第35話 火力増し増し
高校1年生、16歳の天音雫です!
何かと至らない点があると思いますが読んでいただけると嬉しいです!
時は数刻前に遡る。一階、また一階と上階に行くほどに上昇する室温に渚冬は違和感を感じていた。
最上階を目指す渚冬の呼吸を少しずつ侵すは黒煙。
嫌な、予感がする。
渚冬が作り出した氷は少しずつ溶けていく。
間違いない。
最上階で火事が起こっている。
早々に鎮火しなければ最下階にも燃え広がり建物全体が全焼し倒壊するだろう。
渚冬が氷漬けにした下の階の神たちを、助けるすべなくになる。
時は一刻を争っていた。
渚冬は袴の袖元で口を抑え階段を上るスピードを上げる。
あと2階で最上階。
黒煙が目に見えるほどになってきた。火元が近い。
飛ぶように階段を駆け上る。
恐怖のせいか激しい身体活動のせいか、息が荒くなる。
最後の一段を飛ばして遂に辿り着いた最上階で、
「っーーーー」
渚冬は絶句した。
その様子は正しく“惨劇”だった。
濃い血臭が立ち込める最上階はあちこちに炎が燃えさかり、火と火のの合間を縫って神たちが争っている。
ように、見えた。
しかし、それは半分しか正しくなかった。
「やめて!!
この人に、これ以上近づかないで!!」
泣きそうな、少女の声が聞こえる。
少女を囲うように炎が取り巻き、その周囲に正気を失った神が威嚇するようにその少女を睨みつけ、攻撃を試みている。
否、実際に少女は泣いていた。
黒髪を振り乱し、両の手のひらに輝く炎を揺らめかせている。
その少女の側には1人の女が倒れている。
兎の、耳が、生えている女が。
両者の体は真っ赤に染まっている。
部屋のあちこちには小さな血溜まりがある。
その血溜まりを作った原因は目の前にいる、洗脳された神たちで。
「やめて!どうして同じ神なのに傷つけ合うの…?!」
洗脳された神々を糾弾する少女、その瞳が濡れていて。
どちらにも見覚えがあるからこそ、渚冬は戦慄し、
気付いた時にはに絶叫していた。
「瑠依ちゃん、志乃さん!!」
「ーーーー!なぎーーーー」
一瞬、目が合う。
しかし戦場においてアイコンタクト一瞬は大きな隙となる。
隙ありとばかりに、容赦ない攻撃が2人を囲みかけた瞬間、渚冬の魂が爆ぜた。
「ーーーーー!!!!」
権能が暴走する。
あの時のように。
意図せず渚冬の掌から、光が放たれそれは氷と化す。
炎を凍らせ、神々を凍らせ、最上階を氷の要塞へと変貌させる。
地面から氷の刃が生え、何も無い虚空から鋭い氷柱が作られ、何本も何本も、落下する。
そして、渚冬の体を3人分束ねたくらいの太い氷柱が建物を3方向から貫き、
「渚冬さん!!」
悲痛な叫び声でようやく、渚冬は己のしでかしたことに気がついた。
やってしまった。
このままでは、また同じだ。
渚冬はまた、嫌われる。
瑠依にも、嫌われてしまう。
直感的にそう感じる。
あの時の、周りの、何か恐ろしい怪物を見るような目を、渚冬は一度たりとも忘れたことはない。
時が経った今だって、時雨夜を歩けば忌まわしいものを見るような目で、見られる。
氷鬼と同じ、氷の権能。
その権能で全ての炎をそのままの形で凍結、それだけにとどまらず、神々をも氷漬けになっている。
暴力的な氷柱と氷の刃で満たされた室内は、静寂だけが満ちていた。
「る、瑠依、ちゃんーーーー」
自分の出した声が震えていた。
そちらに向かって伸ばした指先も、自分の体を支える2本の足も、吐く息さえも、震えていた。
恐ろしい氷鬼だと、瑠依にまで、嫌われてしまう。
お前は呪われた子だと、嫌われてしまう。
過去のトラウマに精神を支配され、釈明の言葉を紡ごうとした渚冬に、
「渚、冬さ、んっ……!!
無事だったのねっ…!
