#15 誰かの正義と他の誰かの正義
「封印されてただけ……って言ってたよね?」
「そう……でも封印がとけたみたいで……あ! これは言っちゃだめなやつだ! 忘れて!」
ユイが両腕をぶんぶんと振り回す。ロンドリームに迫る危機……黒龍の封印……さっきから話ばかりで姿が見えないロードコード。全て推測だが、かなり呑み込めてきた。
「わかったわかった! だからもう落ち着け! ユイ! ……ところでさ。あの巻物には何て書いてあったの?」
「うーんとねえ……文字が出てきたことにびっくりしちゃって……なはは。つまり、あんまりちゃんと読めてないんだけど……全力をこめてるとかなんとか、そんな感じだったかな?」
「へぇ……」
ほぼ全てを理解した。あのロードコードが全力をこめたシールを解除した……ユイはどれだけ強い魔力を持っているのだろう。これは彼の希望だ。『ロンドリームにとって何かしらの切り札になる』大魔法使いから国へ贈る希望……そう。『万が一のために国に残した』希望ではないのか。
「ところでさ。髪留め……つけときなよ」
「あ、そっか。じゃあさじゃあさ。メイつけてよ!」
ユイから髪留めを渡された。手に持っているだけで、全身の魔力が一気に消えていくのを感じた。
こんな状態で……いつも……過ごしてるのか……。
「はやくはやく! メイに髪触ってもらうなんて久しぶりだ!」
ユイはくるりと後ろを向いた。肩甲骨まで伸びた艶のある亜麻色の髪や、細い首筋がユイの幼さを際立たせる。同級生の中でも一二を争うほど背が小さいユイ。
二三度手櫛を入れてから、髪を一つにまとめる。
「ねぇ……ユイ」
「ん? なに? ていうかさ! ふふふ。気持ちいいからもうちょっとやってよ!」
ユイが爪を研ぐ猫のように、指を立てて空中を切る。
「はいはい」
まとめた髪を戻し、手櫛を続けた。
「ユイはさぁ……どんな将来考えてんの?」
ぼんやりとした質問。自分でも答えるのが難しそうだ。しかし、神からわけのわからない試練なのかギフトなのかを与えられてしまった少女は、この混沌とした世の中でどうやって生きていけばいいのだろう? 自分だったらどうするんだろう?
「前、一緒に新聞読んだよね! あれ!」
「新聞?」
ユイの回答は予想外に早かった。
「新しい国家ができたってやつ! みんな仲良く暮らそうよってやつ!」
そんな低学年の道徳のような牧歌的な話ではなかったと思ったが、内容は思い出した。パランダルの建国に関する新聞。役人になってから、国の動きも少しは掴めるようになった。実際はかなりきな臭いイベントらしい。ロンドリームは表立っての報道以上に、裏でパランダル潰しに動いている。それに、どうやらパランダル自体も、喧伝しているような理想郷ではないらしい。国民の間にも、役人の間にも妙な噂が流れている。
「あれねぇ……論理的に考え……」
コメントする前にユイがしゃべりだした。
「お金貯めてさ! みんなでパランダルに引っ越すのが今の夢かも! だってね、私はやっぱり、みんなと一緒に、メイとかお母さんとかと! のほほんと、幸せに暮らしていきたいなって思ってるんだ! どこで手に入れたの、この竜肉?! めっちゃ美味しいじゃん! とか、シェルドンに旅行してきたの?! そのお土産袋に入ってるのはなに? ……いや見ても聞いてもわかんないごめん! とかさ! にこにこしたり、たまには喧嘩したり! でさ、死ぬときに言うんだ。メイたちのおかげ様で楽しかったよ! またね! って! みんな仲良くハッピィに! うん! 私の将来っていうか私の人生はこれだ!」
「そっか……すごく……いいね」
言葉が出てこなかった。ユイはいつだって真っすぐだ。ごちゃごちゃ考えてしまう自分が恥ずかしくなるぐらい真っすぐだ。どうか。どうかこの子が変なことに巻き込まれませんように。メイは祈った。
「……メイ? どうしたの?」
「どう……どうも……してないっ……よ」
鼻水をすすった。視界がくもる。なんとか髪留めを結ぶ。
しかし――自分がどうやっても。いや、誰がどうやっても。ユイはこの大きな流れに飲み込まれてしまうに違いない。今は推測でしかないけれど、ロンドリーム最高の魔法使いロードコードと最悪級のモンスタ、黒龍が絡んでいるんだから。そうなれば……。
