第四十六話
「私はあなたの事をしらないし、知りたいとは一ミリも思っていないだから――」
成嶋さんは少しキツい表現ではあるものの、明確に相手の好意を拒否する。
しかし、男子生徒はなおも止まらない。
被せるようにこう言った。
「――成嶋さんは俺の事をよく知らない。それが付き合わない理由ならそれは、少しもったいない無いんじゃないかな?」
恋は盲目と言うべきなのだろうか？
まあ相手の成嶋さんからしたら溜まったモノではないが……。
「私、今は恋愛とか考えている暇はないので……」
やはり痴漢被害による男性恐怖症を発症しているのではないだろうか？ 世界人口の約半分は男性だ。半分が怖いと言うのは中々に生きにくい世の中だろう……。
今度、無理やり期会を設けて成嶋さんの御両親に報告するべきではないだろうか？
「俺君を大切にするよ？」
「大切にされるのは十分です」
「先ずは付き合ってみようよ。それでも無理って言うならある程度は彼女の方に合わせてやるさ……」
「私人を待たせているので失礼します」
成嶋さんはこれ以上は話すことはないとでも言いたげに、軽く会釈すると踵を返して男子生徒から距離を取る。
それは明確な拒絶だった。
「ちょっと待てよッ！」
しかし、男子生徒は成嶋さんの手首を摑んだ。
大きな声に驚いたのか？ 手首を摑まれた事に驚いたのか？ あるいはその両方なのか？ 成嶋さんは、小さく悲鳴を漏らしたあとこう言った。
「やめてください」
表情を歪ませたその様子は困っているようにも、痛みに耐えているようにも見えた。
「諦めきれないんだ！」
男の方も必死の様子。
初恋かな？ それにしてはレベル80見たいな女の子に手を出すものだ。先ずはそう身近なスライムレベル10見たいな女の子で経験値を積んでから、本命に行った方がよほど賢明だと思う。
確かそんな方法論を雑誌かラノベで見た。
「困ります！ そんなこと言われも私はあなたと付き合うつもりは無いから、手放してくれない?」
やや強めの言葉で拒否しているものの、乱暴に手を振り解くと言う行動に移していないあたりに彼女の優しさを感じる。
「話を聞いてよ！」
男子生徒の言葉で成嶋さんの雰囲気が変わった。
スイッチが入ったんだ。
俺は直観的にそう理解した。
そして遅ればせながら男子生徒のことを思い出した。
現作では真堂恭介の太鼓持ちをしていた。『井川勇星』だ。
現在はシナリオ改変の影響か、洞口秀夢の友人で、体育の授業でもサボっていた。
……見た目は悪くない背も高いし、イケメンとは言えなくてもそれなりに整った容姿をしている。そして無駄な自信がある。
なるほど中学時代には運よくクラス内カーストの一軍か、二軍に所属して女に困らなかった要領のいいタイプだろう。
なんて完全に思考を逃避させていた。
原作でも女を連れている描写があった。アニメ化した際には回毎に連れている女が違ったので、ヤリチンと仇名されていた。
そんな軽薄な男がヒロイン格となった『成嶋明日羽』と言う女の子を放っておく訳はない。
「はぁ……」
短い溜息を吐くと歩き出した。
「成嶋さん。待った?」
わざと二人に見えるように校舎の陰から現れると優し気な、まるで彼女にでも話しかけるような口調で話しかける。
二人からしてみれば予想外の乱入者だろう。
井川は勢いよく振り返り邪魔者の俺を睨み付ける。
それでいい……。
成嶋さんは明らかに安堵した様子で、井川の力が緩んだ隙に拘束を解いている。
怖かっただろうな。
今の表情からしても気丈に振る舞っているだけだ。
気持ちの悪い自分の父親かそれ以上の年齢のおじさんに、直接性欲を向けられて日の浅い彼女には、望まない好意というものは嫌悪の対象だろう。
このまま成嶋さんが振ったのなら、コイツは成嶋さんを恨むだろう。
だけど、俺が邪魔したせいで振られた。もう少し押せば落せたんだと、勘違いしたままにすれば成嶋さんが逆恨みされることはない。
「……真堂お前さ何の用だよ。今俺と彼女は大切な話をしてるんだ」
見て判るだろ？ 察せよ。とでも言いたげな様子だ。
大体見てたから判るし、判ってて無視してる。
だから井川を無視して会話を始める。
二人の関係を明言する必要もない。
けれど匂わせて誤解して欲しい。
だから身振り手振りや、表情、会話に間違った回答に導くためのピースを散りばめてる。
「遅くなってごめんね」
「真堂くんは悪くないよ……私のワガママで付き合って貰ってるんだし」
「でも俺のせいで少し待たせちゃってるし今日は飲み物奢るよ」
「ありがとう」
我ながら井川を間接的に挑発する言葉がするりと出てくる。
俺って本当に性格悪いな。
そしてその間に自然な動きで成嶋さんが俺の方に寄って来た。
運動部だと訊いていたが汗の匂いは一切しない。
流石は私立シャワー室完備なだけはある。
確かに香るシャンプーと柔軟剤の匂いが俺の理性をゴリゴリ削る。
自覚がないだけで俺は匂いフェチだったようだ。
流石は私立シャワー室完備なだけはある。
『わざわざ、こんな時間に男子の俺がこんな人目のない所で待ち合わせをして一緒に帰るんだから……いい仲だって分かるでしょ？』
要約すればこういう話。
相手のプライドを必要以上に傷つける必要はない。
すくなくとも“自分たちの目”はあるし、酷い仕打ちを受ければ反発もしたくなる。
俺はつとめて井川を無視する。
まるで恋人のような二人だけの空間をつくりだして穏便に済ませたかったのだが……
