#14 昔話
ユイが髪留めを外すのに手こずっている。「あれ? あれー?」と言いながら踊るように首を揺らしていた。
今ならユイは聞いていないだろう。下手に心を読まれてしまったので、あれこれ妙に言い訳するのも不可能。もしかしたら――かなり不覚的要素があるが――リカならなんとかしてくれるかもしれない。噂でしか人物像を知らないが、この短時間での印象は……悪くはない。味方になってくれるかもしれない。意を決してリカに小声で話しかけた。
「リカさま……メガシークで私の心をお読みになった際に……気になるイメージが見えたとおっしゃいましたよね。それは……全身から炎を出している少女の……イメージだったのではないですか? そうだとすると……十年前の出来事です。先ほど、リカさまがいらっしゃる前、ユイは……俗な言葉で申しますと……キレてました。十年ぶりに……。そのときも全身が燃えて……私やユイの父母、みんなで止めました……」
「はい。私が見たイメージに関しては正解です。そして、先ほどユイさんが燃えたことも知ってます。『火だるまになった少女がいる』そういう報告を受けて私は現場に向かいましたから。ちょっとぴんときたんです。ロードコードさまから『ユイというとんでもない火の魔法使いがいる』という話を数か月前から散々聞かされてましたし……めっずらしく興奮気味に。ええと、これはちょっとどう言えばいいのかわからないけど……今、ロンドリームには危機が迫っています。その関係で、私も先日からユイさんを捜していました。ユイさんがこちらに来るとも思ってましたし。……とんでもない火の魔法使いなら、火だるまにもなるのかもしれない。報告を受けた火の玉少女はもしかするとユイさんなのかもしれない。すごく幼稚な類推だけど……当たってたみたいです。えへへ」
当意即妙。メイの意を汲んでだろう。リカも小声で返す。二人とも前を――ユイを見たままぼそぼそと紡ぐ。
「そうでしたか……。あの……ユイのお父さん……そのときに亡くなったんです……ユイはさっきもそうでしたけど、あの状態になったら何にも覚えてないから……知らないんです。あのときは……私が見知らぬ人に……」
言葉を切った。どこまで言うか。一瞬、思考が逡巡する。
「……誘拐されそうになって……それを見たユイがキレて……ユイのお父さんが身をていして必死に止めたんですけど……」
あの時の光景が目に浮かんだ。自分の感じた嫌悪感、恐怖。ユイの抱えた業に対する悲壮。
「ユイのお父さん……かなり優秀な魔法使いだったそうで……役人をしてて……当時のザッシュの行政長だったんです……ザッシュは要衝地、だからAクラスですよね。今ならホントにわかります。そのすごさが……。クラスアップできるのは……大体三百人に一人ですよね。統計的に。だから論理的に考えてAクラスは……最下級のCクラスの魔法使いの三百かける三百倍……つまり九万人に一人の魔法使い……ロンドリームの人口は一千万人程度……なので……」
「良い推計ですね。大体当たり。Aランカーはこの国で百人程度しかいません。そうか……思い出しました。十年前にザッシュの行政長をしていたのはシンジ・アムルさんですね。彼の突然の訃報は、当時王都にいた私にも届いていました。確か……そう……修行中の事故死という話でしたね。実際は、シンジさんが……わずか五歳のユイさんの暴走を止められず……簡単に言えば、魔力勝負で負けた……ということですか?」
首肯した。
「その日以降、ユイの力は私達だけの秘密になりました。不審者は恐怖によるものでしょう……心が死んでしまったようになり、何もしゃべれなくなって、そのまま精神病院に入院しました。あのものすごい力は……下手に知られると……悪い人に利用されることはもちろん……言葉が過ぎるかもしれませんが……」
つばを飲む。
「国に……利用されることだって考えられます。ユイのお父さん……何か気付いてたんでしょうね。遺品の中に消魔糸があったんです。それで……」
「消魔効果のある髪留めを作った」
リカの視線が、遠くで不格好に踊るユイの髪留めに向かう。