助けてくれて本当に、本当に、本当に、ありがとう、ございますっ……!」
「っ…………!」
瑠依は、その場にくずおれて泣きじゃくった。
己の震えが一瞬のうちに消え、トラウマに支配された心は再び稲荷渚冬としての在り方を取り戻す。
慌ててそちらに駆け寄りしゃがみこむ。
「良かったぁ……
渚冬さん、1人で乗っ取られた執行人さんと戦ってたから……
執行人さんは、正気を取り戻したの…?」
「いや、恐らく、逃げられた…
いや、今はそんな事より、2人の怪我は…?!」
止めなく涙を溢れさせる瑠依に渚冬は血に濡れた瑠依の服を指さし問うた。
「これは私の血じゃないの……
全部、神様の……
私は大丈夫なんだけど、志乃さんが…!」
言われて渚冬も志乃に目を向ける。
瞳を閉じたままピクリとも動かない、志乃を。
背中に悪寒が走る。
「志乃さんが目を覚まさないの…!
それに、あおちゃんと桜ちゃんもどこにも、いないっ…!」
幼い子供のように泣きじゃくる瑠依に渚冬は志乃を見やる。
即座に脈拍、呼吸を、確認。
生きている。意識が無いだけで。
「一体何がーーーー」
「私にもわからないの!
途中まであおちゃんたちと一緒にいたのに、城の敷地に入った瞬間よくわからないことになって…
でも、志乃さんが、記憶の罠とかって言って私を連れ出して…
でも、起きたら志乃さんの意識が戻らなくて…」
早口で説明する瑠依。
一つ一つの言葉を吟味している時間はなかった。
ただ、
「妖魔の記憶かっ……」
記憶。その単語1つで渚冬は状況を理解する。
罠にかかったのだ。
「ーーーーここは僕に。
瑠依ちゃん、葵ちゃん達のと一緒に行った城にもう一度、行けるかな?」
「……どうしよう、私、道を覚えていないわ…
渚冬さんが一緒なら……!」
「……僕はこの場をなんとかしなければ。志乃さんも、早急に処置を施すために専門の術師を呼ばなければいけない。」
「じゃあ、私1人で行って、私1人で妖魔を倒さなければいけないの………?」
不安に揺れる瞳が薄っすらと涙の膜を張る。
その様子を見て渚冬の心がジクジクと痛んだ。
本当ならこんな、神と妖魔という昔から続く醜い争いには関わらなくてよかった人達だ。
関わらせることを選んだのは、渚冬だった。
今更自分の選択ミスに気づいたところで時すでに遅しだった。
過去には、もう戻れない。
「…………この子を」
渚冬の両の手のひらから淡い青色の燐光があふれる。
光は少しずつ少しずつ動物を形作っていってーー
「狐……?」
「僕が扱える唯一の精霊の子だ。神使いって呼んでる。
この子は行きたいと思う場所に連れて行ってくれるし、僕みたいな氷の権能をちょっと使ったりできる……
あと、瑠依ちゃん自身、滑空も可能になるんだ。
こんな風になって、本当にごめんね」
万能の精霊という切り札を瑠依に差し出し、頭を下げる。
言い方もやり方も、本当に卑怯だと、自分でもわかる。
葵と桜の現在地、安否、ともに不明。
瑠依を妖魔の城に向かわせるのは危険だった。
もしかしたらその城には葵と桜がいるかも知れない。
だとしても、2人がどのような状況になっているのか渚冬には全く想像もつかなかった。
渚冬が同伴すべきなのだ。
わかっている。
でも、このまま志乃を放っておけば、きっと、マズイことになってしまう、
本能がそう警鐘を鳴らしていた。
「ーーーー戦ってきて、くれないかな」
涙が目から溢れる瑠依に渚冬の言葉も震える。
しかしその瞳には、迷いはない。
強い決意と覚悟が垣間見える。
それは、渚冬のように、大切な家族を。
家族ではない大切な人を。
守ろうとする魂の強さ故の空気の揺らぎ。
渚冬は長女の腕に軽く触れる。
軽く氷の結晶が散り、瑠依は驚きに目を丸くする。
「え、ーーーー?!」
「僕の権能の力を注ぎ込んだ。
いつもより炎の権能が強くなるはずだ
ーーーー今は命がかかってるから、権能が強すぎて、操りきれなくて、ちょっとあちこち火事にしても構わないさ」
「渚冬さん…」
冗談めかして微笑を浮かべる渚冬。
その期待に、応えなければ。
「ーーーーどうか志乃さんをお願い。
私は、妖魔を倒して、あおちゃんと桜ちゃんを見つけて、場合に応じては絶対に助けてくるわ。
少し、消防車が必要になっても」
声に震えはない。
長女の強さ。
大切な人を守りたい気持ちは、人を、神を、等しく突き動かす。
「瑠依ちゃんなら出来るさ。
……二人を、頼む。志乃さんは、任せて。」
しっかり頷く。
彼女に託されたものを守り抜け。
二度と失うな。
大切なものは自分の手で守りぬけ。
氷の要塞の真ん中、決意の紅蓮の炎柱が建物全体を貫いた。




