第28話 抜け落ちた過去
高校1年生の天音雫です!
何かと至らない点があると思いますが読んでいただけると嬉しいです!
時は、数刻前に遡る。
そして場所は、桜の過去の記憶の中へと変化する。
兄は、もともとは水の権能の使い手。
そう明かされた桜は、脳を駆け巡った記憶に納得し、小さく微笑んだでいた。
「………しってるよ。
ううん、しってたよ。
ごめんね、忘れてて」
「桜………?」
いつの間にか桜は元の、6歳児の姿に戻っていた。
ーーーー否、桜の強い意志が、魂が、神代が、偽物の記憶の罠に打ち勝とうとしていた。
「そう、だった、かも」
曖昧な記憶と忘れていた事実に桜は静かに記憶を思い返す。
なにせそう言われたのは一度。
いや、今も含めれば二度なのだが。
0歳のときに言われた言葉など、ほとんど記憶から抜け落ちていた。
物心ついたときから氷を自由自在に操る兄を見て、氷の権能なのだと、信じて疑ったこともなかった。
だけど。
皮肉にも、この悪辣な罠のおかげで記憶を取り戻した。
かつて湊は桜に全て話してくれていた。
口を固く閉ざし、氷の権能を使い続け、周囲に疎まれ悪口を言われても仕方ないことだからと濁して答えていた、渚冬の代わりに。
その後湊がどれほど追求しても、得られなかった情報、その中の秘められた一片。
どれだけ聞いても答えてくれなかった、その疎まれる理由。
渚冬はもとは水の権能だったこと。
何かの拍子で突然氷の権能になってしまったこと。
周囲を凍らせ、悪神である”氷鬼“だと疑われたこと。
今もその疑いは晴れず、疎まれ続けていること。
氷の権能を使うことで、名前に冬が入っていることまで不吉な証とされたこと。
だから自分たち弟妹は、“渚冬兄”ではなく“渚兄”と呼ぶようになったこと。
忘れていた。
記憶からすっかり抜け落ちていた。
今、全部全部全部思い出した。
でも、
「わかんないとこも、あるよね」
何故兄は突然氷の権能になったのか。
何故力を制御できず周囲を氷漬けにしたのか。
そこまでして怖がられている氷鬼とは何者なのか。
そして、
「渚兄は何で、氷の権能になっちゃったの…?
何で今まで、桜たちに話してくれなかったの…?」
信用されていないのだろうか。
それとも、自分で抱え込んで生きるつもりだったのだろうか。
自分たちにいつも、自分は氷の権能だと言い聞かせていた。
あれが全て嘘だった。
違う。隠していたのだ。
きっと、それには何か事情がある。
そして、兄にしか分からない苦しみも、傷も、あるはずだ。
それを治すのは、
「そろそろ行かなきゃかも」
「さ、桜、何や、その姿……
き、急に成長したんか…?」
桜の周りで、桜吹雪が舞う。
明るい記憶の中でこそできる芸当。
桜の心が、折れないからこそできる技。
そして、ペナルティーを恐れずに立ち向かえるその強さが作り出す力。
「渚兄に色々聞きたいことできちゃったし、何より」
桜はニパっと、驚愕で逆に倒れたまま腰を抜かし動けなくなっている兄に笑いかける。
「湊兄に会って何か元気出た!」
所詮は記憶の中。
そして、まやかし。
それでも。
持ち前の異質さで、桜は過去の記憶を捻じ曲げた。
ペナルティーを顧みず、過去に固執せず、現在も過去も未来も責めることなく。
「私、みんなのこと助けて、それから渚兄のこと、湊兄の代わりに質問攻めにする!」
だから、と桜は息を継ぐ。
桜の周りで桜の木が育っていく。
「未来で待ってて、湊兄!!」
「っ、桜!待ってやーーーー」
抜かした腰も気にせず腕力だけで起き上がった湊が桜の木の中に包まれるように佇んでいる桜へと手を伸ばす。
成長した桜の枝が桜を隠すように伸び続ける。
湊の手は桜に届かない。
桜が、桜の木の中に飲まれる。
部屋は桜吹雪で満ちた。
桜の記憶は、美しい終焉を迎える。
かくして、桜は罠を脱出した。