「はい……ユイの魔力はてきめんに落ちました。魔法学校の頃は下から数えたほうが早いぐらいに……でも。高等に進学する手前……五年前あたりから、徐々に魔力が満ちてきて、学年どころか学校でも一番の魔力量を誇るようになりました。消魔状態なのに。一人だけ人を背負ったまま、かけっこで一位になってるようなものですよね。ただ、ものすごく波があって、気分が乗ってるときはすごいんですけど、落ちこんでるときなんかは全然だめで……ユイ自身も三年ぐらい前からだったと思いますが、髪留めの効果に気付いてはいました。ただ、あの性格なので、さほど重要なこととは思っていなかったようでしたから、とりあえず、秘密にして、もうとらないようにだけ説得しました」
ふっと息が漏れる。心のつかえが半分程度おりた気がした。
「今日、髪留めをしている状態なのにあの状態に入りました。もう……ユイの魔力は止められないんでしょうか……」
下を向いた。ユイには良い人生を歩んでほしい。幸せになってほしい。ユイは誰よりも真っすぐで、誰よりも正直で。とにかく……良い子だ。自分でどうしようもないほどに。抑えきれないほどに。わけのわからない大きな魔力に振り回されてつぶされるなんて可哀そうだ。
「とりあえず……この目で見てみます。それからかな? まあ、私がいます。ロードコードさまに比べると、だいぶん頼りないかもしれませんが、やれることはやっていきたいと思っています」
リカがメイの手を取った。
「ただ……メイさん。あなたはまだ本当のことを言っていない。そんな気がしています。まあ、誰しも秘密の十個や二十個はありますので、お気になさらず。私なんか立場上百個はくだらないほどあります。プライベートな秘密はもっとあるけど」
リカが舌を出す。
「それにおそらく、メイさんの秘密はユイさんの力に関する本流とは別の、かなり個人的なことでしょうから、私としては不問です」
リカがウインクをする。心臓に針が刺さったような痛みが走る。
「す、すみません……」
「やった! やっととれた! あー疲れた! 変な結び方しちゃってたなぁ」
ユイの朗らかな声が聞こえた。近くにある石の上に髪留めを置くのが見える。
リカの顔つきが急に変わった。メイの秘密のことなど一瞬で忘れてしまったように。口が半開きになり、長いまつげが上下に張り出している。おそらくユイのことをシークで見ている。
自分もユイにシークをかけた。
クラスS。
足場が崩れるような感覚がして、全身がぞわりと総毛だつ。意味はないのに目をこすった。初めて見た。無礼だと思ったが、そのままの目でリカを見る。クラスA。当たり前。納得。クラスは基本的にAまでだと言われている。あのロードコードですらAだと噂で聞く。Aはこの国で百人程度しかいない。十分にレア。Sは都市伝説。神話。デマ。学校でもそう習った。
そのレアなAですらピンキリで、キリが十人集まってもピンには勝てないという程の幅があるらしい。ではSは? ピンのAが何人集まれば勝てるのか? それとも国のAクラスが全員集まっても勝てないのか?
お腹がぎゅうっとうずく。背中にむけて得体のしれない不安が流れていった。
「こないだカズキさんの前でとったんです。秘密にしててって言われてたけど……そのカズキさんがリカさんに見せろって言うんだから、大丈夫ですよね!」
ユイが親指を立てている。朗らかとした言葉や態度とは正反対に、暴力的な魔力の圧がメイにかかってくる。
「えーと……これで巻物を見れば……どうにかなったりするのかな?」
巻物を掴むと、ユイの手元が光った。二メートルほどの炎が立ち上り、煙となって一瞬で空に消えた。
「あっ! リカさんリカさん! 文字が出てきました!」
「えっ……あっ。リカ……リカ……あ! わ、私か! 今行く! 見せて!」
妙なアクセントでしゃべるリカの顔に生気が蘇った。ユイのもとに駆け寄る。自分も一緒になって走った。リカはユイの手からひったくるように巻物を取り、顔にくっつけるようにして読んでいる。飄々とした雰囲気を崩さなかった今までがウソのようだ。
「ぐうっ……シール……でしたかっ!」
「シール? ……聞いたことはある……気がする。なはは」
真剣な表情のリカの横で、ユイがこめかみを指でつつくポーズをとっている。
「もう! 封印魔法よ! 相手の動きを止めたり、こうやって秘密文書を作るときに使うの! で、でも……その……」
リカを見て、思わず口ごもった。
「メイさん」
落ち着きを取り戻したリカがこちらを振り向く。
「遠慮しなくていいです。もう私だってわかってますよ。ユイさんが本物だってことは。今この瞬間から、ユイさんがロードコードさまのおっしゃっていたユイさんであることを百パーセント信用します」
「……どういうこと? また私だけ蚊帳の外!」
ユイが膨れた。そういう次元の話ではない。