嫌な政治の裏側を見るだろう。実際の戦闘もあるだろう。ユイは心も体も傷つくだろう。
この髪留めを何十個も使って、ユイを普通の女の子にしてしまって。どこか遠い場所で、本当にのほほんと過ごさせてあげることはできないのだろうか。
*
背中でメイが泣いている。
メイは頭が良いから、自分にはわからない色んなことを想像しているんだろう。でもきっと、私のことを思って、考えて、想像して、泣いている。だって、それ以外でメイが泣くところを見たことがないから。
後ろを振り向いた。メイの家でメイを自分の腕に包んだあの日のように、今、また、メイを抱きしめた。
「私は大丈夫だよ。メイ」
メイの手に力がこもった。心地よい圧力を身体に感じた。
遠くにリカの姿が見えた。意を決したような表情をしている。
カズキは『自分』が知りたければリカに会えと言った。よくわからないけれど、自分の変な力は、神さまから与えられた使命を遂行するために必要なものなんだと思う。これからリカがそれを教えてくれるんだと、そう思う。私は受け入れよう。優しいメイが住むこの世界が、それこそ優しく、そして幸せな場所になるために。
「考えがまとまりました。ユイさんメイさん。お二人を魔法府で預かりたいと思いますがいかがでしょうか?」
「ええと……預かる? 具体的に……ど、どゆこと?」
神の導きが早速わからない。
「……魔法府付きの役人になれということですよね……な、なぜ私も?」
メイの言う意味もよくわからない。
「現場にいた目撃者の話を総合すると、今回もメイさんのことでユイさんがキレたようです。重要なキーパーソンです。それに、私と同じ水系だし。高等の首席ですよね? 経歴も魔法府として十分のもの持ってるし。現時点での実力もあるし。将来の伸びしろもありそうだから、私が鍛えちゃおっかなって。ジン主任がメンタでは役者不足でしょ? まあ、彼も行政事務能力は悪くないですけどね。メイさんの現所属のレベンナの長には私から横取りするって伝えます」
リカがウインクした。メイは瞑目して黙った。受け入れたときのポーズだ。
「私は……結局どうなるの?」
たまらず聞いた。
「メイさんは同じ役人なので、単なる異動になるから話は簡単なんですけど、ユイさんは民間企業に所属してますから……色々と根回しやら準備が必要です。こちらで受け入れるか……出向という形にしてもらうか……最終的にどういう形態がいいのかはもう少し考えます。なので、一度お家に戻ってください。しかるべきときに……あんまり遠くないうちにこちらから呼びます。そのときに……あなたについて詳しくお話します」
リカが何を言っているのかほとんどわからなかったが、家に帰れるというワードにピンときた。
「え! ザッシュに戻っていいんですか! やった! じゃあ、魔具作れるんだ! あ……でも」
「どうしました?」
「黒龍……ええと、この話……」
「いいですよ。メイさんはもう魔法府……いや、正確に言えば私付きの役人なので、その件に関しては共有します」
「ありがとうございます! いやー! メイに秘密事はしたくなかったから! これですっきりする! あのね! カズキさんが確かめに行きましたよね! で……その……戻ってこなかったていうことは……その……黒龍の封印が破れてて……その……やられちゃって……し、死んじゃったってことなんですか? だ、だったら私、こんなこと……こんなのんびりしてて大丈夫なんですか?」
心音が平原に響き渡る。
「その見解は異なります。おそらくロードコードさまは死んでいない」
「ほ、ほんとですか?! よかった!」
「しかし、無事に生きているとも言い難い」
腕を組み、リカは首をかしげた。
「がくっ! ど、どういうこと……?」
「ユイさんのストーリィ通り、ロードコードさまがやられ、黒龍が完全復活しているのであれば、もう少し何かあるはずです。どこかの町が消滅したとかね。ロードコードさまが封印地に行ったのが一昨日の夜だから、もし王国に何かあったとすれば、伝書鳩なり魔通信なりを通じて私がすでに知っているはずです。……でも私の情報網には何も入ってきていません。テレポで見に行っても良いんですけど……この魔法割と制限があって、一回に動けるのは二三十キロが限界なんですよね。その上、結構魔力を消費しちゃうから、連続でやるときつい……へろへろな状態で、しかも国のことを色々ほっぽり出して私が行っちゃったら師匠が怒っちゃいそうなので……ちょっと現実的じゃない。まあ、ほんとに一大事ってときならやらざるをえないんですが……というわけで、問題です。ここから類推できるストーリィはどんなものがあるでしょう?」
