスを一分程度にはできる。それにしても長い。
ユイがお茶を飲み終わり、「さてと」と独り言ちながら二台目の着火盤を作り始めてもまだ消えなかった。
墨付け、墨回し、材木の上に台木の形が描かれた。さっきはここを割と適当にしちゃったからなぁ。曲尺を慎重に取り廻す。
ノコギリを右手に持ち、左手を墨に添えた。左手親指の横にノコギリを当てる。えーと。まず軽く筋を入れるよう、墨に沿って上面を切る……っと。体勢を前かがみにする。次は……奥の面を墨に沿って切る……このとき、上面と奥面の筋が繋がるように気を付けて……できた。これで対角線に半分切れているはず。最後に、手前面の墨に合わせて切っていく……。
ごとり。
木片が床に落ちる。断面を確認すると、先ほどよりずいぶんきれいだった。
「よしっ! あと三辺!」
一心不乱に加工を続けた。十分後、台木を切り出すことができた。
「次は……穴あけ! 思い出せ思い出せ! 親方の言葉!」
万力に台木を挟む。
そうだ。いきなり大きな穴は開けるなって言われてた。小さな径のドリルを選び、ハンドドリルに取り付けた。正確に正確に。ゆっくりと位置を決め、ハンドルを回す。小さな貫通孔ができた。次に所定の大きさのドリルに交換し、根気強く穴をあけた。
完成した台木を見て、充足感を得た。さっきよりずっとキレイだ。
最後は魔石。すでにある程度球形に加工されているので、ぴったりはまるよう、布と金剛砂を使って研磨していく。魔石は石にしてはやわらかい。ちょっと油断すると削れ過ぎてしまう。
「ちょっとずつちょっとずつ……」
口に出しながら磨く。ちょっと磨いてあてがう。この繰り返し。ぴたりとはまりそうになったら、細かい粒度の金剛砂に変え、水をつけながら表面を撫でるように磨く。徐々に透明感が出てきた。
「さっきもこれぐらいでいけると思ったんだけど……乾いてみないとわかんないなやっぱり」
磨く。拭く。反射を確認する。繰り返すうち、滑らかな輝きが出てきた。
「よし!」ユイは磨き上げた魔石を台座にはめた。多少隙間はあるが、先ほどよりフィットしている。
「二号機完成!」
気付けば一時間半が経っていた。そろそろ終業時間だ。ユイは道具を片づけた。一号機を記念に持って帰ろうと、見てみると、
「ありゃ?」
まだ火がくすぶっていた。しょうがないなぁと濡れ布きんで覆い消火した。十分ぐらい持たせるってぐらいで魔力送ったのにな。もしかして、全部がうまい具合に噛み合ったとんでもない名作だったのかも。思わず頬が緩んだ。
二号機を親方の机の上に置き、誰もいない工房に向かって「先に帰ります! お疲れさまでした!」と頭を下げた。
夏の街道は、十七時でもまだまだ明るく、ユイはうきうきした気分でお菓子屋さんに立ち寄ってから家路に着いた。
「おかーさん! おかーさん! これ使ってみて! 私が作ったの!」
母はすごいじゃないと言いながら、少し苦笑いをした。
「親方じゃなくて……ユイが作ったのよね……よ、よーし! じゃあ試してみるわ!」
居間のテーブルの上に着火盤を置いた。母が台所から五徳と鍋を持ってくる。
「あとひと煮立ちさせればいいぐらいだから……まあ、試すにはちょうどいいわよね……うん。よし……ファイアプレイス」
母の魔法に、魔具は軽快に反応して火を上げた。すぐに鍋を置く。少し経つとぐらぐらと煮えてきた。
「お、おおー! いけてる! いけてるじゃないユイ!」
「でしょ! 結構うまくできたと思うんだー」
しゅん。
唐突に火が消えた。
母と目が合う。
「……おかーさん……何分ぐらいのつもりで魔力送った?」
「十分ぐらい沸かそうと思ってたから……それぐらい。一分ぐらいの気持ちで魔力送ったわよ。魔石コンロと同じぐらいの能力があると信じてやったけど?」
母が肩をすくめる。計ったわけではないが、おそらく五分も持たなかった。
「まあっ! こんなもんでしょ! 最初にしたら良くできてるんじゃない? あんたも家に帰ってきてから三四日ゴロゴロしてたもんね。なまった腕にしてはいいと思うよ」
母は豪快に笑って鍋を魔石コンロに戻した。
「おっかしいな……その魔石コンロって倍率いくつ?」
「これ? 結構いいやつ。公称十倍。でももう古いからね。そこまでは出ないわ。だから……あなたのその試作品三四倍ぐらいじゃない?」
「ええー……そうなのかな……おっかしいな……さっきはもっと……まあ、いいや。明日親方に聞いてみる!」
ユイは着火盤を優しく撫でた。
用語解説
【地名等】
ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。東州、中央州、西州、島嶼州の四州にわかれる。
シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。
パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。
バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。
レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。
ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。中央州。
ドネザル ロンドリームの王都。東州の中心都市。
アルジャント ロンドリームの町。中央州にある。山間の田舎町。
【人物】
ユイ・アムル 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。
メイ・トルティーヤ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習いを始める。
ケイト・ファン ユイの勤める魔具開発会社の上司。
カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。若く見えるが百歳代。五大魔法使いの一人。火の大魔法使い。勇者キヨのかつての仲間。
ジン ドネザルにおけるメイのメンタ。
ジロー 警察官。
リカ・トワ 魔法府副長官。行政に残したカズキの腹心。
黒龍 伝説のモンスタ。八十年前、勇者キヨによって封印される。
マキオ 黒龍退治の際のキヨのパーティメンバ
【魔法】
ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。
ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。
ファイアモール 高熱の火で穴を掘る火炎系魔法。
シーク 相手のレベルや状態を調べる水系魔法。
エリアシーク 周りの状態を調べる水系魔法。
グラビティカ 重力を操る大地系魔法。
テレポ 空間移動を行う時空魔法
シール 封印魔法
【物等】
高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。
魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。
消魔香 魔力を封じる香木。
五元素 地火水風空
クラス S―A―B―C とある。クラスごとの人数比は三百倍程度。例、Cクラス三百人に対し、Bクラスが一人輩出される。
スコープス 魔具開発会社。本社は王都にある。
ロンドリームの行政構造 王の下に、行政系の省庁と魔法府がある。魔法府が最上位。その他、横並びに総務省(警察庁含む)、法務省、外務省、財務省、文部省、厚生省、建設省がある。