「シールは……純粋な魔力で作るの。五元素関係なくね……。例えば、百の魔力を使ってシールしたとする。それを八十の魔力を持つ人が持っても何も起こらない。でも、百十の魔力の人が持てば、シールは解除される。偉い人ってのは大体魔力も高いからね。高い魔力でシールしておけば、万が一そこら辺の人に拾われたり盗られたりしても、偉い人同士の企み事は露見しない。大丈夫ってこと。ええと……だから……つまり……」
「ロードコードさまは、私以上、本気を出したユイさん以下の魔力をこめてシールしたってことです。それで、私の前でユイさんの本気を出させて、シールを解除させて、私を間接的に説得しようとしたってことですね。この子は本物の力を持っていると。うーん、ちょっと迂遠で陰気なやり口がムカつきますね」
今まで破れなかったシールなんてなかったから、この可能性に思い至らなかった。私もまだまだですね。えへへ。リカが肩をすくめて笑った。声が少し上ずっている。
「そうなんだ! ん? なんかそれに似た話最近聞いたな……あ! 黒龍か!」
「こ、黒龍?! なんでここで黒龍の話になるのよ! あのね、黒龍はロードコードさまたちが倒したでしょ! あんた好きだったじゃん、この話!」
勇者キヨの黒龍退治は、珍しくユイがよく覚えている話だった。
「それが違うの! 倒せてなかったんだよ!」
「んなっ……な、何言ってんの? ユイ?」
拳を作って頭から腰のあたりまでぶんぶん振り下ろすユイ。このポーズは本気だ。
「本当です。倒してません。強大なシールで封印されているだけです。レベル三の秘密」
リカが深く息を吐いた。ショックが全身を走り、メイの息は一瞬止まった。
「違うか……封印されて『いた』だけです。多分これが一番正解に近いと思います。そして今は……うーん……しばらく……考えさせてください」
そう言うと、リカは巻物を持ち、腕を組んだまま平原の奥に向かって一人歩き出した。
続く
用語解説
【地名等】
ロンドリーム 魔法民族の王国。現存国の中で最も歴史が古い。東州、中央州、西州、島嶼州の四州にわかれる。
シェルドン 科学民族の民主国家。比較的新しい国。技術革命により大国になった。
パランダル 新興国家。民族の別なく受け入れると表明。
バスク 自然民族。どこにも属していない。ロンドリームにもシェルドンにも居住。
レベンナ ロンドリームの町。中央州の中心都市。
ザッシュ ロンドリームの町。海岸沿いにあり、貿易が盛ん。中央州。
ドネザル ロンドリームの王都。東州の中心都市。
アルジャント ロンドリームの町。中央州にある。山間の田舎町。
【人物】
ユイ・アムル 15歳の新米魔法使い。ザッシュで魔具開発会社に勤める。この物語の主人公。
メイ・トルティーヤ ユイの幼馴染。高等魔法学校首席。レベンナで官僚見習いを始める。
ケイト・ファン ユイの勤める魔具開発会社の上司。
カズキ・ロードコード モンスターハンタであり、世界的モンスター研究者。若く見えるが百歳代。五大魔法使いの一人。火の大魔法使い。勇者キヨのかつての仲間。
ジン ドネザルにおけるメイのメンタ。
ジロー 警察官。
リカ・トワ 魔法府副長官。行政に残したカズキの腹心。
黒龍 伝説のモンスタ。八十年前、勇者キヨによって封印される。
マキオ 黒龍退治の際のキヨのパーティメンバ
【魔法】
ファイアプレイス 静置状態の火を起こす火炎系魔法。
ファイアボール 火の玉を飛ばす火炎系魔法。
ファイアモール 高熱の火で穴を掘る火炎系魔法。
シーク 相手のレベルや状態を調べる水系魔法。
エリアシーク 周りの状態を調べる水系魔法。
グラビティカ 重力を操る大地系魔法。
テレポ 空間移動を行う時空魔法
シール 封印魔法
【物等】
高等魔法学校 ロンドリームの子どもは、義務教育である六年間の『魔法学校』の後、希望者のみが全寮制の『高等魔法学校』に三年通う。
魔列車 魔力で動く列車。ロンドリームの主要交通機関。
消魔香 魔力を封じる香木。
五元素 地火水風空
クラス S―A―B―C とある。クラスごとの人数比は三百倍程度。例、Cクラス三百人に対し、Bクラスが一人輩出される。
スコープス 魔具開発会社。本社は王都にある。
ロンドリームの行政構造 王の下に、行政系の省庁と魔法府がある。魔法府が最上位。その他、横並びに総務省(警察庁含む)、法務省、外務省、財務省、文部省、厚生省、建設省がある。