「こ、ここでクイズ?! 急だ急だ! 全然というわけじゃない! ぐうー! 私クイズ苦手なのにー! なんだろうなんだろう……はっ! わかった! これしかない!」
「どうぞユイさん」にこりとリカがうながしてくる。
「今カズキさんは説得中なんです! 黒龍ってたしか人語を理解しますよね! もうやめとけよ、とか、別の場所でのんびり暮らせよ、とか! 黒龍にとってもカズキさんは久しぶりにあう知り合いなんだから、懐かしがって割と愛想よくしてるかもしれない! うん! モンスタだって襲いたくて襲ってるんじゃないと思うんですよ! 私! カズキさんはモンスターハンタだし! 案外気持ち通じ合えるんじゃないかな?」
「ほほう……それは……実に面白いですね! あるのかな? いや……こんなパターンは考えたことないなぁ……」
リカは何もない右上に瞳を向け、少し放心したように口をゆがめた。
「で、では……メイさんはどうです? そもそも情報を断片的にしかご存じないと思うので、少し難度が高いかもしれませんが……でもまあ、魔法府の私付きになるんであれば、これぐらいできてほしいですね! しかしまあ、私が勝手にメイさんを異動させちゃった形なので、多少は目をつむります! えへへ」
リカが冗談っぽく言うと、メイが落ち着いた様子で答えた。
「……リカさまやユイの話から、大枠の話を私なりに考えました。黒龍の封印がとけた予兆があった。だから、ロードコードさまが封印地に確認に行った。そして、今なお戻ってきていない。しかし、黒龍が顕現している様子もない。つまり、お互いが動けない状態にあると推測できます。となれば……ロードコードさまが確認した際、完全にシールがとけていたわけではなく、とけかけていた状態だったのではないでしょうか。そこで、ロードコードさまはこれ以上封印がとけぬよう、現在進行形でシールを補修、強化している……しかし、シールが壊れる速度と直す速度が同程度……平衡状態になっているため、動けなくなった……と私は考えています」
無味乾燥な平原に拍手が鳴った。周りに何もないので、一方通行でドライな音がした。
「素晴らしい! 私も似たようなことを考えています! 合格ぅー!」
「そ、そうなんですか?! あ、ありがとうございます!」
メイがすごいスピードでお辞儀をする。とても嬉しそうで、こちらの頬も緩む。
「そうなんだ! まあカズキさんが無事ならなんでもいいや! あ、でも、大丈夫なんですか? 食べ物とか……」
ずっとシールをかけ続けているとすると、魔力ももちろん体力も心配だ。
「それに関しては……まだ詳しくは言えませんけど、まあ大丈夫です。どちらにせよ、この一両日中には全て状況が明らかになるとは思います。私のところに何かしらの連絡がくると思うので。ロードコードさまの現状がわかったら、ユイさんにはすぐに知らせますね」
リカは胸の前で手を組み合わせ、続ける。
「ユイさんの案も……とってもハッピィな世界観で悪くないとは思いますが……若干……いや、まあまあ……うん。とにかくハッピィですね!」
「はい! 誰も戦ってなんか欲しくないです! いやでも、竜は美味しいからなぁ……そういうのはどうしよう? 竜だって人が美味しいのかもしれないなぁ……だからやっつける? じゃあ、私達と同じだ……うーん……わかんなくなってきたぞ、これは……」
額に手を当てる。思考がぐるぐるぐるぐると堂々巡りを始めた。なぜ、人は竜を倒してよくって、竜は人を倒しちゃいけないのだろう? どういう違いがあるんだろう? 人と人同士でも、なぜシェルドンの人たちを悪く言う人が多いんだろう? シェルドンの人たちはロンドリームをどう思っているんだろう? どっちかが絶対に悪いのなら、どっちの意見も合うはずなんじゃないだろうか? 君が悪い。そう、僕が悪いんだ。みたいに。あれ? やっぱりなんかおかしい。
