第26話 守り抜け
高校1年生、15歳の天音雫です!
何かと至らない点があると思いますが読んでいただけると嬉しいです!
息が切れる。
心臓が嫌な脈を打つ。
近づけば近づくほど、建物が纏う異質な気が渚冬の正気を侵す。
神と妖魔は、姿形は似ているが本質的には全く違う。
神は、誰が神で誰が妖魔なのか、相手が纏っている気ですぐに分かるものだ。
妖魔は、神の紛い物。
そう時雨夜では言われている。
妖魔は神を、人間を傷つける事を好む。
そこに如何なる理由があるのかまでは渚冬は知らない。
しかし、過去にとある事件があったのだということだけは耳に聞こえていた。
建物の目の前に到着し、額の汗を袴の袖で拭う。
黒靄が途切れ、入口が姿を表す。
入れ、と。
救え、と。
そう、言っているかのように。
渚冬は唇を噛んだ。
ーーーーその事件があるから、こんな残酷なことをするのか?
静かに深呼吸をする。
此処から先は戦場だ。
気を抜けば命は、神代はない。
「葵ちゃん達、大丈夫かな」
ポツリとそう零した声は宙へと霧散する。
心臓を軽く拳で叩き、建物の中へと入る。
靄が再び集合、入口は閉ざされる。
それは片道切符も同然だった。
「救わないと」
誰もいない玄関ホール。
上からは喧騒が聞こえる。
震えそうになる足を、桜を、湊を、愛しい兄弟を、そして、
「夕星」
かつての親友を、思い出す。
自分のせいで傷ついた、親友を、思い出す。
魂に火を灯す。
意を決し、先の見えなくなった階段の1段目に足をかけた。フロアは一階。
渚冬は気づく。
戦場なんて言葉が、生温いものだったのだと。
一階は地獄絵図と化していた。
神の意識が蹂躙され、踏みにじられている。
お互いに殺し合い、自ら命を絶とうとし、床も壁も血に濡れていた。
どれだけ肉体が傷だらけでも。
ボロボロに壊れていようとも。
神代が壊れない限り、神は死ねない。
今だけはそれが、呪いのように感じてしまう。
この惨状を生み出した妖魔は、それがわかっていたのか、それともわかっていなかったのか。
どちらにしても。
この状況を1人でどうにかしろ、など至難の業だ。
でも、
「救うんだ」
助けると決めたのなら。
今まで傷つけ守れなかった存在があるのなら。
今もなお、他神のために命を張っている存在があるのなら。
稲荷 渚冬は、ここで挫けてはいけないのだ。
スウッと息を吸い込み、頭の中にイメージを思い浮かべる。
黒靄で正気が侵されているのなら、その靄を取り除かなければ。
手の上に螺旋状に氷の粒子を浮かべる。
そこにふっと優しく息を吹きかける。
生命を吹き込まれた氷粒は一階フロアを満たす。
少しずつ、少しずつ。
一階フロアの気温が下がっていく。
神達の動きが鈍くなる。
あちこちにある血溜まりが氷結していく。
神の傷口さえも凍結し、意図せず止血の役目を果たす。
天井から氷柱が垂れ下がる。
尚も、温度は下がり続ける。
急激な温度低下に耐えきれなくなった神達が1人、また1人と静かに倒れゆく。昏睡する。
「みんな、ごめん」
その様子を見て顔を歪めるは氷の鬼。
一階フロアを氷の世界へと変貌させる氷の魔術師。
やがて、一階には静寂が満ちた。
渚冬はそれを確認し、2階へと繋がる階段を登る。
2階には誰もいなかった。
3階も、4階も。
何かの罠か。
しかし、どこからか喧騒は聞こえる。
いまこの瞬間も、黒靄に侵された神達が、お互いの体を壊し合っている。
この罠をしかけたどこの誰かも分からない妖魔を思い腹の底が煮えくり返る思いがした。
5階。黒靄だけがそこにある。
6階。ただただ赫色の室内。
その室内の隅に。
1人の女の神が倒れている。
飴色の美しい茶髪が血に濡れている。
全身青痣と切り傷だらけで呼吸も脈も薄い。
それでも生きている。
「ーーーー祈りを」
小さな声で呟き、渚冬は先に進む。
渚冬は治療知識がなく、傷ついた神を癒やす術を知らなかった。
もしも渚冬が治療知識を持っていたとしても、今の渚冬が少しでも誰かに触れようものなら、その者を氷漬けにしてしまう。
そんな思いが確かにあった。
自分の権能をコントロールできなくなるほどに、自分の心が憤怒に満ちていた。
ーーーー忌まわしい、“権能”。
渚冬のそれは果たして、権能と呼べるのか。
散々皆を傷つけたそれを、権能と呼べるのか。
稲荷家から逸脱した自分の持つ力を、権能と呼べるのか。
大切な親友を氷漬けにしたこの力を、権能と、そう、呼べるのか。
氷の鬼は、血塗られた道を進む。
他人の傷を癒やす術も、己の傷を癒やす術も知らない神は、過去の傷を背負って進む。
過去の後悔を背負って進む。
二度と後悔をしないために。
悔恨を残さぬために。
大切な人を失わないために。
仲間を失わないために。
ただ、
ーーーーー進む。