「……ユイさん大丈夫ですか?」
「たまにこうなります。しばらくするとパンクしてもとに戻ります」
リカとメイの会話が耳をかすめていく。
「小さいときに……偶然、ヴァルシャムーハに会ったことがあったなぁ……。世界を旅してる希少種族の。海辺で遊んでたら、その子がずぶ濡れで海から上がってきて……。何してるの? って聞くと、クラーケンを食べようと思って潜ってたって。今息継ぎ中。もっかい潜る。そのセリフ一つで、ああこの子は自由だなって感じた……。誰の目も誰の意見も気にすることなく、自分のやりたいことをやりたいようにやってるんだなって。なんかほのぼのしてるなぁって思った。でも、もしそれが街にきてて、人を食べようと思ってやってきたって言ってたとしたら? 排除されちゃう。おんなじことを別の人やものにすると怒られたり怒られなかったりする。どうなのかな? あのヴァルシャムーハは何してるんだろう? ちゃんとクラーケン食べれたのかな? 一人で生きれるのなら、何にもかんにもから自由になれるのかもしれないなあ……」
続く。
用語解説
【地名等】
ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。東州、中央州、西州、島嶼州の四州にわかれる。
シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。
パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。
バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。
レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。
ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。中央州。
ドネザル ロンドリームの王都。東州の中心都市。
アルジャント ロンドリームの町。中央州にある。山間の田舎町。
【人物】
ユイ・アムル 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。
メイ・トルティーヤ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習いを始める。
ケイト・ファン ユイの勤める魔具開発会社の上司。
カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。若く見えるが百歳代。五大魔法使いの一人。火の大魔法使い。勇者キヨのかつての仲間。
ジン ドネザルにおけるメイのメンタ。
ジロー 警察官。
リカ・トワ 魔法府副長官。行政に残したカズキの腹心。
黒龍 伝説のモンスタ。八十年前、勇者キヨによって封印される。
マキオ 黒龍退治の際のキヨのパーティメンバ
【魔法】
ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。
ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。
ファイアモール 高熱の火で穴を掘る火炎系魔法。
シーク 相手のレベルや状態を調べる水系魔法。
エリアシーク 周りの状態を調べる水系魔法。
グラビティカ 重力を操る大地系魔法。
テレポ 空間移動を行う時空魔法
シール 封印魔法
【物等】
高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。
魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。
消魔香 魔力を封じる香木。
五元素 地火水風空
クラス S―A―B―C とある。クラスごとの人数比は三百倍程度。例、Cクラス三百人に対し、Bクラスが一人輩出される。
スコープス 魔具開発会社。本社は王都にある。
ロンドリームの行政構造 王の下に、行政系の省庁と魔法府がある。魔法府が最上位。その他、横並びに総務省(警察庁含む)、法務省、外務省、財務省、文部省、厚生省、建設省がある。




